11月-7

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「小野、好き」
 その言葉は、するっと出る。
 今まで言わなかったのが嘘のようだ。
 本当の気持ちを告げて、それを受け止めてくれる相手がいるから、俺も言えるんだろう。
 なのに、なんで名前は......。
「もっと」
 落ち込みかけた俺に、和臣からの催促がかかった。
 俺だって和臣に応えたい。少しでもこの気持ちを返したい。
「す、好き。小野、大好き」
 照れも入って若干声が掠れたり小さくなったりするが、でもちゃんと言える。
 なら言える言葉だけでも、言っていこうじゃねえか。
「......苗字、嫌いだけど、ともあきさんに呼ばれるんなら悪くないね」
 そう呟いて、目尻を下げて優しく笑うから、俺は俄然やる気になった。
「小野が、......す、好き。小野じゃなきゃ、嫌、だ。......だっ大好き」
 言葉を連ねていくと、だんだんと和臣の顔が赤くなっていく。
 俺は努力の男になったんだ。恋人に捧げる言葉を惜しまねえ。
 今までは意識してなかった分、たくさん言ってやる。 
「好きだ。小野だけ......すき。......っあ、あいし」
「もう、駄目!わかったから!」
 真っ赤になった和臣は、俺の口を手で塞いだ。
 愛してる。の言葉を途中で遮られた俺は、軽く眉を潜める。
「ひー、もう、ともあきさんに好きって言われるのが、こんなにクるとは思ってなかった......愛してるなんて言われた日には、もう、俺死ぬ」
 意図的に、俺の口を封じたらしい。
 よろりと和臣がふらつく。
 情けない顔をしている和臣。
 その表情がおかしくて、俺は少し笑った。



