9月リクエスト-3

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-紅灯緑酒-



 この時期の大学になると、はっきりと命運が別れている。
 就職活動を終えて、内定が決まった人はあとは遊ぶだけと大学にも姿を見せなくなり、まだの人は大学の就職課に通い、せっせと動き回っている。
 内定を決めている友人が遊ぶのを横目に、卒業できなければいい、なんて思うこともある。
 でも、その男はどこか、他の人とは一線を置いていた。
 我関せず、と淡々と授業を受けては、帰っていく。
 教室で騒いだり、帰りにどこか立ち寄るなんてこともしない。
 風景に溶け込むぐらい地味で、同じゼミでなければ、俺だって気付かなかった。
「藤沢」
 授業終わりに、さっさとバッグを持って教室を出ようとする男を呼び止める。
 藤沢は、最初、自分が呼ばれたとは思わなかったようだ。
 足は止めたが、きょろきょろと周囲を見、首を傾げてそのまま教室を出......。
「藤沢って!」
 離れたところから声をかけていた俺は、慌てて駆け寄った。
「......」
 びくっと反応して、足を止める。
 黒い瞳で、藤沢智昭が俺を見た。
「東野?」
 ゆっくりと瞬きし、俺が誰だか思い出したのか、ゆっくりと名を呼ばれる。
 それほど高くない身長に、履き古したジーンズ。地味な色合いのトレーナーを着てる。
 髪は、セットして跳ねているというよりも寝癖?というような感じの跳ねをした黒髪。
「ゼミの飲み会、今度の金曜にあるんだけど。藤沢出る?俺幹事なんだ、今出席取ってんの」
「飲み会?」
 藤沢は軽く考え込む仕草をするが、俺は知っている。
 大抵は断るのだ。
 ゼミの授業には真面目に参加するが、藤沢はこういった騒がしいところも好まないらしく、大学入学後、散々あった飲み会の誘いも断り続けていたようだった。
 誘っても断るのがわかれば、誘わなくなる。
 何を考えているかわからないところもあるから、必然的にみんな視界にも入れないようになっていた。
 入れても、気付かれなかったりするからな。こいつの場合。
 だから、今回も声をかけようかどうしようか迷ったが、一応建前的に出席を確認した。
 が。
「行く」
「欠席ね。......へ?来るの?」
 今回も断ることと思い込んでいた俺は、そう答えられて驚いた。
「教授もくるんだろ、行く」
 無表情にじっと見つめられて、俺はなにやら決まり悪く視線を逸らす。
 そんなにまじまじ見てんじゃねえよ。
「あ......じゃあ、詳細決まったら連絡する、から......」
「ん」
 こくっと頷くと、藤沢はそのまま教室を出て行った。
「何々、どうしたの~?」
 同じゼミの美田が声をかけて来る。多少化粧が濃いような気がしないではないが、胸がでかくていい女だ。
「藤沢が飲み会来るって」
「えええ?藤沢って、あの藤沢?めっずらしい~!」
 振り返って告げれば、人工的に長くなった睫がふさふさと動いた。
「だよなあ。そんで、美田はどうする?」
「もちろん参加で!あたし、もう内定決まってるしぃ。飲み放題だよね?」
 美田がするっと腕を絡ませてくる。胸が腕に当たって、悪い気はしない。
「一応。教授も好きだからさ」
 ゼミの教授はいい歳したジジイだが酒豪で、生徒と飲むのを楽しみにしていた。
 俺もアルコールは強い方だが、終電後まで付き合ってはよく潰された。ベンチで寝てたりすることも、道路にあったコーンに抱きついていたこともあった。
 きっと今度の飲み会もそんな風になるんだろうなと考えて、若干生ぬるい気持ちになった。
「おっけ。楽しみにしとく~」
 あっさり離れた美田は、別の男友達を見つけると、その男の元に歩いていった。
「えっと、他に出席取らないといけないやつは......」
 気を取り直して、俺は汚い字で書いたゼミの参加者を見る。
 美田に丸を付け、それから藤沢にも丸を付けた。



