小話詰め合わせ(拍手SSや小ネタなど)-1
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12ヶ月の7月の後、兄視点。
本文をそこまで読まれてからの閲覧をオススメいたします。
「っかー!この一杯のために生きてる!」
自宅に帰ってきて飲むビールはやはり美味い。
最近は値段の安い発泡酒なんかも出ているが、一日の疲れを癒すのにはやはりビールが一番だ。
テレビでスポーツニュースを見ながら一人晩酌していると、弟が帰ってきた。
Tシャツにジーパンという、ラフな格好だ。
最近少しだけ外に出るようになったニートは、帰ってくると俺にアイスを渡す。この時もそうだ。金はあらかじめ、外に出る用事がある日の朝に、俺にせびりに来る。
「......」
レジ袋に入った冷たいアイスを差し出し、もう片方の手でおつりを差し出した。
ちょろまかすとかそういったことは一切ない。俺に散々使われても文句も言わない。
「おーサンキュ」
俺は一度受け取り、中身を覗く。
小銭は財布に戻した。
弟は、ふらふらと無言で居間から出て行く。
すぐに歯ブラシを銜えて戻ってきた。
シャカシャカと磨きながらぼんやりとテレビを見ている。
「冷凍庫に入れとけ」
今日はビールで腹がいっぱいだ。
中を見るだけ見て、袋をそのまま弟に突き出すと、歯ブラシを口に入れたまま俺を見た。
何も言わないが、俺にはこいつが何を言いたいか手に取るようにわかる。
どうせ自分で入れろとか、俺を使うなボケとか考えてるんだろう。
こいつの目は雄弁だ。
「入れろ」
二度目の命令に、ふっと視線を逸らした。
俺の手からアイスの入ったビニールの袋を受け取り、背を向く。
ん?
背を向く際に、弟の首筋にあった赤い跡が目に入る。
「おい。......こっち来いニート」
呼びかければ、冷凍庫にアイスをしまっていた弟は、むっとした表情で俺に寄ってきた。
いつもと同じ呼び方だ。それでこんな顔をするということは、今日は不機嫌なのかもしれない。
だが、そんなことは、今の俺には関係なかった。
思わずこいつの首を凝視してしまう。
そこにあったのは、明らかにキスマークだ。
俺が帰ってきたとき、ちょうどこいつは外出するところだったが、行くときにはもちろん付いていなかった。
こいつ......なんかしてきたのか?
「虫に刺されてるぞ、そこ」
俺は嫌味のつもりでそう指摘する。身に覚えがあれば、それこそなんらかの反応があるはずだ。
「関係ないだろ」そんなことを言うかも知れない。
人付き合いのできない初心なこいつのことだから、もしかしたら俺にバレたことに真っ赤になるかもしれない。
だが弟の反応は、俺が考えていたものではなかった。
最初、俺の言っていることがわからないというように瞬きをした。次いで、自分の首を見ようと視線を動かす。
直には自分の首を見れないと気付くと、しまい忘れた母の手鏡を見つけ、自分の首を見た。
指先で、ゆっくりとそのキスマークを撫でる。
それからおもむろに手鏡を置くと、居間を出て行った。
「......なんだあいつ」
俺があきれ返っていると、歯磨きを終えた弟が戻ってきた。
そのまま俺の前を横切って、薬箱の入っている棚に向かう。弟が手にしたのは......虫刺されの薬。
おい......?
よもや、いやまさか、と俺がじっと見守る中で、弟は再度鏡を手に取って首を見ながら、塗り薬を塗っていった。
塗り終わって薬を箱に戻す。
そこでようやく俺の視線に気付いたのか、弟が俺に目を向けた。
ゆっくりと唇が開く。
「おやすみなさい」
......って違うだろコラ!いや、違わない。朝昼晩の挨拶はきちんとしろと教え込んだのは俺だ。寝るときの挨拶は『おやすみなさい』で合ってる。
「けど......その反応は違うだろうが......」
俺はこめかみを押さえてため息をついた。弟はさっさと居間から出て行っている。
頭が痛い。グラスに残っていたビールを煽ると、いつの間にか温くなっていて美味しくなかった。