3333hitリクエスト -One day- 1

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 程よくクーラーの効いた会議室。
 室内は暗く、大きなスクリーンには今期の営業目標が照らし出されている。
 会社の重役も出席する半年に一回の会議で、俺は前期の反省と後期に向けての営業方針を打ち出していた。
「新規開拓営業先は、先ほどあげた企業になります。それを踏まえまして、今期は継続しての受注と新たな顧客獲得に向けての活動をしていきます」
 自分の分のプレゼンを終えて、そこでそっと息を吐く。
 俺のグループの営業成績は、前期はトップを争う位置にある。
 今日だって、会社上層部の反応もなかなかいい。
「質問がなければ、以上で終了いたします」
 ちらりと腕時計に視線を走らせ、持ち時間内にプレゼンが終われそうなことに内心ガッツポーズだ。
 何もなさそうだな、とプロジェクターに接続していた自分のノートパソコンを外す。
 と、そこで声がかかった。
「経費がかかり過ぎじゃないか?」
 ......きやがったな。なんか言うとしたらあんただと思ってたよ。
 俺は、笑顔を貼り付けて視線を声の主に向けた。
 暗い室内では見難いが、そこにいるのは営業部特課の高橋課長。
 会社の心臓部、営業部のエースだ。
 今期は俺のグループと、彼の課の一つのグループがトップを争っている。
 なにかと俺に対して煩いヤツだ。
「もう一度画面を出してくれ」
「はい」
 俺は内心の苛立ちを抑えてコードを繋ぎ直す。
「......ほら、ここの部分、もう少し抑えられたんじゃないのか」
 スクリーンに映し出された資料を、ポインターの赤い光が舞う。
 その光の元は、もちろん高橋の手元だ。
「もちろん、費用の件は考慮しましたが、そのせいで競争企業に負けるわけにはいきません」
「それを踏まえたうえで、君ならもっと無駄な費用は抑えられたんじゃないのか」
 『君なら』ね。......けっ。
「......ではシュミレーションをしまして、かかった費用の見直しをします。その結果はメールで配信いたしますので。......他はなにかありますか?」
「いくつか気になったところはあるが、まあいいだろう」
 偉そうだな。何様だてめえ。
 内心はそう罵っていても、表面上は穏やかに。
「わかりました。では改めてこれで終わります」
 パソコンを片付けて、高橋の後ろを通って自分の席に戻る。
 その際に、挑発するような視線を向けられたが、俺は気付かない振りをして通り過ぎた。


 タスポも始まり、タバコ値上げも囁かれる今日この頃。
 それでも俺は、愛煙者としてタバコは手放せなかった。
 今日も会議を終えた後、必要な書類を自分の机に戻し、しばらくしてから喫煙所にやってきた。
 俺のよく利用する場所は、自分の部署が近い喫煙所ではなく、会議室だけが並ぶ階層にある喫煙所だ。
 今日は、営業会議の後に会議がないのは確認済み。
 人がいない喫煙所ですぱすぱタバコを吸いながら、悪態をついていた。
「あのやろう。俺ばっかり突きやがって」
 俺の後には別のグループの営業が成績を報告していた。
 どちらかといえば、そいつらの方が突っ込みどころが多いはずだが、高橋はヤツらの報告に対しては無言で聞いていた。
 ......上の人間がいるところで、俺の印象を悪くしようって腹だな。
 あんなんで俺がくじけるとでも思ったのか。......ふん。
 いつか俺に喧嘩売ったことを後悔させてやる。
 タバコを灰皿に押し付けて消して喫煙所を出ると、運悪く、その高橋にばったりとあってしまった。
 彼は少し驚いたような顔をして、それからすぐに笑みを浮かべる。
「こんなところで、サボりか主任」
「嫌だな課長。息抜きですよ」
 そういうてめえは、こんなところでなにしてんだ。
 視線を少しずらすと、タイトスカートからすらりと伸びた足が目に入った。
 ぱっちりと開いた瞳に、ピンク色の柔らかそうな唇。
 髪の毛も程よく色を抜いて明るくしたロングウェーブだ。
 早川さん。
 彼女は書類らしい紙の束を抱えている。
「......会議ですか?」
「技術部とのデザインレビューだ。なんなら君も参加するか?」
「ご冗談を。課長担当の部品の話を聞いていても、俺はわかりませんよ」
 いつまでも、あんたと話している気はない。
 俺は高橋の脇をするっと抜けてエレベーターに向かう。
 早川さんの隣を抜ける際に、彼女は少し悪戯っ子のように微笑んだ。
 唇がメール、と声なく動く。
 軽く頷き返して俺はエレベーターに乗った。
 席に戻って真っ先にパソコンでメールを確認すると、彼女から今晩のお誘いのメールが入っていた。
 よし、と密かに拳を握って、俺は待ち合わせ時間までに仕事を終わらせるべく、思考を切り替えて仕事に手を付けた。



