11月-2
「はーい!クマさんと腕相撲勝負、一回300円だよ~!勝った子には、両手いっぱいのお菓子をプレゼント!」
明るく通る声が、出店の一角から上がっていた。
その声に学祭に遊びに来ていた子供の足を止める。
机を前にパイプ椅子座った着ぐるみのクマが、腕をぶんぶん振っていた。
そのクマの隣に、志穂ちゃんがいた。
声を張り上げたのは志穂ちゃんだ。
俺もその声に気付いて、そっとばれない様な位置から、クマと志穂ちゃんを見る。
親にお金をもらったらしい小学生の男の子が勝負を仕掛けていた。
男の子は顔を真っ赤にして、クマを腕相撲で倒そうとしている。
だが、あと少しというところで逆転されてしまう。
「あー惜しかったねえ......。でも頑張った君にはこれあげるよ!」
残念そうな顔をしていた志穂ちゃんは、泣きそうになっていた男の子に大きな棒つきの飴をあげていた。
......ああゆう飴、昭宏も好きそうだな......。
家族と本当に親しい友達の前以外では、甘党を隠す兄。
自宅の部屋でこっそり飴を食べる兄を想像して、俺は笑ってしまった。
志穂ちゃんは離れていく男の子を笑顔で見送ると、隣に座ってお客を挑発するように中指を立てているクマの頭を思いっきり殴った。
「いて!」
殴られたクマは、すぽっと首を取った。
......あ。
中からは見知った顔が現れる。
目つきの悪い、ピアスだらけの怖い顔のお兄さん。
でも、本当は意外に優しいのも知ってる。
「さっきから何度も何度も......怜次!負けてあげなさいよぉ!」
「うるせえ!あのぐらいの年頃のガキにゃ、思い通りにならないこともあるって教えてやらねえと......っててて!引っかくな!」
「ゲームなんだから、いいでしょー?!」
怒鳴りあう2人はどこか滑稽で、周囲の人の笑いを誘っていた。
怜次くんと志穂ちゃんの友達らしい人たちが「2人とも、夫婦漫才はやめなって」とか「怜次、もう尻に敷かれてるぜ」とか笑いながら次々に突っ込みを入れている。
......。
俺はその光景を黙って眺めた。
少し前までは、いくら人が楽しそうにしていても、自分は特に何も思うことはなかった。
混ざれば自分も楽しくなることを小野が教えてくれたから、少し羨ましい気持ちで見つめる。
でも、俺の足は2人の元へは向かわなかった。
なんとなく場違いな気がして、そっとその場所から離れる。
顔見たら帰ろうかな。
小野とも会う気がなくなってきた俺は、目立たないように若干俯き気味に歩いた。
出店の店員の顔をちら見しては、すぐに視線を下げる。
ぐるっと一周回ったが、小野らしき人物はいなかった。
休憩中かもしれない。
そう思って、知らず知らずにため息をつく。
......ま、いいや。帰ろう。わた飴買って。
嫌がらせのように可愛いキャラクターの描かれた袋に入ったわた飴を買う。
それから、兄が好きそうな食べ物を適当にチョイスした。
アイスは帰り道に買えばいい。そう思って踵を返したときだった。
ぽす。
なにか柔らかいものに当たって、よろめく。
ふらついた所を腕を捕まれて、俺は視線を上げた。
「......」
長い耳に、白い体のうさぎさん。
の着ぐるみを着た人が、俺の腕を掴んでいる。
「すいません」
当たったのはこの人だったのかと頭を下げて離れようとするが、捕まれたままの腕は離れなかった。
......もしかして、小野か?
脳裏に、クマの着ぐるみを着ていた怜次くんが過ぎる。
出店にいても、この姿だったらわからない。
そう言えば、何人かは変わった格好をして出店にいた。
お姫様のような派手なドレスだったり、学ランを着ていたり。
ふとそんな風景を思い出していると、ヤツに腕を引っ張られた。
促されるままに、俺は歩き出す。
どこに行くんだろう。
出店があるゾーンを抜けて、人気のないところに向かっているようだ。
その先あるのは、サークル棟。
そちらには展示物もないらしく、ひっそりとしていた。
「えと、」
そっと声を出す。が、小野は止まらない。
「お、小野、どこ行くんだ?」
自然な感じで名前を呼んだつもりだったが、不自然に噛んだ。
名前を呼ぶことを意識しているのが丸わかりで、俺は恥ずかしさから顔が赤くなるのを感じる。
なんでもっとこう......うまく言えねえかな俺。
呼んだ事を後悔したが、ヤツは足を止めてくれた。
そして振り返りざまにうさぎの被り物を取る。
「......」
俺は目を見開いて、うさぎ男を見つめる。
うさぎは、小野じゃなかった。
「すいません、小野先輩じゃなくて」
よくよく見てみれば、身長も肩幅も小野よりでかい。
うさぎの被り物をしていたから、そのせいでわからなかった。
こいつは、知ってる。けど名前が出てこない。
前に聞いたんだ。小野たちの1歳後輩で、検察目指してて......。
「篠崎です」
そうだ。
精悍な顔立ちに、がっちりとした身体の男。
薫さんの、恋人。
「少し、話をしてもいいですか」
「......」
こいつが俺に、何の用?
俺は首を傾げながら、篠崎を見つめた。