7月-7

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 降り立った砂浜は、もう既に熱されていた。
 素足ではなく、ビーチサンダルを履いてきてよかったと思う反面、隙間から入り込む砂に足を取られる。
「ふらふらしてんなよ」
 砂浜をふらつく俺の手からバスケットを奪うと、ヤツは俺を抜かして行ってしまう。
 なんとなく気に食わなかったので、ヤツのケツに目掛けて砂を蹴ってやった。
「ちょ......何すんの」
 ふん。俺に格好つけようったって無駄だぞボケ。
「二人とも、こっちこっち~!」
 茶髪が、声を張り上げて呼ぶ。
 そこには既にパラソルにシートが引かれて、準備万端の状態の茶髪と坊主がいた。
 黒髪は、既にシートに荷物を下ろしている。
 坊主は持ってきていたのだろうイルカの浮き輪に空気を入れていた。
「あっちの海の家に更衣室あるから、薫ちゃん行こう」
 茶髪はぴょんぴょんと跳ねて、黒髪を誘っていた。
「そうね。じゃあ、わたしたち着替えてくるから」
 いってらっしゃい。
 満面の笑みで、女どもが立ち去った。
 残るは男のみ。
「......更衣室、ちゃんと個室なのか?」
「それは一応確認済み」
 意味のわからないことを囁きあう男どもを尻目に、俺は自分のバッグの中を漁り始めた。
「ともあきさんなにしてんのー?」
 いつの間にか、既に服を脱ぎ捨てて水着のみになった男が、俺の手元を覗き込む。
「......」
 俺の手には、文庫本が一冊。
 ヤツは、本を見、そして俺の顔を見るとにっこり笑った。
 そしてあっさりと本を取り上げる。
 ......おいおいおいおい。
 取り返そうと手を伸ばすと、更に上に持ち上げられた。
「何しに海に来てんのさ」
 海水浴という名の読書だ。なんの文句がある。
「荷物番」
 俺は自分を指差した。
 これだけ荷物があるのだ、誰か一人残っていた方が良いだろう。
「大丈夫だって。貴重品は車ン中だし。だからテメエもさっさと脱げや」
 イルカに空気を入れ終わったのか、シートに戻ってきた坊主が俺の胸倉を掴む。
 どうしてテメエはけんか腰なんだ。......いえ、貴方様はけんか腰なんですか。
 ぴしっと固まった俺に、コンビニ店員がため息をついた。
「怜次、お座り」
「俺は犬じゃねえ」
 むっとしつつも、坊主は俺から手を離してくれた。
「一人で泳げねえってんなら、浮き輪作ってやっから待ってろ」
 何だお前。近所のちょい悪お兄さんか。子分に慕われるタイプか。
 案外いいヤツ?と坊主を見ていると、ちょんちょんと肩を叩かれた。
 しっかりと筋肉の付いた胸板に、皮ひもを通した銀のペンダントヘッドが光る。
 やっぱり、嫌味なほどいい男だなこのやろう。
「水着、着てきたんだよね?」
 着て来いって言ったからな、しつこく。お前が。
 こっくり頷く。
 途端に、羽織っていたパーカーを引っ張られた。
 ジッパーを下げられて、剥ぎ取られる。
 急になにすんだテメエ。
 中に着ていたタンクトップも捕まれ、履いていた膝丈のカーゴパンツも脱がされそうになって俺は抵抗した。
 嫌じゃ!離せボケ!引っ張るな!
 俺の無言の抵抗をどう思ったのか。
 ヤツは手を止めると軽く首を傾げた。
「俺に脱がされんのやなら、自分で脱ぎな」
 ぽんぽんと頭を撫でられた。
 俺はこっくりと頷いて、ヤツに投げられてくしゃくしゃになった半そでパーカーを拾った。
 そしてそれをまた着込む。
「......ともあきさん」
 けっ。睨んだって俺は脱がないからな。
「あれ、怜次浮き輪も作ってんの~?」
 女の声だ。
 ヤツと同じタイミングで振り返ると、女どもが戻ってきていた。
 茶髪は、カラフルなボーダーラインの入ったビキニ。
 髪は、さっきまで下ろしていたのをアップにして、花のあしらった髪飾りをつけている。
 黒髪の方は花柄が可愛いパレオを首元に巻き付けるように身につけていた。
 .........。
 普段見慣れぬ女の艶やか格好に、俺は瞬時見惚れた。
「ともあきさんのえっち」
 隣で急にそんなことをぼそっと言われて、ついついヤツを殴ってしまう。
 いいじゃねえか。普段見ないんだから少しぐらい見惚れたって。
「おい先輩。出来たぞ」
 坊主は俺のことをそう呼んだ。曰く、大学の先輩だからということらしい。
 先輩と呼ぶだけで、敬意もへったくれもないが。
 ありがとうございマス。
 俺は坊主が作ってくれたわっかを受け取り、身体に通すとまたシートに腰を下ろした。
 坊主はわずかに片眉を上げたが、何も言わなかった。
「結構似合うでしょう?」
「認めたくないけどな。......なんかお前って神秘だよ」
「ミステリアスな女?ふふ、ありがとう」
「褒めてねえ」
 黒髪がヤツの前でくるっと一回転する。
 無邪気に笑う女は、コンビニ店員の腕に自分の腕を絡ませた。
 「よせって」顔をしかめながら、ヤツはさっさと腕を引き抜く。
 あー......。なんか、そうじゃないかと思ってたけど。やっぱ......。
 無言の視線に気付いた黒髪が、俺に近づいて微笑む。
「似合う?」
「......キレイ」
「ほんと?」
「うん」
 嬉しい、と女は胸の前で手を合わせて喜んだ。
「あきちゃんあたしは?」
 茶髪が、ふふんと胸を張りながら水着を見せてくる。
 ちっちゃいわりには、出るところは出ている。
 ちょっとだけ視線を彷徨わせたあと、俺は「かわいい」と褒め言葉を口にした。
 ......あきちゃんというのは俺のことか。
「怜次ッ~あきちゃんに褒められたよん!」
「ぐあっ!飛びつくな首絞めんな!」
「水平線に向かってゴゥ!」
「はいはいはいはい!」
 茶髪を背負った坊主は、そのまま走って海に飛び込んでいく。
 冷たい!とはしゃぐ声が聞こえた。
「智昭さん、海入らないの?」
 未だに服を着ている俺に、黒髪は手を差し出した。
 白い手は、俺を行こうと誘ってくれる。
 だが俺は首を横に振った。
「荷物番」
 ヤツに言ったことと、同じ理由を口にする。
 女は少し考えた後、そっかと頷いてくれた。
「行こう」
「ちょ、ひっぱんなって!......ともあきさん、来たくなったら来て良いからね」
 黒髪にぐいぐい引っ張られて、ヤツも小さくなっていった。

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