主従の契約-3

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「ラフィタ、相変わらず君の歌声は素晴らしい!」
「神に愛された歌声は、いつ聞いても聞きほれてしまうわ!」
「ありがとうございます」
 鳥族が住む、天空の城。
 そこで呼ばれた鳥族だけの舞踏会で歌声を披露したラフィタは、周囲の人々の絶賛の声に恐縮しながらはにかんだ。
 鳥族は、魔族の中でも芸術を大事にする種族だ。
 外見を磨くことはさることながら、秀でた能力を持つものに対しては惜しみない賛辞を与える。
 見てくれはあまりよろしくないラフィタも、『神歌』と呼ばれるその唯一無二の歌声があるため、一族から愛される存在だった。
「次は、私の娘の結婚式で歌ってもらえないかしら?祝福の花を散らして欲しいわ!」
「それならば、もうすぐ生まれるわしの孫にも」
「おじいさまの生誕記念に!」
「僕であれば、喜んで」
 基本、喜ばれるのが大好きなラフィタはにこにこと応じる。
 周囲を人に囲まれて、次々に舞い込む依頼に目を回していると、ひとつの黒い影がラフィタに近づいた。
「ラフィタ様。喉をお安めになってください。......どうぞ」
 黒髪に黒い瞳。薄く笑みを浮かべた青年は、鳥族の美的感覚に適うほど、美麗な容姿を持っていた。
 肌は白く、整った顔立ち。瞳を縁取る睫も長く、その薄い唇はやさしげな笑みを浮かべる。
 舞踏会の中で、羽根のない青年は目立つ存在だった。
 だが、その青年がラフィタに寄り添うことは、誰も不思議に思わない。
「ありがとう、フェリックス」
 青年が差し出したグラスを、ラフィタは口を開いて受け入れる。
 グラスを適度に傾けて、青年はラフィタに爽やかで刺激の少ない果汁の飲み物を飲ませた。
 ラフィタがフェリックスと出会ってから10年以上過ぎた。
 その過ぎ去った月日の中で、人間の子供は見目麗しく、礼儀正しい青年に育っていた。
「......」
 甲斐甲斐しくラフィタの世話を焼くフェリックスを、複雑な心境で眺める男が一人。
 ラフィタの兄のエミリオだ。
「なあに。弟を取られたからってその顔」
「別に、そんなんじゃない」
 くすくすと笑って、ハーピーの身体を持つ彼の姉妹が囀る。
「エミリオはラフィタが大好きだから」
「愛の歌を歌っても、ラフィタに感謝の歌で返されるばかり」
「見向きもされないかわいそうなエミリオ」
「ソニア!エビータ!カルロッタ!」
 エミリオが怒鳴ると、彼の姉妹はきゃあきゃあ騒ぎながら離れていった。
「まったく......」
 ため息をついて、また末弟を見やる。
 ラフィタは、甲斐甲斐しく世話をしてくれる青年を優しい眼差しで見つめていた。



「今日は楽しかった!きらびやかな集まりは久々だし、父さまや母さまや、兄さま姉さまにも会えたし!」
 にこにこと微笑んでラフィタはフェリックスに話しかける。
 舞踏会が終了し、帰りの馬車の中。
 空に浮かぶ城はいくつも存在し、その自分の屋敷のある小さな空の島へ馬車で向かう。
 羽根がないフェリックスと、柔らかく、空を飛ぶには適していない羽根を持つラフィタは、いつも天馬の引く馬車で移動していた。
「フェリックスは、どうだった?人間はそれほどいなかったけど、料理も美味しかったし、音楽も良かったと思うけど。誘われてダンスも踊っていたよね」
 世話役として同行していたフェリックスだが、その美貌から幾人かに誘われているのをラフィタは目撃していた。
 満面の笑みで、向かい側に座るフェリックスに尋ねる。
 だが。
「興味ありませんので」
 城内で見せていた微笑が嘘のように、無表情のフェリックス。
 ラフィタと視線を合わせることもなく、窓から外を眺めている。
「あ、そう......」
 明らかに会話をするきのないフェリックスに、ラフィタはわずかに俯く。
 が、次の瞬間にはまた笑顔を浮かべてフェリックスを見た。
「じゃあ、今度はフェリックスの興味があることをしよ?いっつも僕、お世話になってるから、何か、楽しいことを」
「興味ありませんので」
 フェリックスの答えは、トーンもまったく先ほどと一緒だった。
「......そ、そうなんだ......」
 取り付く島のないフェリックスに、ラフィタも尻つぼみになる。
 美しく成長した青年は、人目があるところでこそ、主を立てて敬い、優しげに振舞うが、二人きりになれば態度は一変した。
 両腕のないラフィタの日常の世話もほとんどをフェリックスがしているが、それも明らかに義務、という態度を取る。
 一度そのことでラフィタが問いかければ、「それは私が貴方の従者に相応しくないということですね。では契約の解除を」と至極自然なことのように淡々と切り出され、ラフィタは口を閉じることしか出来なかった。
 出会ってからずっと見たいと思っている、安らいだ笑顔、というのもいまだかつて見たことがない。
 余所行きの笑顔や、明らかな愛想笑いのみだ。
 僕には微笑んでくれないのかなと、ラフィタはフェリックスの横顔を眺める。
 二人きりになると、途端に言葉数も少なくなり、視線も合わせない。
 見るのは無表情の彼の横顔ばかりだ。
 その横顔を見つめながら、ラフィタは小さく歌い出す。
 柔らかな、子守唄のような優しい歌声。
 『神歌』の歌声は貴重だ。人々を癒して柔らかく包み込む。殆どのものがその歌声に聞き惚れる。
 しかし、それも漆黒の麗人には届かない。
「耳障りです」
 そう一言で一刀両断されて、ラフィタは口を噤んだ。
 彼の前では、自分が何の価値もない生き物だと思えて仕方がなかった。



 馬車がついて、フェリックスがドアを開ける。
 階段を先に下りた青年が、ラフィタの足元に視線を向ける。
 油断すれば、身体のバランスが悪いラフィタが転ぶからだ。
「あ、」
 ふらついたラフィタの身体を、フェリックスが抱きとめる。
 初めから転ぶことを予測していたのかと思われるぐらい、フェリックスの腕は危なげなくラフィタを保護していた。
「えへへ......ありがとう」
 抱きしめられて嬉しくなったラフィタは、フェリックスを見上げて微笑む。
 だが、その笑顔もフェリックスは見ることはない。
「お気をつけて」
 馬車の階段を降り、ラフィタを地面に立たせると一歩下がり、常にどうとでも対処が出来る位置に立つ。
「......」
 出来れば、隣で一緒に歩いて欲しい。そう言いたいのをラフィタは我慢して歩き出す。
 フェリックスは世話役としては適任だった。
 しかし、それはどこか情が欠けるものだった。


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