スイートハニーは誰?-3


 あの濃厚な雰囲気を、いつかは俺が達樹と一緒に出したい。
 風間さんに負けないように、俺はどうするべきか。
「んー......」
 寮に戻ってきた俺は、腕を組んで考えていた。
 達樹の恋人でいられるように、より可愛らしく愛らしく振る舞うのはもちろんのだが、それ以上に努力をしなければ風間さんには勝てそうにもない。
 俺に出来ることは何か。
 ........................。
 ..................。
 ............。
「だあああああ!」
 座ってずっと考えるなんて、俺が出来るはずもない。
 早々に頭が沸騰して、俺はごろごろとベッドの上で転げ回った。
 大好きな達樹のそばにいたい。達樹が心安らげる場所が、俺の隣であってほしい。
 好きで好きでたまんない。知れば知るほど、恋しくて達樹が欲しいと思ってしまう。
「何も思いつかねえよ!ああああもうどうしたらいいんだっ!!」
「何騒いでんだ」
 頭を抱えて絶叫していると、部屋のドアが開いて真宏が顔を覗かせた。
「真宏!」
 髪をぐしゃぐしゃにした俺は、がばりと起きあがると部屋に入って後ろ手にドアを閉めた真宏に、飛びつかんばかりに詰め寄った。
 部活後にシャワーを浴びてきたのか、真宏の髪はしっとりと濡れている。
「あのさ、真宏」
「なんだ」
「お前俺より頭いいんだから考えて欲しいんだけど、好きな人にもっと好きになってもらうためにはどうしたらいいと思う?」
 下からじっと見上げてくる俺にわずかに顎を引いた真宏は、なぜかちょっと不機嫌そうな顔でそっと俺の頬に手を添えた。
「お前はお前のままでいいんじゃないか」
 俺の急な質問に少し思考した真宏はそう答えた。
 もっと具体的な答えを期待していた俺はむすっとしてしまう。
「嫌だ!俺はもっと変わりたい!達樹の好みの男になるんだっ!」
 力一杯望みを口にすると、むにっと頬を引っ張られた。
 むにむにむにむに......。
「みゃひろ、にゃにしてんら」
「......変な顔」
 まともに喋れないようにしたのは真宏のくせに、俺の顔を見て笑いやがった!
「うがー!もうお前に相談なんてしねえよ馬鹿ー!」
 ばしっと真宏の手を払うが、その際に引っ張られた頬がヒリヒリして痛い。
 もう真宏なんて知るか!
 俺は部屋の中に戻るとびしっと真宏を指さした。
「お前とは絶交だ!ここから......」
 部屋の中心から半分にして俺は部屋を横断する。
「ここまで俺の陣地だからな!入ってくるなよ!」
 俺の剣幕にどう思ったのか。
 無表情のまま見返した真宏は、俺が示した見えない線にふれないように部屋の中に進んだ。
 それから俺のベッドの向かい側にある自分のベッドにどさりと腰をおろす。
 態度の変わらない真宏を見やってから、俺はため息をついてベッドに横になった。
 ホントどうするかな......。
 別に好きじゃないけど、達樹の仮の趣味に合わせてテディベアとか集めた方がいいんだろうか。
 でもそれが正解じゃない気がする。達樹が俺にあの笑顔を向けてくれるためには......。
 煮詰まってきた頭で考えても、思考はループするだけでいい解決方法は出てこない。
 真宏は役に立たねえし!
 八つ当たり気味に考えていると、なにやらいい匂いがする。
 まだ飯を食べていない俺の腹はそれに反応してぐぅっと鳴いた。
 ちらっと視線を向けると真宏は部屋にあるキッチンスペースで何かを作っていた。
 じゅーじゅーいい匂いがする。寮では夕食は出るが、食べられる時間が決まっているために、あと一時間ぐらい立たないと飯にありつけない。
 だけど、育ち盛りの男子高校生がそんなお預けくらって我慢できるはずがない。
 だから俺も他のやつらも買い食いするのだが、真宏はスポーツマンらしく食べるものに気を使って手作りだ。
 ......これが意外に結構美味い。
 じわっと口の中に唾液が満ちた。
 すぐに作り終えた真宏が、皿に山盛りになった野菜炒めを乗せて戻ってくる。
 普段は小さな向かい合えるサイズの折りたたみテーブルを出すけど、俺が境界線を作ったせいか真宏は自分の机に皿を置いた。
 そこで箸を忘れたのか、立ち上がってキッチンスペースに戻る。
 残されたのは湯気の立つ料理。
 ......。
 匂いに引き寄せられて、俺は自分の決めた境界線を越えてしまう。
 少しぐらい摘むだけなら許されるかもしれない。......よし。
 くすねる算段をした俺は、そそくさと手づかみで真宏の作った野菜炒めに手を伸ばした。
 実家から週一で食料を送ってもらっている真宏は、野菜炒めと言えど、真宏の作るものは大きな肉がごろごろしている。
 今回も大きな肉の塊があった。うきうきとそれを摘んで口に運ぶ。
「んまい!」
 悩みで下がっていたテンションが徐々に上がってくる。
 さらに手を伸ばしたところで、腹に手を回された。
「っ真宏!」
「なんだ」
 いつの間にか近づいてきた真宏に、ひょいっと持ち上げられた。
 そのままイスに腰を下ろした真宏の膝の上にちょんと乗せられる。
「触んな馬鹿!お前と俺は絶交してんの!!」
 そうだ。ついさっき絶交してるんだから、俺に触るんじゃねえよ。
 背後から抱きしめてくる真宏の腕から逃れようと暴れてみても、真宏は俺を放さない。
 それどころかより密着してくる。
「ちょ、こら!顔近いって!」
「絶交してるってことは俺はお前の親友じゃないんだろう。ならキスしてもいいじゃないか」
「へっ......?」
 後ろを向いていた俺は間近に迫る真宏から逃れようとしても、後頭部を押さえて引き寄せられる。
 く、くち、口近い......!
 真宏から向けられる眼差しは真剣で怖いぐらいだ。
 けど、その目が閉じられ薄く開いた唇を見て、俺は泣きそうな気分になる。


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