 大学生のゼミの飲み会なんて、集まる場所は安い居酒屋と決まっている。
 俺は時間丁度にチェーン店の居酒屋に入って、席に案内された。
 今日の飲み会の参加者は教授を入れて5名。ゼミの参加者の約半数だ。
 個室を一部屋予約していた俺は、ぽつんと座っていた男を見て驚いた。
「あれ、藤沢早いじゃん」
「ん」
 俺を見上げた藤沢は、どこかほっとした顔だ。
 離れて座るのも変なので、俺はとりあえず藤沢の隣に腰を下ろす。
 他のメンバーが来たら席替えすればいい。そんな軽い気持ちだ。
「間違ったのかと思った」
「は?」
 ぽつんと言われて、俺は藤沢を見る。
 藤沢は、間近にいた俺にわずかに目を見開いて、ちょっと身体を引いた。
 ずりずりと動いて、なぜか間に1人人が入るほど離れられる。
 俺の隣は嫌だってことか?
「誰も来ないから」
 ちょっとばかり気分を害したところで、藤沢が小さな声で告げる。
「ああ、なにお前、ちょっと前に来たの?みんな時間にルーズだから、後から集まってくるって。......そっか、あんまり来たことねえもんな、藤沢」
 藤沢がこくんと頷いて、終了。
 ......会話がない。
 共通点もなければ、興味もない。
 だもんだから、俺は他のメンバーが来るまで、携帯を弄り始めた。
 藤沢はただ黙って座っていた。
 5分後、美田が来て、それから更に5分ぐらいたって坂下が来る。
 坂下は大柄な男で、結構さばさばしたいいヤツだが、声が大きくて体育会系なところがある。そしてこいつも酒豪だ。
 美田も酒は強い。今日の出席者は酒豪ばかりだ。
 つくづく飲み放題にして良かったよ思う。
 代わりに料理はあまり食べないので、そっちはコースではなく、注文制にしておいた。
 最後に来たのは白髪頭のジジイだ。
 ジジイ、もとい森村教授は全員を見回し、藤沢を見ておや、というように眉を上げた。
「なんだ智昭、お前もきよったんか」
 声を掛けられて、少し不機嫌そうな表情で藤沢がまた頷いた。
 おい。いくらなんでも教授に対してその態度、よくねえんじゃねえの?
「わざわざなあ......まあ、ええ」
 だが、森村教授は気にした様子もなく、上座には座らずにそのまま藤沢と俺の間に座った。
「教授、ビールで良かったですよね?」
「おう」
 美田がさっさと注文をしていく。
 すぐにがんがんに冷えたジョッキの生ビールが運ばれてきた。
「じゃ、かんぱーい」
 とりあえず今回は俺が幹事だからということで、音頭を取って声を上げる。
 かつんとジョッキがぶつかった。
 美田と俺は半分まで飲み干し、坂下にいたっては全部一気に飲んでいた。
 藤沢はそんな坂下を見て口を開けている。
「えっとぉ、シーザーサラダと、串の盛り合わせと、それから目光のから揚げとぉ......」
「あ、生ビール追加」
「刺身の盛り合わせを一つ」
 美田が頼んでいる傍から、みんな競うように注文していく。
「俺モツ煮込み」
 俺も一緒になって注文する。
 藤沢は1人でお通しの豆腐を突いていた。
 飲み会は、実質的に、4人で開催されているようなもんだった。
 身振り手振りを入れて大げさに話す坂下。甲高い声で笑う美田。
 森村教授は時折口を挟み、俺もたまに話題を提供する。
 藤沢は、やっぱり無言で淡々とつまみで頼んだ料理を口に運んでいた。
 最初に頼んだビールは、藤沢の分だけ残っていた。
 藤沢はなにやら給仕に勤しんでいる。
 空になった皿は下げ、話に夢中になっている坂下や、美田や俺のグラスに酒を注いでいた。
 俺がそれに気付いたのは、会話をしたまま焼酎を飲もうとグラスに手を伸ばしたら、置いた場所にグラスが無かったからだ。
 あれ?と思って視線を向ければ、酒を入れ終えたらしい藤沢と目が合う。
「......」
 藤沢は俺を見返しながら酒を置き、手酌で日本酒を注ごうとしていた教授の猪口を奪っていた。
「智昭」
「飲みすぎ」
 そう言って藤沢は、猪口を自分のビールの入ったままのジョッキに入れている。
 飲みすぎって言うほど、まだ教授も俺たちも飲んでないぞ。
「何してんだよお前」
 呆れた俺は、追加の猪口を貰おうと店員を呼んだ。
「すいません。猪口、追加で......」
「いや。烏龍茶でええぞ」
 ジジイ......いや、教授は俺の言葉を遮って、新たな飲み物を追加で注文している。
「ええ?まだそんなに飲んでないじゃないですか」
「智昭が飲むなって言うからにゃ、我慢せんとな」
 かかか、と闊達に笑い、教授はちびちびと烏龍茶を飲みだした。
 藤沢はそれを見て目を細めている。
 なんなんだ?いつもなら俺や他のヤツらが酒を勝手に飲めば、がつんと殴ってくるくせに。
 なんとなく面白くなくて、俺は盛り上がっている坂下らの会話に加わった。


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