「あ!」
 人もまばらになってきた学祭のスペースに戻ると、篠崎が走りよってきた。
 和臣をちらりと横目で見たあと、ダウンジャケットを羽織った男は、俺を見下ろす。
「......えと、智昭さん、ですか?」
 うん。
 俺はウサギの頭が落ちないように、押さえながらこっくり頷いた。
 元々、この高身長にがっしりした体系の篠崎が着ていた着ぐるみは、俺が着ると手足はずるずる。
 胴体も皺がよりまくりの悲惨な状態になっていた。
 その状態で、よたよたと歩く。
 和臣が笑って手を引いてくれたから、転ばなかったものの、1人だったら歩くことすらままならなかったことだろう。
「ともあきさんが、着てみたいって言ってさ。あー寒っ。お前そのダウンジャケット寄越せ」
「嫌ですよ。自分の服取ってきてください」
 着ぐるみは着てみると暑いぐらいだった。夏場にこれを着る人の神経がしれない。
 今の時期なら丁度いいかも。ただ少し、呼吸がしにくいけど。
 俺の上着は和臣が持ってる。寒い寒いと騒いでいるが、俺の服はどう考えてもサイズが合わなくて着れない。
 ......。
「っわ!」
「あっためて」
 篠崎の上着を剥ぎ取るのを諦めたらしい和臣がぼふっと俺に抱きついてきた。
 ひ、人前でなにすんだてめえ。
「はなせっ」
 俺が白い手をぶんぶん振り回していると、和臣は俺に抱きついたままそっと囁く。
「いいじゃんウサギさん」
「......」
 今の俺はウサギだ。ウサギがじゃれ付くぐらい、誰も気にしない、筈。
 ということは、多少くっついてもばれない、筈。
 そういうつもりなのだろうと、俺は暴れるのをやめて、そっと和臣を抱きしめた。
 ど、どうなんだ、これ。
「あった、かい?」
 俺がおずおずと尋ねると、ヤツはへらっと笑ったようだった。
「あったかいけど............やっぱさむっ」
 ひゅうっと吹いた冷たい風に、薄手の長袖シャツを着ただけの和臣は悲鳴を上げた。
「じゃ、取ってこい」
「え、一緒に行こうよ」
 のしかかったままの俺の手を握ってくる。
 が、俺はその手を振り払って離れると、げしっと尻を蹴りつけてやった。
「早く、行けって」
「えー」
 これで動くの、結構面倒なんだよ。......着たくて着たけど。
「すぐ戻ってくるから、待っててね!」
 そっけない俺の態度に、和臣は後ろ髪を引かれながらも急いで室内に入っていった。
「......良かった」
 見送る俺を見ていたのか、篠崎が呟く。
 ん?
 重い頭をぐるんとまわして篠崎を見上げる。
 着てみてわかったが、これは思ったよりも視野が狭い。
 少し手でウサギの頭を持ち上げて篠崎を見ると、目が合った。
「サークル棟の方に行ったのは見たんですが、途中で小野先輩に一言言いたくなって引き返したんです。智昭さんがその、......見てショックを受けた様子を言ったら、俺の格好見てた小野先輩が『脱げ』って言って」
 さっきはその着ぐるみを剥ぎ取られました、と苦笑を浮かべる。
「なんで剥ぎ取っていったかわかんなかったけど、仲直りの道具に使ったんですね」
 俺が着ているのを見て、篠崎はそう納得したようである。
 着ぐるみを着た状態で俺に会いにきて、篠崎だと勘違いさせたとは思ってないに違いない。
 おかげで俺は、無駄に名前を連呼して......そ、それからいっぱい、な、何回も......好きって......。
 そしてそのあとのことを思い出して身悶える。
 は、恥ずかしい俺。
「智昭さん?」
 着ぐるみを着たままじたばた俺が暴れていると、篠崎が不思議そうな表情を浮かべた。
 ええい、てめえのせいだ。
 八つ当たり気味に、俺はバシバシと篠崎を叩いた。
「ちょ、な、痛いですって!」
 逃げようとする篠崎を追いかけてバシバシ叩く。というか殴る。
「何してるの?」
 と、そこで中性的な柔らかな声を掛けられた。
 視線を向ければ、薫さんが駆け寄ってくる。
「あ、薫」
 あまり表情が変わらないが、篠崎の声は弾んでいた。
 篠崎は俺の拳をさっさと避けると、小走りに近づいてきた薫さんに向かって腕を広げる。
「......。ウサギは、智昭かしら」
 篠崎にはちらっとした冷ややかな眼差しを向けると、抱擁しようとする篠崎を避けて、薫さんは俺の前に立った。
「うん」
 被り物のせいでこもった声で、俺は頷いた。
「すっごいだるだるしてるわよ」
「ん」
 いいんだ別に。着たかっただけだし。俺満足だし。
 俺のウエスト辺りを摘んだ薫さんは笑って、手にした袋を差し出した。
「これ、智昭のじゃないかしら?さっき、教室に忘れたでしょう」
 あ。
 兄に頼まれたわた飴と、他にもいろいろ詰め込んだ袋。
「ありがとう」
 受け取っていると、和臣がジャケットを羽織って戻って来た。
 中を覗いてみると、いつのまにかなくなっていたキャップも一緒に詰め込まれている。
「お、薫。終わったのか」
 薫さんを見て、和臣がひらっと手を振る。
「ええ。楽しかったけど疲れちゃった」
 言いながら、薫さんは軽く首に手を当てた。
 そんな薫さんに、篠崎が腕を絡ませる。
 薫さんも人前でいちゃつくのは抵抗があるらしく、少しばかり腕を引き気味だ。
「後でマッサージするよ、俺」
「......隆介のマッサージは、あんまり......」
「え、どうしてですか?」
「えっろい触り方してんじゃねえのか隆介。............どうしたの、ともあきさん」
 ビニール袋を覗いたまま固まっていた俺に、会話から抜けてきた和臣が尋ねた。
 わ、わたあめが......。
「しぼんでる......」
「へ?」
 キャラクターの袋に詰められたわた飴は、最初に買ったときよりも小さく、半分ほどの大きさになっていた。
「わたあめ......」
 こんなの渡したら、怒られる。

 仁王立ちになって俺にねちねち嫌味を告げる兄が、容易に想像できた。
 俺も大概食い物に関しては執念深いけど、地味に兄も執念深い。
 どうしようと、俺はウサギの被り物を被ったままため息をついた。
「え、わた飴入ってたの?ごめんなさい。私、気にしないでキャップ入れちゃった」
 薫さんが慌てて謝ってくるから、俺はふるふる頭を振った。
 思わず手放した時点で、結構潰れてたに違いない。
 面倒だからと、リンゴ飴やらなんやら詰め込んだ袋に入れた俺が悪い。
「も一回、買う」
「もう一回?......もうすぐ終わりだから、皆片付けに入ってるわよ」
 え゛。
 それは困る!
「わたあめ、欲しい」
「え、と......」
 思わず泣きそうになって、俺は薫さんに訴えた。
 ふわっふわのやつ。絶対あれがないとヘソ曲げる。
 俺の晩御飯の好物が全部食われる。
「わた飴、俺の知り合いがやってるところだから掛け合ってくる」
 俺が困っていると、和臣がなんとも嬉しいことを言い出してくれた。
「お願いします」
 ウサギの頭がずれてしまわないように、手で押さえながら俺はぺこっと頭を下げる。
「いいよ大丈夫。持って帰らないと、ともあきさんが怒られるもんね」
 人当たりのいい笑顔を浮かべ、和臣は駆け出した。
 俺もそのあとを追いかける。
 薫さんと篠崎は俺たちを少し微笑ましそうに見ていたようだった。


 違和感には、気付かなかった。


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