12月-1
-寒冷のみぎり-
師匠も走る忙しさかもしれない、がニートはいつだって暇人だ。
でも最近になってニートを脱しつつある、そんな12月。
兄が俺に言った。
「来週の金曜日の夜。外に食いに行くぞ」
ああん?
訝しげに俺は兄を見上げた。
ちなみに俺は、もこもこのダウンジャケットを羽織り、ジーンズを履き、今まさに靴紐を結んで外出しようとしているところである。
なにかと俺が出かけようとするときに、いると邪魔をしてくる兄。
夏のときのように、無理に俺を引きとめようとはしなくなったが、つくづく鬱陶しい。
「だから金曜は夜に出かけられねえから、友達にもよく言っとけ」
えー?
金曜日は、和臣のバイト日だ。
相変わらずコンビニバイトを続けているヤツ。なもんで、相変わらず通う俺。
考えてみれば6月からのこの習慣も、今月で半年だ。
長いな。
「おい。返事は?」
この俺にしては色々なことがありすぎて、しみじみと考えていると、こんこんと頭を叩かれた。
むすっと見上げると、兄にマフラーを巻かれる。
そして巻かれたマフラーで、そのまま首を絞められた。
ぐえ。なにすんだてめえ。
「へ・ん・じ・は?」
ぶんぶんと俺は慌てて頷いた。
ぎゅっと締められていた毛糸が緩まる。
「ほら、手袋と耳あて」
ぜいぜいと喘いでいると、手袋を押し付けられた。
ぽすっと勝手に耳あてを付けられる。
耳あてはいいけど、手袋はいらねえのに。
じろっと睨むが、兄に俺の意図はわかりはしないだろう。
結局は無理やり付けさせられて、家を出た。
今日はいつもに増して重装備だ。
少し寒いぐらいが丁度いいのに。
寒がりなはずの俺は、そう矛盾したことを考えながら歩いた。
「ともあきさん」
明るいコンビニの外で待っていると、ヤツが飛び出してくる。
店内の時計を見れば、10時きっかりだ。
お前最近出てくるの早いぞ。ちゃんと仕事してんのか?
疑わしい眼差しで見ても、和臣が気付くことはない。
「いつも言ってるのに。中で待てばあったかいし」
言いながら、和臣はしゃがんでる俺に合わせてしゃがみ込む。
「でも今日は、あったかそうだね」
俺の格好を見て、良かったと和臣は微笑んだ。
なにがいいんだよ、ちっとも良くねえ。
じっと見つめて、眼差しだけで訴える。
「ん?」
和臣は首を捻った。
俺の意図を汲み取ろうとする努力は偉い。
しばらくすると、和臣は俺の手を引いて、バイクの止めてある裏側に向かった。
理解してくれたのだと思って楽しみに待っていると、和臣は俺の顔に両手を添えて、ちゅっと、唇を重ねてくる。
「!!」
なにすんだ!なにすんだ!
バシバシと変態を叩いていると、「あれ、違った?」と尋ねられた。
......なにが違うんだ。
「キス待ちかなあって思ったんだけど......」
「......違う」
この、ばか。
むすっとしたまま、俺は両手の手袋を取る。
いつも冷たい俺の手。だけど今日は裏起毛の手袋に暖められて、それほど冷たくなってない。
その手を和臣の手に重ねる。
やっぱり、和臣の方が手が暖かい。
「あ、そっか」
その行為に、和臣が呟いた。
それから、俺の手を包むように手を重ねてくる。
「気付かなくて、ごめんね」
俺を伺い見る瞳は優しげだ。
俺の手を包んだまま、ふーっと熱い息を吹きかけてくれる。
11月の末ぐらいから寒くなって、和臣はバイト後にいつも、俺の手を暖めるようになった。
五分ぐらい暖めて、それからバイクに乗って移動。その間に冷たくなってると、またこうして暖めてくれる。
だから俺は手袋をしないのだ。
......今日はあの大魔王に無理やり付けさせられたが。
「でもともあきさんさあ。手袋はしようよ、しもやけになるよ」
「俺の、勝手だろ」
「ともあきさんが痛い思いするのが、俺やなの」
「......」
つんと無視してると、苦笑された。
「なんでともあきさんってこう......いや、なんでもないけど。可愛いって思っただけだけど」
「相変わらず、節穴だな」
毒舌を吐いても、和臣は楽しそうにしているばかり。
最終的にはなぜか言い負かされて、バイクに乗ってるときは手袋をすることになった。
