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浴室から聞こえてくるのはシャワーの水音。
時折音の高低が変わるから、楠木がちゃんとシャワーを浴びてることがわかる。
ってことは、いきなりドアを開けて出てくることはないってことだ。
それでも浴室の様子に全身全霊を傾けながら、俺は寝室にに飛び込んで鍵のかかる引き出しから、買ったばかりの『あれ』を取り出して、バスタオルで包むとなにごともなかったかのように浴室に続く廊下のある部屋に戻った。
ドッドッド、と心臓がやけに早い。
落ち着かなさ過ぎて、俺はあわてて側に転がっていた雑誌を拾った。
『あれ』を包んだバスタオルは、太ももと腹の間に挟んでしっかりガードする。
程なくして、水音が止んだ。
「空いたぞ。お前も入ったらどうだ」
「お、おう」
浴室から出てきた男が俺を呼ぶ。
開いだだけでろくに読んでもいなかった雑誌を投げ出した俺は、ぎゅっとバスタオルを抱いてまっすぐ浴室に向かう。
首からタオルを下げた楠木は、トランクスを身につけただけの半裸だ。髪から滴る雫をタオルでがしがしと拭いている。
楠木と目を合わせないために視線を下げていた俺は、割れた腹筋と衣服に隠されていても膨らみで存在を主張するモノを意識しながら、楠木の隣を通り過ぎかけたところだった。
「おい」
「っな、に?」
呼び止められて、俺の心臓はさっきよりも大きく鳴り響く。
鐘のように打ち鳴らされるそれを、楠木は気付いたんだろうか。
いや、それとも俺が持った『あれ』の存在に気付いたのかもしれない。
なんせこいつは、俺のことを凄くよくわかる超能力を持った男だ。侮れない。
だが俺の予感は外れた。
「着替えは? 忘れてても俺は浴室に持って行かないからな」
「あ」
その指摘に、俺は胸元に抱えたタオルを見た。『あれ』のことにばかりに気を取られて、すっかり忘れていた。慌てて寝室に引き返して下着とジャージの上下を掴んで走る。
「紀伊、足音」
「わかってる」
一度アパートを追い出された楠木は物音には敏感だ。
俺は極力足音を立てないように、でも急ぎ足で浴室に飛び込む。
ドアに寄りかかったまましばらく息を止めていた俺は、大きく息を吐いて俺は脱力した。
「......絶対、変だと思われた......」
『あれ』のことに気付いてなくても、俺の態度はおかしい。
まずったと自分の行動を後悔しながら、俺はほかほかと湯気が上がる湯が溜まった浴槽を見つめてため息をついた。
でも、もう起きてしまったことは仕方がない。
すぐさま気を取り直すと服を脱いで、脱衣所に設置した洗濯機にそのまま投げ込む。
着替えとバスタオルは近くに置かれたかごの中に入れて、『あれ』だけ持って俺は浴室のドアの鍵をしっかりと閉じた。
カランを回してシャワーを出すとすぐに浴室の中が湯気で白くなっていく。
ドアをちらちら意識しながら、シャンプーとリンスと、ボディソープの並びに置かれた瓶を取った。
オリーブオイルの入った瓶は、浴室に置かれるには似つかわしくない。
最初持ち込んだ時には楠木は不思議そうな顔をしたが、お湯に垂らすと香りが癒し効果があるとかなんとか適当なことを言った後は、特に疑問にも思わなかったようだ。
俺が買ったものは勝手に使うなといったおかげか、オリーブオイルは勝手に使われることはない。
お湯にオイルを垂らすから、風呂には先に入れと追いやったのも今日で一週間。
瓶の中身は半分ほどにまで減っている。......俺が使ったからだ。
水音を聞きながら、俺はひとまず『あれ』を手放し、手のひらにオリーブオイルを垂らした。
幸いに身体には害のないものを調べて選んだので、今まで不調になったことはない。
本当はちゃんとした潤滑油があった方がいいんだろうけど、いきなりぺぺとか置いた日にはきっと修羅場だ。主に俺の内心が。
指によく馴染ませたあとは、大きく深呼吸をして身体から緊張感を抜く。足は肩幅より大きく開いて、わずかにケツを突き出す。
