清水睦の独白。



 初めて見たときから僕は、長谷川渉が気になっていた。
 大きいの二重の瞳はまつげがふさふさしていている。
 茶髪の後毛だけ伸びているのも、ヒヨコの尾を想像させてどこか可愛らしい。
 動きも可愛いのだ。
 一人でぼんやりしている時に、指で自分の髪の毛を摘んでくるんと指に絡めてみたり、階段を下りるときに、一番最後の階段をぴょんと飛び越えて下りたりする。
 急いでいて早足しているときは、どこかスキップしているように動きが軽やかだ。
 中学生のころ、付き合っていた女子のふとした仕草に目を奪われていたときよりも、より強く渉に惹かれた。
 高校に入って同じクラスで席が近くなって、話していくうちにメアドと番号を交換した。
 それから僕は積極的に渉にメールや電話をしたのだが、どうも渉の反応が鈍いかった。
 毎回帰ってきていたメールの返事が、二回に一度、三回に一度と減り、最後は途切れた。
 一緒に帰ろうと誘ったことも実は何度もあるが、渉が首を縦に振ることはなく、振られ続ける僕の方が諦めて声をかけることはなくなると。
 入学から二ヶ月経った頃には、僕は渉と話すことはほとんどなくなってしまった。
 残念だけど『合わない』ことはあると、僕はそう自分を納得させて、渉との友達付き合いを続けようとせずにそのままフェードアウトした。
 渉自身、クラスメイトとはあまり合わないと思ったのか、数ヶ月経っても渉は一人でいることが多かった。
 これがどこのグループにも入れず焦っているような様子があれば、僕も手を差し出すところなのに、渉は自分の状態に満足しているのか一人で飄々としていた。
 しばらくすると、そんな渉がたまに誰かと一緒にいると気づくようになる。
 金色の短髪に目つきが鋭くて、体格もいい。
 最初は誰かわからなかったが、男は吉岡という名前で同級生だった。
 隣のクラスらしく体育ではよく一緒にいた。噂では渉とは幼馴染だと知った。
 不良なのかはよくわからないが、この男も普段は一人でいることが多い。
 なのに、渉とは自然と並んで歩いていたりするのだ。
 廊下で、放課後の教室で、体育の授業中で。
 男が一緒だと、渉はリラックスしているようでよく笑った。
 その表情を見るたびに、僕はわけのわからぬ衝撃を受けていた。
 いつも教室で見せるつまらなさそうな表情が嫌で、笑顔が見たいと思っていたのに、見ることが出来た笑顔でショックを受ける。
 僕は自分がわからなくて悩んだ。
 なんとなく動きを追ってしまう。少しでも会話が出来た日は気分がいい。
 なのに笑顔を見れたときは嬉しさより愕然としてしまう。
 勉強のことよりもよくよく考えて、僕は気づいてしまった。
 僕は、僕ではない相手に笑顔を見せている渉にショックを受けていたのだ。
 嬉しそうな表情も、少し拗ねたような表情も、僕に向けているわけではなくて、隣に立った吉岡に向けられている。
 それは友情と呼べる範囲のものであることは重々わかっていたけど、それさえも嫌だった。
 僕にその顔を向けて笑って欲しい。手持ち無沙汰に髪を弄る指に、僕の指を絡ませたい。
 じゃれるように抱きつく相手は、僕であって欲しい。
 そこまで自分の気持ちを自覚した時に、僕は自分を嫌悪した。
 普通の友達に対する思いとは違うのは歴然だから。
 こうはなるまいと思っていた兄と、同じ嗜好だったことに僕は深く落ち込んだ。
 一年の頃は、渉に対して恋心を自覚した時点で慌てて女性と付き合って、その相手とベッドインしたこともある。
 普通にペニスは勃ったし、変に焦ることもなく上手く最後まで出来た。
 やっぱり気の迷いだったのだと胸を撫で下ろしたのに、それでも渉のことは気になった。
 前以上に渉の気になる。彼女がいても忘れられない。
 そこで僕は思った。
 男は元々俗物的なものであり、心と体は違うものだ。
 大雑把に言えば、別に好きでなくてもセックスは出来る。
 試しに、彼女とは違う女性ともシテみたが、問題なく出来た。
 当たり前といえば当たり前だ。僕が好きなのは渉で、彼女とも一夜限りの相手でもない。
 欲求が溜まったのなら、別に処理をすればいい。
 でもそれなら自慰でも十分で、デートやご機嫌取りする必要がある好きでもない女性と付き合うことはないんじゃないかと思い立って、別れたのが二年に上がる頃だ。
 知り合ったのは中学校の頃の先輩の代理で出席した合コンだったから、僕とその彼女とを繋ぐ接点を知る人はいない。
 だから、今の高校の友達は僕のことを『話すとちょっと面白いけど、基本は真面目な人間』と思っている人が多いと思う。
 まあ、僕も自分は基本的には真面目な人間だと思うけど。
 だから改めて渉と仲良くしようと思ったときに、僕はクラス委員に立候補した。
 すんなり収まった委員長は、雑用や煩わしいことも多かったけど、これをきっかけに渉と少しでも話がしたい......という、今にしてみると涙ぐましい努力をしていたと思う。
 渉は書類を期限までに提出するのが苦手なのか面倒なのか、たびたび僕は催促することで接点が生まれたから嬉しかった。
 ただ、僕はそこで満足しなかった。
 渉に対する熱は自分で発散するからいいとしても、隣に立って、笑って、冗談を言い合えるような仲になりたかった。

