12月リクエスト-4
「まっ」
「え?」
繋いだままの手を、今度は俺が引き寄せた。
引き寄せておきながら、咄嗟の自分の行動に、顔に熱が集まる。
こ、ここ、道路、だぞ俺!なにやって......。
ぐるぐる考えている間にも、和臣は俺の反応を待っている。
このまま手を離せば、きっとヤツは離れるだろう。
そうした方が良いに決まっている。
だけど。
「傘の中を、見るヤツは、いないんだろう......?」
俺は顔を上げて、目を閉じた。
「くそ」とか「ああもう......」とか小さく呟く声がした。
そして押し当てられたのは熱い唇。
「ぅぐっ?!」
俺の唇を割って入ってくる舌。
ヤツは自分の傘を投げ捨てると、俺の傘に入ってくる。
そして自由になった両手で俺を抱きしめた。
「ん、んん......!」
空いた手で俺は和臣を殴るが、それでも強く抱いてくる。
そのうち、俺の息が上がってしまった。
「......小野の、ばか」
「うん。ごめん」
「死ね」
「土下座で勘弁して」
うっかり腰砕けになって、色んなところが反応してしまった俺は、ヤツに背負われて家へと向かった。
......雨の中、なにやってんだか。
雨の日に送ってもらった後、なんとなくだが少しだけ、アイツの態度が変わった気がする。
前にも増して、優しく、なった感じがある。
どこがどう、って具体的に言えるわけじゃないけど。
「クリスマスは、みんなでパーティーしようって話なんだけど、ともあきさんもそれでいい?」
「ん」
ヤツの家に遊びに行った休日。
ソファーに座る和臣の足の間に、俺が座る。
和臣は俺の腹の当たりに手を回して抱きしめてきながら、耳元で囁いてきた。
異論はないので、俺は頷く。
薫さんや、志穂ちゃん、怜次くんとも遊びたい。
バイト始めたってこと、またみんなに言ってないしな。
「誕生日の日と一緒でうちでやる予定なんだけど......そのあと、ともあきさん泊まれる?」
言葉を少し濁した後、和臣はそう尋ねてきた。
「......」
泊まり。
泊まりか......。
質問を受けて俺は黙り込む。
そっと視線を背後に巡らせると、形のいい唇が、すぐ、そばにあった。
驚いて手を突っぱねようとするが、それはあっさり押さえ込まれる。
「......っ」
ちゅっ。と、眦にキスが落とされた。
「冗談だよ。ともあきさんち、厳しいもんね。......クリスマスプレゼント、何がいい?」
クリスマスプレゼント。
その言葉に、どくんと俺の鼓動が跳ねた。
今ものすごく、欲しいものはある。
だけど、こいつがそれを俺にくれるかどうか。
迷いながら、俺はもぞもぞと腕の中で反転すると、そっとヤツの胸に頭を押し付けた。
「だ、だめなら、いいけど......」
もごもごと、不鮮明な声を出す。
「けど、何?俺に用意できるものなら、何でもするから、言って」
ぎゅっと抱きしめられた。息苦しいぐらいだが、それがなんだか心地よい。
嬉しくなった俺は、小さな声で願望を伝えていた。
けっ......ケイタイ、おそろの......。
「欲しい......」
......だめだ。
反応が、怖い。
あれだけ、キノコのケイタイを薦めてきたヤツだ。
俺がこんなこと言ったら、反対するんじゃないだろうか。
「何が、欲しいの?」
声にならなかった前半部分は、もちろんだが聞こえてなかったらしい。
身体を離されて、無理やり顔を上げさせられる。
「なんて顔、してんだよ」
和臣は、俺の顔を見るなり舌打ちして、荒々しく唇を重ねてきた。
「あ、ぅ」
舌を絡め取られて、ぎゅうっと和臣に縋りつく。
俺、どんな顔してたんだ?
わかんねえ。
「何が欲しいのともあきさん。俺、ちゃんと用意するから。......言って、お願い」
と、その後しつこく尋ねられたが、俺は口を割ることができなかった。
朝は家族で一緒に飯を食うことが多いが、夜は仕事の関係上、まちまちだ。
兄とも微妙な関係の俺は、朝食は用意だけして逃亡し、夜は兄が帰ってくる前に寝てしまう。
和臣とは、それほどではないが、兄に対してはもっと顕著だ。
だってアイツ、俺が変な態度だとドツいてくるし。
あからさまな俺の反応になぜか、母は少しだけ嬉しそうだった。
「遅い反抗期かしら。トモくんったら、お兄ちゃんに苛められてもべったりだったから」
母よ。そこでのほほんとした反応はしないで欲しい。
俺は結構心境フクザツなのだ。
「けどね、トモくん。お兄ちゃんのほうが煮詰まってるわよ?」
そう告げられた日の夜。悪魔が襲来した。
「起きろ」
低い声で告げられ、頬を叩かれる。
元々、寝起き寝付きはいい方だから、起こされるとすぐに目を覚ました。
何?
暗い室内に、どうやら誰かいるらしい。
大きくて黒い影。
「ぎゃ......」
上げかけた悲鳴は、手の平で押さえ込まれた。
「うるさくすんな。母さんが起きちまう」
舌打ちする声。......兄だ。
暗くて表情がわからない。
そろそろと手を伸ばし、ベッドの傍に置いてある卓上ライトの電気をつける。
すると、苦々しい表情で見下ろしている兄と目が合った。
「騒ぐなよ」
こくんと頷くと、手を離してくれた。
兄が俺のベッドに座るとぎし、と音がする。
なんだ、どうしたんだてめえ。
時計にちらりと視線を走らせると、もう深夜だった。
明日も仕事があるんじゃねえのかお前。
そう思ったが、アルコールの気配を纏った悪魔が恐ろしくて、なにも言い出せない。
酒乱ではないが、今日の兄は相当酔っているようだ。
ネクタイを緩ませ、整えた髪もがしがしと乱してしまっている。
「一度しか聞かない」
座ってしばらくしたあと、兄は小さく呟いた。
はい。
すっかり眠気などどこか行ってしまった俺は、正座して兄の言葉を待つ。
「俺が結婚するのは嫌か」
「......」
え?
問いかけられた質問の意味がわからなくて、俺は首を傾げた。
「寝てんじゃねえだろうな?」
何も返事をしなかったら、肩を捕まれてがくんがくんと乱雑に揺らされる。
うわ、気持ちわる......。
揺れる視界に顔をしかめると、兄が眉間に皺を寄せた。
あ、ヤバい。なんか言わねえと。
「べ、別に」
頭を横に振って答えると、手が離された。
「本当か」
「うん」
「......嘘じゃねえだろうな」
しつこいな。
何を兄がそんなに気にしているのかわからなくて、俺はじっと兄を見上げる。
兄は、俺を見返すと、早口で呟いた。
「じゃあ、なんで避けるんだお前」
......あ。
なんだか苦しげな兄の態度に、母の言葉が蘇る。
煮詰まってる?......兄が?
普段ない兄の様子に、しげしげと見てしまう。
酒の力を借りて来るぐらい、俺の態度、気にしてたのか。