片手はひんやりとした浴室の壁に手を置いて、もう片方はそおっと、あそこ......っケツ、の穴、に伸ばす。
固い尻の合間にオリーブオイルを擦りつけて、意識して呼吸を繰り返した。
痛いのは嫌だから、オリーブオイルを足して擦り付けるのを繰り返す。
力が入りそうになる尻たぶを人差し指と薬指で押し広げて、そのくぼみを指で揉み込んだ。
「......っふ」
気を抜くとすぐに息を詰めてしまう。身体も強張るしろくな事がないから、慌てて息を吐く。で、吸う。
連日続けて弄っていたせいか、力の抜き方もわかってきた。
指に力を込めて押し込むと、くぷんと浅く指先が中に入り込む。
異物を追いだそうとする括約筋の動きに逆らわずに指を抜くと、ワンテンポ置いて押し込んだ。
......さっきよりも深く入った。
同じように少し抜いては更に深く指を入れると、第二関節まではすっぽりと収まる。
そこからは指をゆっくりと出し入れして、ソコを解していく。指が二本入るようになれば上出来だ。
俺はぐぽぐぽと指を抜き差ししたままちらりと『あれ』を見た。
白くてT字のプラスチック。大人になれば必然に知るようになる、玩具。
手早くエネマグラにもオイルをかけると、指を引きぬいて押し当てた。
微妙にある凹凸が圧迫感を誘う。
「っ......これ、ホントに良くなんのかよ......」
会陰に球体部分が当たるまで押し込んだ後は、ずるずると床に座り込んで小さくぼやいた。
大人しくしているといいと聞いたので、尻が床に付かないように正座の形で上半身を倒して丸まる。
そのまま横に倒れて身体に当たるシャワーを感じていた。
楠木とルームシェアという同棲に突入してから約三ヶ月。
男二人が寝転がっても問題のないダブルベッドで睡眠を取るようになってから、俺は楠木と裸のお付き合いを何度か致した。
あんな真面目そうで凛々しい顔をしているくせに、性器の大きさに比例した性欲を持った楠木は、互いに一回出した後も萎えることは少ない。
そんな時は大抵俺を背後から抱きしめた形で内股にでかいちんこを押しこんでくるんだが、そこで達することはあっても俺の尻を狙ったことは一度もなかった。
だが、股から尻の窪みを往復する亀頭に、俺の方が変な気分になることも多い。
まあその大きさを思えば、下手なことは言えなかった。
だって、もう凄いんだあれ。三回出してもビンビンで勃ったまんま。
あの大きさのせいで苦労した楠木は、もちろん童貞だということを俺は知っている。
女性恐怖症中で、そ、粗チ......可愛いオチンチン(粗チンはいうなと怒られた)の俺でさえ、初体験は済ませているのに、あんなに良い奴が未だに体験していないのはなんとなく理不尽な気がするのだ。
.........正確に言えば、もし今後何かのはずみで女と寝ちまうような万が一が発生した時に、女に寝取られたくないってのが一番の理由だけど。
俺はもう女は無理だけど、あいつはまだ女を好きになる余地がある。
巨根でも身体の相性によっては問題ない女はいるだろうし、童貞だから身体からなし崩し的に誘われたら絶対流されるに決まってる。男なんてそんなもんだ。
そうなる前に既成事実を作りたい。
だから俺で脱童貞を目指してもらおうと、目下拡張中である。
精神的に楠木に依存しっぱなしの俺は、あいつがいない生活なんて考えられない。
女になんか渡してたまるか。
目下の仮想敵は楠木の元カノの風香ちゃんだが、最近奴と一緒のゼミ生の辻さんや、バイト先の関内さんもそろそろ仮想敵になりそうだ。
もういっそのことあいつの周りにいる女はすべて俺の敵でもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はエネマグラの刺激が快感に変わる瞬間を待ったが、その日は30分経っても異物感だけで何の変化もなかった。
...............はあぁ。