 今は、少し違う形で願いがかなったと思っている。


 六畳の部屋に、マンガばかりが入った本棚。
 机はあるけど、その上には雑誌やマンガ、よくわからない小さな小物が並んでいて、ここで勉強している様子はない。
 床にはクッションとそこにも雑誌。
 僕は自分の部屋が片付いていないと嫌で、さらに片付いていないと親に勝手に片付けられるので、渉の部屋を見たときは新鮮だった。
 渉はリビングまでは僕を入れても普通にしているけど、自室までたどり着くとどこかそわそわし始める。
 並んでベッドに座ると、背中を丸めて手で顔を覆った。
 その割に、大きな瞳で僕をきょろっと見上げてくる。
 気恥ずかしいらしいけど、それは誘ってるようにしか見えない。
「ん?」
 僕は片手でベッドに寄りかかって、そっと渉の髪の毛に指を絡めた。
 茶色に脱色している髪は、見た目よりもずっと指通りが良かった。
 一房手にとって、口元に持っていく。
「......やめろよ」
 キューティクルのある髪に口付けしてると、渉は小さな声で抗った。
 困った顔をしながらも、僕のやることに文句を言わない。
 可愛い。
 学校でいるときは殆ど一人でいることが多い渉だけど、僕が声をかければ笑顔を見せる。
 小指を絡めれば、今みたいな表情を浮かべてきゅっと握り返してくれる。
 幸せだ。
 髪の毛から指を離すと、僕は渉の背筋を指先でつつつ......となぞってみた。
「うぎゃ!」
 色気のない声が上がる。
 いや、でもこれがいいんだ。
「なにすんだよびっくりした!」
 僅かに身を引いて、警戒したような態度を取る。
「いや、渉って背中きれいだよね......って思ってたら、つい」
 指定のシャツを着崩した服の上から見透かすように身体を眺める。
 渉の身体は本当に綺麗だった。僕は服を脱がして隅々見たから知ってる。
 右腕の肘近くには木登りして落ちて付いた切り傷の跡があって、尻と内股の間、蟻の門渡りの右下あたりにぽつんとホクロがあることも知っている。
 よく焼いたのか、シミもあったりして真っ白と言い難い身体だけど、僕が知る限り渉の身体が一番綺麗だ。
「むっ、むつみ......ぃ」
 いろいろ思い返しながら眺めていると、視線の熱に当てられたのか身を縮めた渉の、僕を見る目元がうっすらと赤くなる。
 薄く開いた唇の奥で、舌が動くのが見えた。
 ぞくっとしてしまう。
 たぶん、渉は意図してない。
 けど。
「渉。降りて」
「......」
 ベルトを緩めながら頬を撫でると、渉はずるっと床に下りながら唇を舐めた。
 やや俯きがちで、視線が忙しなくあちこちを彷徨う。
 動揺が見て取れる。君が、渉がこんなに僕と相性がいいとは思わなかった。
「舐めて」
 スラックスから自分自身を取り出して、渉の頭を引き寄せて囁く。
 口を開けて目を閉じた渉は、小さく頷くと僕のペニスを口に含んだ。
 渉の小さい口は、僕のものを上手く飲み込めない。
 それでも渉はより深く飲み込もうと、苦しそうに眉間に皺を寄せながら喉の奥を開く。
 ......たまんない。
 瞳を潤ませて口で奉仕する渉に、僕はぐっと彼が感じる上顎に先端を擦り付けた。


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