スイートハニーは誰?-6



「ったく。ゴシップにばっか興味持ってないで、たまにはこっちも読めよ」
「ぶぇっ」
 遠くからそんな真宏の声が聞こえて、顔をそっちに向けたら顔面にぴしゃりと白い物が覆いかぶさってきた。
「眞田ぁああああ!」
「てめえアイちゃんに何してんだゴラァアア!」
「いくら幼馴染だからっててめえの態度は目に余るんだ!」
「そうだそうだ! 同室なのも気に食わねえ!」
「一緒に風呂とか入ってんだろ?! アイちゃんの寝姿とか見れてんだろ?!」
「ちくしょう! 俺にも一晩一緒に寝せてくれ!」
 俺のピンチにやや......つーか、かなり本気にがなり声を上げる強面のクラスメイト。
 なんか一部懇願っぽいのも混じってるぜおい。
 普段であれば「みんな僕のために争わないで!」って適当に止めるんだけど、もーめんどー。
 怒鳴られてたって、真宏もクラスメイトと仲が悪いわけじゃないしな。
 放っておく気満々で、投げつけられたものを見てみると普通の学校新聞だった。
 白上質で作られていて、ホントお綺麗な感じ。
 まあふっつうーの学園ニュースしか載ってない。
 新任の先生の挨拶とか、花壇のマリーゴールドが満開ですとか、部活動でだれそれが入賞しましたとか。
 ぶっちゃけ、面白くないんだよなー。
 飛行機でも作って飛ばしちゃえ。
 大きな紙飛行機が出来るなとうきうきしながら作っていると、気にも留めてなかった見出しが目に飛び込んできた。
「ん?」
 『剣道部主将、風間玲人(かざまれいと)君 全国大会へ』
「風間さんッ?!」
 その見出しと白黒写真の横顔に驚いて、俺はつかみ合う......いやいやじゃれあうクラスメイトと真宏が停止するぐらいの大声で叫んでいた。
「......ど、どうしたのアイちゃん......?」
 隣のヤツが恐る恐る尋ねてくる。
「あっ、あの、この、風間......先輩って、剣道部なの?」
 思わず掴みかかる勢いで聞いちゃう。尋ねちゃう。
 至近距離から見つめられて、隣席のヤツは顔を真っ赤にしながらぶんぶん頷いた。
「けっこう、有名、だけど......」
「知らなかったぁ......」
 はーっ、風間さんが剣道部だったとは......でもあの体つきはどう考えても運動部員だよな。
 でもうちの剣道部って結構強豪だったんじゃなかったっけ。しかも主将か......。
 折りかけた新聞紙を広げてまじまじと見ている俺に、クラスメイト二、三人ぶら下げた真宏が近づいてきた。
「知り合い?」
「う? うううーん......知り合い、かと思ったけど、見間違いかなっ」
 人目があるから、やっぱり頑張って可愛い声で答える。少しだけ真宏の眉がぴくっとなった。
 けど俺はそれには気づかない。
 やばい。思わず声に出しちゃったけど、たぶん知り合いってばれない方がいいよな......?
 素知らぬ顔でそっぽを向く俺に、真宏はなにか言いかけたけど、ちょうどタイミングよく次の授業のチャイムが鳴って先生が入ってきたから、席に戻っていった。



 そして放課後。
 俺は一度寮に戻って普段着に着替えると、学校内にある武道場に向かっていた。
 武道場は体育館とは違って校庭を挟んで学校に相対するような位置にある。
 うちの学校の校庭は、広い。だから回っていくと遠い。
 サッカー部と野球部と陸上部で使ってもまだ余るんだもん。広すぎる。
「相川悟一年! 横断します!」
 ボールとかぶつけて来ないでねって宣言して、俺は出来るだけ全力で走る。
 通り抜けるっていっても端っこを通る。
 でも部外者が通ったら邪魔だろ? だから一応宣言だけした。
 まずは野球部のスペースから。
「アイちゃんどこ行くのー?」
「武道場でーす!」
「野球部見学してったら? 歓迎するよー」
「はあいっ! 今度先輩たちの活躍見せてくださいねっ」
 キャッチボールを止めて声をかけてきた上級生に、可愛らしく笑顔を向ける。
 ぽやんとした空気に包まれてしまった部員に、真面目な一部の生徒は嫌そうな顔を向けた。
 うーん、マジ邪魔してごめん。
 心の底から詫びてひたすら走る。......ホント遠いなあ。
「陸上部にも遊びに来いよ!」
「はい! 新記録楽しみにしてますっ」
 野球部のやり取りを見ていた陸上部員にも同じように返して次はサッカー部スペース。
 練習試合をしているようだったから、そこの部分はぐるっと回る。
 さすがにここでは声を掛けられない。ちょっとその分視線が向けられるけどな。
 真宏はボールを持って走っていた。すごい、軽やかな身のこなし。
 ついつい眺めながら走っていると、不意に真宏が顔を上げた。
 ......っあ、目が合った。
 思わず俺は立ち止まってしまう。
 よそ見している真宏に相手チームがボールを奪おうとする。が、真宏の方が一枚上手だった。
 俺に視線を向けたまま、ぽーんと軽く蹴ったボールは相手を飛び越え、マークが外れていた真宏のチームの選手に渡る。
 そしてその選手がシュートを決めて一点。
 早すぎて何がなんだか俺にはわからなかった。
 ぽかーんと見ているうちに、ボールが中央に戻されて試合再開。
 ......あ、あれ? 真宏と目が合ったと思うんだけど......。
 そのままじっと見ていても、真宏は振り返らない。俺の勘違いなのかと首を捻りながらそのままサッカー部のスペースを走り抜ける。
 俺が見ていたからこそのハットトリックだったということに、全然気づかなかった。


 そんなこんなでたどり着いた武道場。
 えーっと、柔道部と空手部と、剣道部が一緒なんだっけ?
 弓道は武道館の側に専用の施設があるらしい。金掛けてんなおい。
 こそこそと入り口から覗くと、畳敷きと板張りの半々に分けられた場内がある。
 つか、結構広くね?
 他の部員と譲り合いながら練習をしてた中学校の頃の俺がこれ見たら、涙目だよ。
 奥が柔道と空手で、手前が剣道部が練習している。
 俺はその中から風間さんの姿を探す。......あ、いた。
 乱取りしている部員になにか指導しながら板張りの場内を歩いている。
 背筋をぴっと伸ばした風間さんは格好良かった。
 裸でムチを強請った人とは思えない。
 大人の玩具突っ込まれて、椅子になっていた人には思えない。
 清廉で硬質な雰囲気を醸し出す風間さんを凝視していると、バチッと目が合った。
 表情を変えないまま、ずんずんと俺に向かって歩いてくる。
 うわっやば......。
 びくっとして俺は身を小さくする。けど、なんだか風間さんから目が離せない。
 言葉がなくてもあれだけ表情豊かに意思を表現していた瞳は、ただの黒い石のようだった。


 

←Novel↑Top