 待ち合わせて入ったのは、珍しいワインが多いダイニングバーだ。
 シックで雰囲気もあり、なにより静かで美味しい料理も出してくれるので、俺は結構重宝している。
 彼女を連れてくるのは、今日で三回目だ。
 夜景が見える外向きのカウンター型の席に二人で並んで座る。
「お疲れ様」
 グラスを傾けて、互いにねぎらって微笑みあった。
 あー...やっぱいい女だな。
 彼女の細身に、黒いワンピースはよく似合った。
 髪をかき上げる仕草に、心奪われる。
 だが、次の瞬間に告げられた言葉に、一気に現実が戻ってきた。
「営業会議中に、高橋課長に小言もらったんだってね」
「別に、たいしたことじゃない」
 むすっとしそうなところを堪えて、そう答える。
 ...若干、そっけないような態度になってしまったことは否めない。
 すると、彼女はくすくすと肩を揺らして笑った。
「眉間に皺寄ってるわよ」
 つんと長い指先に突かれて、俺は降参とばかりにため息を付いた。
「俺、課長になにかしたか?」
 何かと突っかかれて俺は辟易していた。
 早川さんは高橋課長の課の営業補佐をしている。
 違う課の俺よりも、よっぽど彼については詳しいはずだ。
「期待してるんじゃない?貴方に」
「......そうか?」
 彼女にそう言われても、俺は全然納得行かない。
 この俺を、教育してるつもりか?
 はん。それなら俺より先に、自分の課のヤツらをどうにかしろってんだ。
「女性社員は、なにかと構われてる貴方が羨ましいって言ってた」
「俺は変わってもらいたいぐらいだ」
 高橋はモテる。
 高身長に高学歴に高給取りだ。
 顔も悪くない。...まあ俺と比べたら劣るがな。
 三十も半ばになりつつも、まだ彼の指には指輪が嵌っていない。
 決まった人がいるという話も聞かないから、狙っている人も結構多いと噂で聞いた。
「私は、貴方の方が好きだけど」
 するっと腕に手を回される。
「それなら良かった。恋人にまで課長の方がいい、なんて言われたらショックでへこむよ」
 軽く肩をあわせて、俺は彼女に囁く。
 くすぐったかったのか、早川さんは首をすくめた。
 そっと彼女の背中に手を回して腰を抱き寄せる。
 暗い店内で首筋に軽くキスを落とした。
「そう言えば、私明日旅行に行くの。女友達と二人でね」
 早川さんが急に思い出したと言わんばかりに、手を合わせる。
 なにい?聞いてないぞ。
「ずいぶん急だな」
「本当は別の友達が行く予定だったんだけど、その子、風邪引いちゃって行けそうにないからって。......キャンセル料もったいないし、私、予定空いてたから」
「明日は早いのか?」
「ええ。朝5時には家を出ないと」
 時計を見ながら、そんなことを早川さんが呟く。
 ぐあ。今夜はちょっと期待してたのに。
「......じゃあ今日はあんまり引き止められないな」
 残念と肩を落とすと、早川さんは少し微笑んで寄りかかってきた。
「ごめんなさいね。......でもちょっとでも一緒にいたかったから」
 甘えるように囁いてくる。
 俺がこの後の予定を密かに立てていたのを見抜いたらしい。
 苦笑を浮かべるしかない。
「じゃあ次の休みは俺のために空けておいて。デートしよう」
「どこに誘ってくれるの?」
 きらきらとした瞳が俺を捉える。
 プロレス観戦。と行きたい所だが、女性は嫌いな人も多いから、そこはまあ、更に気兼ねなくなってから誘うことにしよう。
「行ってからのお楽しみってことで」
「期待しておくからね」
「もちろん。楽しみにしてて」
 いちゃいちゃとしていると店員が料理を運んできた。
 ......お前、そこは空気読めよ。
 俺は店員をじろっと睨んだが、彼女が料理を見て美味しそう、と呟いたのでよしとした。
 あー、デートコースどうすっかな。

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