そのうち2-02



 これは、もしかして、もしかすると。
 自分が『皿』の代わりなのだろうか。
 ぱちりと瞬きしていると、博也がゆっくりと身体を近づけてきた。
「は......」
「落とすなよ。喋るんじゃねえ」
 がしっと、後頭部を捕まれる。春樹は自分の舌の上で、博也の舌が動くのを感じた。
 唾液を絡ませ、熱がある舌に徐々にチョコが溶ける。
 半分とろけたチョコを食べるために、博也は春樹の舌をぱくんと口に含んだ。
 歯と舌で、博也はチョコを奪っていく。
 ちゅくっと舌を吸われて、付け根がぴりりっと痛む。
 そのまましばらく春樹の舌を弄んでいた博也は、やがてにやりと笑いながら身体を起こした。
「うん。悪くねえ」
 楽しそうな博也はすぐに次のチョコを手に取った。
「おら、口開けろ」
「博也。もしかしてと思うが......全部今みたいに食べ」
 食べるつもりなのか、という質問はチョコを押し込まれて途切れた。
 基本的に博也は春樹の言うことを聞かない。話していても自分の好きなタイミングで遮ってしまう。
 押し込まれたチョコの甘さが口の中に広がった。
 わずかに顔をしかめた春樹は、それをすぐさま飲み込もうとし、チョコを追うように重なってきた唇に身じろぎをした。
 春樹が博也の肩を掴む。
 口の中のチョコが溶け、互いの唾液と混じりあった。
「ふ......っ、」
「なぁ?甘いけど、こうしたら結構食えるだろう」
 春樹の息が弾み出したのを見て、博也はチョコを口に放り込み、またキスを仕掛ける。
 ぐいぐい身体を押しつけられて、春樹は後ろに倒れ込んだ。
 流し台の引き出しにしたたかに頭をぶつけたが、それに対する文句は口を塞がれていて出せない。
 足を投げ出した春樹の太股に乗るように、博也は身体を寄せた。
 何度も押しつけられる唇。甘さが広がる咥内。
 肌寒いはずの部屋なのに体温が上がり、呼吸は乱れる。
 上気した頬。潤む瞳。
 春樹の表情は、どれも博也を刺激するものだ。
 熱に浮かされたようにぼんやりとなる春樹と、博也は舌先で触れ合う。
 身体の感度はイマイチだが、春樹は最初の頃から博也とのキスには腰砕けになっていた。
「っは......たまんねえなあ」
 情欲を滲ませた博也は、自分のシャツに手をかける。
 ぷちぷちとボタンを外し出した博也に、春樹は少々焦点が合ってない瞳を向けながら、その手に自分の手を重ねた。
「博也、明日テストあるだ......んっ」
 諫めようとした言葉は、また口づけを受けたことでうやむやになる。
 気持ちいい。ふわふわする。
 身体を重ねることも嫌いではないが、キスの方が春樹は断然好きだった。
 角度を変えて口づけをする博也は、もうすでに上着を脱いで春樹の服に手をかけている。
 今ここでセックスになだれ込んだら、博也は絶対勉強をしない。そんな確信めいた思いが春樹にはあった。
 中断させようと身じろぎをすると、そのたびに博也の口づけが激しくなる。
 博也は、春樹ががキスを好きなことを見抜いているのだ。
 ここで博也の思惑通りになってたまるかと、春樹はやや強引に博也を引きはがした。
「っんだよ......」
 博也は少しばかり熱に浮かされたような表情で、欲情を隠そうともせずに腰をすり付けてくる。
「博也。今日はしない。チョコ食べたら勉強するんだ」
「勉強なんてしなくたっていいだろ?お前頭良いんだし」
「俺じゃない。博也が勉強するんだ」
 訴えると、博也は軽く舌打ちをした。が、すぐに笑みを浮かべる。
「......春樹もしたいだろ?入れさせてやってもいい」
 艶めかしい表情に、春樹の視線がわずかに揺らぐ。だが春樹はかぶりを振った。
「しない」
「あぁ?てめえの童貞チンコなんか、こんな機会じゃなきゃ使えねえだろうが」
 すでに春樹は博也のおかげで童貞ではなくなっているが、未だに博也は春樹をそう揶揄することが多い。
 じれたのか春樹の下半身に手を伸ばした博也に、春樹は目を細めると、恋人の頬を手で包んだ。
 わずかに緊張するように目を見開く博也に、春樹は低音で囁く。
「博也。愛してる」
「はる、き」
「博也とのキスは好きだ。気持ちがいい。セックスだって、博也が相手なら何度でもしたい。......だけど、俺の願いも聞いてくれ」
「......」
「博也とずっと一緒にいたいんだ。俺と遊んでいて成績が下がったなんて周りに思われたくない」
 もっとも、博也の成績は春樹の家に上がり込むようになってから徐々に上がっている。ここで成績を落とされるわけにはいかない。
 緩く開いた唇に、春樹は自らの唇を重ねる。
「博也......」
 無意識に甘さを声に滲ませて、春樹は博也が落ちるのを待った。
「てめ、春樹......ずりい」
 そっと身を寄せる春樹に、博也は薄く頬を染めて視線を逸らす。
 春樹が博也のキスが弱いのと同じく、博也は春樹の睦言には弱いのだ。
「好きだ。博也」
 だめ押しとばかりに、春樹が首筋に唇を押し当てながら囁くと、博也の身体が震えた。
「もっと......言え」
 無理に服を脱がそうとはしなくなった博也は、春樹の背中に手を回しながらそう強請った。
「愛してる」
「......わがままで、上から目線で偉そうで、そんな俺が好きって言え」
 ぼそぼそとした声は、自分自身の欠点をあげ連ねるものだった。
 きつく背に腕を回されているため、博也がどんな表情をしているか、春樹は見ることができない。
 博也は自分が、どれほどまでに横暴かをよく自覚していた。
 無理に愛していると言わせた過去がある博也は、自発的に告げる春樹の甘い言葉がほしくて堪らないのだ。
 春樹は軽く博也の背中を叩いて抱擁を弱めるように促すと、こつんと博也の額に自分の額を重ね合わせた。
「どんな博也でも、俺の愛は変わらない。お前が一番好きだ」
 一度目を閉じた博也は、震えた瞼をゆっくりと開いた。
「キスしろ」
「ああ。......けどこれが終わったら」
「わかってるよ。やりゃいいんだろ。......けど俺が満足するまでだからな」
 博也は皿に残っていたチョコを口に含むと、下から見上げてくる春樹の唇を誘うように親指でなぞる。
 指先に誘われて背を伸ばすと、春樹は博也に口付けた。
 

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