月と花の出会い-3
「あんぐらい、あれば......」
「あれば?」
思いっきり突っ込んで、ヒィヒィ言わせられんのかなぁ、って。
「誰をひいひい言わせたいの?」
「そりゃあもちろん。先輩」
「......」
「イメージですよ、イメージ。個人の裁量に任せてくれるんでしょ?」
ちらっと見て反応を伺うと、先輩は何か考えているようだった。
背後でどすんという音が鳴る。
振り返れば、男の身包み剥いだ風間さんが、資料室から蹴り出しているところだった。
よたよたと歩きにくそうに風間さんが戻ってくる。
ああ、ケツのアレがあるから歩きにくいのね......。
察してしまう自分に思わず半笑いになっていると、風間さんは先輩の前で膝を付いた。
そうすると、風間さんの方が先輩より低くなる。
そうして携帯を差し出した。
「......うん。良く撮れてるね」
先輩の口元に笑みが浮かぶ。
「寸分違わず、貴方の身体で表現してあげます。......だけど、それはまた後日、ね。さあそのよだれを垂らしているものを拭いて、服を着てください。今日はもうここで終わり」
風間さんの口に嵌めていたものを外し、先輩は優しく髪を撫でる。
「わかった」
少し不満そうに眉根を寄せていたものの、風間さんは掠れた声で応じる。
そしてちらりと俺を見た。
見たが、何も言わずに立って棚と棚の間に消える。
「さ、行こう」
先輩が俺の手を取った。
「待ってなくていいんですか」
引っ張られて資料室の窓に向かいながら尋ねる。
「いいの、普段一緒にいないから。一緒にいるところを見られたら風間さんが困るからね」
「なんで?」
鍵の壊れた窓から出るように促されて、俺は地面を踏みしめた。
放課後だから、日も落ちてきているが、全然資料室よりは明るい日差しがあって気が抜ける。
俺は、ほっとして空を見た。
「苛められたら困るでしょう?僕はアイドルだから」
「そうなんですか」
「そうなんですよ」
俺と同じように窓から出てきた先輩は、背伸びをした。
鞭も振るいすぎると肩が凝る、なんて恐ろしいことを呟いている。
「じゃあ、先輩。俺も帰りますね」
「そうだね。お疲れ様」
結局委員会の書類整理はなかったし、変態に襲われるし散々だ。
けれど、先輩に知り合えて、こうして話が出来てよかった。
教室に戻って、カバンを取ってこようと足を踏み出したときに、答えを貰ってないことに気付いた。
「先輩」
「ん?」
振り返ると先輩は寮のある方向に足を向けていた。
足を止めて、俺を見てくれている。
「俺は振られたってことで、いいんですよね?それで、先輩でシコって出すのは個人の裁量で、好きにしていいんですよね?」
そこんところ、明確にしておかないと俺が困る。
今日は生声もたくさん聞けちゃったし、エロい仕草もかわいい顔も、そして見た目を裏切る素晴らしい性格も、改めて全部好きになった。
今日は記録更新できるかもしれない。
目指せ連続射精5回。と心の中で唱えていると、目の前が暗くなった。
見上げれば、先輩が立っている。
何の表情も浮かんでない。
「君なら大丈夫かもしれない」
「へ?」
ぽかんと口を開ける俺の頬に、先輩は手を添えた。
「君は、今年の新一年生の中でもっとも人気のある子だ。可愛いってね」
「......あんま嬉しくないんですけどそれ」
か、顔が近いぞ。顔。
先輩の唇に、俺の視線は定まっている。
赤い唇が俺の名前を紡ぐ。
悟くん、付き合おうよ。
「は...」
いま、確かに、先輩の唇がそう動いた。
「ファンクラブの設立の動きもある。君は僕と同じくこの高校で、アイドルに祭り上げられるはずだ」
「は...」
ファンクラブ?
なにそれ美味しいのってぐらい、意味がわからない。
「そんな君と僕が付き合うようになったら、何が起こると思う?」
「わ、わかりません」
付き合う?
達樹先輩が、俺と?
「おそらく互いのファンが牽制しあって、手出しがなくなるはずだ。今日君を襲った輩が減るということだよ」
え、てか、これからもあんなのが来る予定だったの俺。
「半端な男に手を出されるより、月姫とアイちゃんがじゃれている方が目の保養にもなる。だから眺めてるだけにしよう。そう思わせる。思わせてやるように、僕が手配しよう」
月姫は達樹先輩の俗称だ、だけど......。
「アイちゃん?」
「相川悟、だからアイちゃんなんだって聞いたよ」
げえ。なにそのネーミング。
「だから、付き合おう。僕と付き合って」
がしっと先輩に肩を捕まれた。
あれ、なんか、気迫が違う......?
「うんざりなんだ、僕は。可愛くて綺麗で、優しいみんなのアイドルを演じるのは、嫌いじゃない。それが自分の身を守るためにもなるから。......だけどいちいち告白に付き合って断って、それで襲われそうになったら、助けを呼んだり自分で対応したりするのが、死にそうになるほど面倒なんだ」
心底嫌そうに息を吐く。
あ、なんか、すっげえ普通の男っぽい。
月の化身と呼ばれるような、優雅な達樹先輩は、そこにいなかった。
眉間に皺が寄っている。
気付いたら俺は、その眉間の皺を指先でぐりぐりと押していた。
「......悟くん?」
「悟、でいいです。俺も、先輩のこと達樹、って呼んでもいいですか?」
恋人みたく、そう最後に付け足すと、先輩の顔が明るくなった。
「さとる......」
吐息と一緒に俺の名前を零した先輩。
それがあんまりに甘くて、俺はキスされるのかと思わず目を閉じた。
が、いつまでたっても触れてくる感触はない。
あれ?
そっと目を開くと、先輩はにやりと笑っていた。
わお。すっげえ軽薄そう。そんな笑い方もできるんですね、先輩。
「君、一人称は『僕』にした方がいいよ。その方が騙される人が増える」
「はい?」
にこやかに告げる先輩に僕は固まった。
「僕、悟みたいな可愛い外見の子は好きじゃないんだ。けど、君なら調教してもいい」
「......」
心底楽しそうな先輩に、心臓が不整脈を起こしそうになる。
あ、あれ?俺早まった?
「大丈夫。風間さんみたいな扱い方はしないよ。僕が君みたいな外見を持っていたら、こうするだろうなって性格に調教してあげる」
うふふ、と笑う先輩は、壮絶に色っぽかった。
「好きだよ、悟」
ちゅっと。
軽く唇が重なった。
こうして、俺...いや僕に、年上の美人な恋人が出来たわけである。