7月-1

-蒸し暑く寝苦しい熱帯夜が続きますが-



 大学生は、見に行ったアクション映画をいたくお気に召したらしい。
 暗い館内で映画を見ている間も、俺の手を握ってその興奮を伝えてきた。
 映画は俺も久々に見たので、なかなか楽しく見れた。
 行ってよかったと思う。
 ヤツはこれに味をしめたのか、次はこれを見ようあれを見ようと誘ってきた。
 しかし、悲しいかな俺は未だに親の巣から飛び立てぬ雛。
 前回は運良く兄の援助を得られて映画を見に行けたが、基本は金無しなのだ。
 よって答えは一つ。
「行かない」
 実際には『行けない』なのだが、そこは......まあ若干、意地を張っておきたいところだ。
「また?ともあきさん、映画のときも同じように言って、付き合ってくれなかった」
 夜の、いつも通りの駅までの道。
 ヤツはそう言いながら子供が拗ねるような表情を浮かべた。
 街灯が少ない道を、手を繋いで歩く。
 この間、帰り道に俺から手を繋いだせいか、いつの間にか繋ぐことが普通になっていた。
 今日は、唸るような熱帯夜の夜だ。
 繋いだ手が、湿っている。
 不快感はないのだろうか、ヤツは。
「映画も駄目、カラオケも駄目、ボーリングも、ビリヤードも全部駄目」
 だって、全部金かかるじゃないか。
「そんなに、友達と......俺と遊ぶの嫌?」
「嫌」
 金がかかる遊びは嫌だ。
 この大学生は、そんな遊びにしか俺を誘わない。
 このブルジョアめ。
 俺の答えに、男は足を止めた。
 二、三歩先に進んだ俺は、繋いだ手が足の止まったヤツに引っ張られて振り返る。
 暗い中で、ヤツの目だけが光って見えた。
 何度か口を開いては閉じ、強く手を握ってくる。
 ジジジジ......とセミの羽音が聞こえた。
「俺とこうして会うのは嫌?迷惑?」
 ようやくヤツの口から出てきた質問に、俺は呆れてしまった。
 嫌なら来ないだろう。
 首を左右に振って答える。
「じゃあ、何で?」
 何で?何でだと?
 仕方なく息を吐いて、口を開く。
「金ない」
「俺が出すよ」
 だから付き合ってくれたっていいじゃん、と告げる馬鹿に、俺は心底嫌そうな顔を向けた。
 友達に、しかも年下の男に金を出してもらってまで遊びたい遊びなんか、ない。
「......お前は、嫌か」
「え?」
「会う、だけじゃ」
 まあ嫌なんだろう。だから、どこか行きたいなどと言うんだ。
 もっぱら引きこもっていた俺は、外に出て人に会うようになっただけでも、新鮮で十分過ぎる程だが、こいつなんかはそれが当たり前の人種だ。
 物足りないんだろうな。
 俺以外の人と、行けばいい。
「好きにしろ」
 言い放って、足を止めて動かぬこいつを引っ張って連れて行くかと、握った手に力を入れて足を踏み出す。
 だけど、俺が入れた力以上に、強い力で背後に引かれた。
 バランスを崩して倒れる、と思ったところで、背後から抱きしめられる。
 首筋に埋められた頭。
 つんつんの髪の毛が俺の肌に刺さって、痛くも、くすぐったくも感じられる。
 手は、離すまいとばかりにしっかり腹に回された。
「ううん。ごめん。一緒にいられるだけで十分」
 何だそれは。俺に遠慮してるのか?
「別に」
 謝られるほどのことじゃない。
 俺の短い答えにどう思ったのか。
「冷たい反応すんなよ。......俺、泣くぜ」
 その時点で、声が掠れて聞こえた。
 もう、泣いてるんじゃないのか?
 顔を上げないままの、ヤツの頭をぽんぽんと撫でてやる。
 ますますしがみついてくるばかりで、俺よりでかい大学生は動く気配がない。
 さてどうしようかと、思案したときだった。
 首筋に、熱い息が掛かる。
 ちくりと、そこに痛みが走った。
「!」
 思わず、ヤツの頭を押しのける。
「いじめられたから、仕返し」
 なにい?
 俺は首筋を押さえてヤツを睨んだ。
 男は目に涙どころか、してやったりと満足げな表情だ。
「いいよ。金のかかんないところ行こう」
 するりとまた手が繋がれて、歩き出す。
「それならいいんでしょ。違う?」
 違わない。違わないが。
「なに?言いたいことはちゃんと言わないと、ともあきさんの予定、俺が勝手に入れるよ」
 ......近頃言うようになってきたじゃないかお前。
 無意識に尖っていたのか、唇を指先で押される。
 その仕草に俺はますます捻くれて、駅に着くまでの間、一切ヤツに反応を示さなかった。


 ヤツを送った後に、家に帰ると兄が変な顔をして俺を見た。
「虫に刺されてる」
 ここ、と首を指で示された。
 鏡で確認すると、確かに赤かったので、痒くはなかったが薬を塗って寝た。
 眠りに落ちるまで、俺はあの嘘つきに腹を立てていた。

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