11月-1


-暖房の恋しい季節となりましたが-



 これ、と手渡されたのは、学祭のチラシだった。
「ともあきさんも去年まで参加してただろうから、いまさら目新しいもんじゃねえけど、来て」
「......」
 バイクで家まで送られて、別れる寸前に渡されたチラシは手作りのものだ。
 俺はチラシをじっと見てから、小野を見上げた。
 ヤツはヘルメットを手にして、俺の反応を待っている。
「あんまり、興味ない?」
 俺の微妙な空気を感じ取ったのだろう。小野は少し困ったような表情になる。
 学祭、あんまり好きじゃねえんだよなあ......。
 同い年のヤツらが張り切ってはしゃいでいるのを見て、冷めたように引いて見ている自分がわかるのが、好きじゃない。
 人ごみは嫌いだし。
 在学中も、自分の仕事だけをこなして、ほとんど楽しむようなことはなかった。
「......気が、向いたら」
 無言で見つめても、小野は俺の反応を待っているようだったから、しかたなく小さく答える。
「うん。それでいいよ」
 ヤツはそっと手を伸ばして、俺の頬を撫でてきた。
 目を細めて優しげに微笑みながら、だ。
 思わず、その手を避けるような仕草をしてしまう。
 するとヤツの手は、それ以上追いかけてくることはなかった。
「んじゃ、また明日。バイトの後で」
 俺がこくんと頷くとそれを見た小野は、バイクに跨って立ち去った。
 いなくなった道を見て、立ち尽くしながら俺は無意識に自分の頬を触る。
 小野が触ったように、ゆっくり。
 小さくため息をついてしまう。
 本人がいなくなったあとに、こう名残惜しくしてしまうのは、俺の悪い癖なんじゃないかと思う。
 一緒にいたいんなら、もっとそれらしい態度、取りゃいいのに。
 自分の性格を歯がゆく思いながら、肩を落として家の中に入る。
 靴を脱ごうとして、手にチラシを持ったままだったことに気づいた。
 ......学祭、行ってみるかな。

 開催日は11月上旬の日付だった。



 準備の最中は、ヤツも忙しかったみたいだ。
 バイトの日数も減らしたりしてたけど、俺に合う時間はあまり変わらなかった。
 あの日、俺がそっけない反応をしたせいか、そのあとは特に学祭のことが話題にあがることはなかった。
 小野は、俺に抱きつきながらよく電話をすることは増えた。
 相手は知らない男だったり、......女だったりする。
 メールの回数も増えてる。
 「どんなメールしてるか知りたい?」と聞かれたことはあったが、俺が首を横に振ると小野は変な顔をした。
 なんなんだ。
 小野が友達と付き合いがあるのを見るのは、嫌いじゃない。
 そうだ。学祭に行けば、それも見れる、と気づいたのは前夜祭の当日だ。
 前に潜り込んだときは怜次くんや薫さん、志穂ちゃんには会えた。
 今度はもっと違う人にも会えるかもしれん。
 ヤツは俺の前で電話をして約束をする割には、俺には会わせようとしない。
 ......まあなんとなくわかる。俺なんて紹介してもしょうがねえだろうしな。
 怜次くんや薫さんを紹介してもらっただけで十分だ。
 そんなわけで俺は、学祭当日、一人大学に向かっていた。
 厚手のパーカーを羽織り履き古したジーンズを履く。
 変装変わりにキャップを被れば、完璧。
「どこに行くんだ」
 あくびをしながら出てきた兄が、俺の格好を見咎めた。
 兄はホームウェアだが、足の長さが違うせいか、そんな格好していてもだらしなく見えない。
「大学」
 嘘ついてもしょうがないから正直に答える。
 すると物珍しい顔をされた。
「なにしに」
「......」
 黙って見返すと額をでこピンされた。
 いてっ。
「金稼ぎたいって言った時は、多少はまともに見えたんだがな。変わんねえなニート」
 見下されたような目で見られて、俺は首を竦める。
 うるせえなあ。......俺だって。
 兄は俺が何か言うのを待っていたようだが、何も口にしないことがわかるとため息をついた。
 「待ってろ」そう声を掛けられ、兄が一度部屋に戻る。
 戻ってきたときには財布を持っていた。
「アイス」
 そう言って俺に5千円を手渡す。
 あれ。多くねえ?
「と、学園祭で売ってる綿あめ。あと適当に買って、あんまり時間かけないで帰って来い」
 言うだけ言って、兄は部屋に戻ってしまった。
 これから二度寝するつもりなんだろう。
 休みの日で出かける予定のないときの兄は、酷いぐらい自堕落だ。
「......」
 俺は目を細めた。
 歩いて大学に行くつもりだったが、これは、電車を使えということか。
 というか、俺の大学で学祭があるのを知ってたのか。
 それにしても綿あめか......。相変わらず甘いものが好きだな。
 その昔、祭りに行くたびに両親にリンゴ飴やチョコバナナや綿あめをねだるよう強要され、そして持ち帰るたびに、それを強奪されるというなかなか甘酸っぱい思い出が脳裏を過ぎった。
 ......まあいい。行くか。
 俺はいつものようにのろのろ動き出した。
「午後二時からライブ開催します!来てくださいね~!」
「フリマ会場はここからまっすぐ行った先にあります!興味ある方はどうぞ!」

 あちこちで在学生の呼び込みの声が上がる。
 手にはたくさんの押し付けられたチラシ。
 すぐにでも捨てたいが、なんとなく渡してくれた人の前でゴミ箱に入れるのは忍びなくて、もらったチラシはジーンズのポケットに押し込んだ。
 キャップを深く被って、周囲を見回す。
 冷えた手が冷たくて、パーカーのポケットに手を突っ込んだ。
 日差しの中では暖かいが、少しでも日陰に入ると寒さが凍みる。
 この時期に手袋は早いかと思ってしてこなかったが、ちょっとだけ後悔した。
 1人でこのテンションの高い学園祭の中を歩いていると、帰りたくなってしまう。
 ごそごそと、さっきジーンズのポケットに突っ込んだチラシとは違うチラシを取り出す。
 小野が俺に寄越したチラシだ。
 それには簡単な地図がついていて、『俺はココ!』と手書きで矢印がついている。
 出店が並ぶらしいその場所へ、俺はどこか肩身の狭い思いを感じながら足を向けた。


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