......けっ。
手が凍える。
軍手をしているが、これじゃあ暖はとれない。
軽く手の平を擦り合わせて、俺は作業を再開した。
俺は、週に4日程度の、宅配業者の倉庫での仕分けをするバイトを始めた。
働くために、派遣会社に登録したのだ。
派遣の事務所に出向いて登録するまで、1ヵ月近くを要した俺はやっぱり社会不適合者なんだと思う。
いつもだったらこの時期は、家にこもって外に出ない。
大学だって本当に卒業ギリギリの単位を取れるようにしか行かなかったし、高校の時だって、バイトしようとかあまり思わなかった。
人と接するのが億劫でしかたなかった。
でも今年は、ちょっと頑張ろうと思う。
手で持てるサイズの荷物を各方面別に仕分けをしていく。
単純作業ながら、結構肉体労働だ。
俺の就業時間は短いから、間に休憩も入らない。
せっせと作業するだけだ。
働いていることは、家族にも、和臣にも言ってない。
既にバイトするようになって10日が経つが、昼間の5時間程度のせいか、まだばれていない。
母の負担を減らすためにと家のこともしているから、仕事との両立が慣れなくて大変だけど、それでも充実していた。
軽快なチャイム音が倉庫に流れる。
その音を聞いて、俺は肩の力をほっと抜いた。
「上がります」
「ああ、お疲れ」
同じ作業をしていた人たちに声をかけて、俺は持ち場を離れる。
腕を回しながら、更衣室に向かった。
服を着替えて俺は寄り道をせずに帰る。
......ところだが、その日はふと駅前の商店街に寄ってみた。
最近は、もっぱらヤツのバイクに乗ってヤツの部屋に直行してしまうから、この辺りを歩くのも久々だった。
えーっと、どこだったっけ?
今まで興味がなかったから、立ち寄ることのなかった店を探す。
程なくして、その店を見つけた。
見せの外に飾ってある商品を手に取って眺める。
色も形も様々だ。どれがいいのか、俺には判らない。
「どんな携帯お探しですかー?」
商品を適当に手にとっては戻す作業を繰り返していた俺は、店員に声を掛けられて、必要以上にびくっとしてしまった。
「あ、えと......」
にっこり営業スマイルを浮かべられて、戸惑ってしまう。
「機種変なら、この辺りの機種がお勧めですよ。ワンセグも付いてますし、今の時期ですと、丁度モデルチェンジ前でお安く......」
「ま、また今度にします」
手にしていたケイタイのモックを陳列棚に戻すと、俺はそそくさとケイタイショップを後にした。
早足で商店街の中を歩いて、住宅街の方に抜ける。
人気のないところに出て、少しだけ歩調を緩めた。
......パンフレット、もらってくれば良かった。
大学入学したときには、一度は手にしたケイタイ。そのときの契約は親がしてくれたし、機種は兄が選んだ。
俺はただ受け取って、持っているだけでよかった。......結局殆ど使わなかったけど。
卒業が確定したときに、俺はすぐに解約してしまった。
だって、あの時の俺には、まったく必要なかったから。
「......」
ぶらぶらと家路に着く。
和臣は、今でも家の電話には殆どかけてこない。
俺が苦手なことを知っているからだ。
だけど、メールからなら俺も始められるかもしれない。
アイツが他人とメールをしているのを見て、羨ましく思わなかったわけではないのだ。
俺だって、アイツとメールしてみてえんだよちくしょう。
けど、ケイタイを持ってないんだから仕方がない。
この歳で親に買ってもらうなんて恥ずかしいことは出来ないし、電話代だって自分で払いたい。
ようやくこの俺も、人並みに欲が出てきたんじゃないかと思う。
誰もいない我が家にたどり着いて、コートを脱ぐ。
出る前に干した洗濯物を取り入れて、リビングに掃除機をかけて回る。
米を研いで炊飯器に入れて、することのなくなった俺はぼんやりとリビングのソファーに座った。
......あー、なんか。
逢いたいな。
物寂しく思うのは、きっと冬だからだ。
冷たくなったままの俺の手。
和臣がしてくれているように、ハーッと息を吹きかけて暖めた。