そのに-2

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「喧嘩してないって。村瀬の勘違いじゃないの」
「勘違いじゃねえよ!春樹俺のこと避けてるし!あーもー理由とか聞いてこなかったのかよ!」
「理由、聞けって言われなかったし」
 淡々とした山浦の声と、苛立った博也の声。
 ドアを大きく開ければおそらくばれる。そう思うと、どんな表情で話をしているかを確認することも出来ない。
「村瀬」
「うっわ、役立たずの割にずうずうしいなお前」
「約束は約束だろ。早くちょうだい応募券」
 何かのやり取りの続く会話。
 春樹は声を聞きながら少し驚いていた。
 派手な行動や言動、外見をしている博也と、クラスメイトの中で地味で目立たない山浦が接点があるとは思わなかったのだ。
 博也は大きく舌打ちをすると「ほら!」と何かを山浦に押し付けているようだった。
 そのまま聞こえなくなる会話。
 もう少しドアを開けて聞くべきか悩んでいると、不意に非常口のドアの重さがなくなった。
「あ」
 春樹が少し押し開けていたドアを引いたのは、山浦だった。
 ぱちりと一度瞬きすると、山浦はくるりと顔を階段の上の方に向ける。
「山浦、俺がいることあいつには言わないでもらえないか」
 春樹は内心の動揺を押し隠しながら、そう声を掛ける。
 声は聞こえていただろうに、山浦はそれをあっさりと無視した。
「村瀬」
「んだよ!もう持ってねえからな応募券!」
「違う。つっじー来てるから、自分で聞いたらってそれだけ」
「マジで?!」
 カンカンカンと鉄製の階段を降りてくる足音がする。
「......山浦」
「パシリに使われるの、面倒だし」
 どうして呼んだんだと恨みがましく名を呼ぶと、山浦はそれだけ言って春樹の脇を抜けていった。
 どうしたものかと戸惑っていると、階段の上から博也が視線を投げかけてくる。
「上がって来い春樹」
 強い眼光に、ごくと喉がなる。
 いつものように手に汗を握り、ぎこちなく階段を上がった。
 登りきると、そこは三階の室内に入る前の小さな踊り場。
 柵に肘を付いて遠くを眺める博也に、春樹は掠れた声で「なに」と尋ねた。
「つっじーって」
「え?」
「なんで山浦に『つっじー』なんて呼ばせてるんだよ」
 不機嫌そうに視線を向けられる。
 なんでと言われても、と春樹は軽く瞬いた。
「山浦が勝手に呼んでいるだけだ」
 それをわざわざ訂正する気にならなかっただけだと伝えると、ふんと博也は鼻を鳴らす。
 ゆっくりと振り返ると、博也は目を細めた。
 足を踏み出して近づいてくる博也に、春樹は身を引く。
 背が非常口のドアに当たると、博也はバン!と音を立てて春樹の顔の脇に手を付いた。
「そういや数日前のあのキスはなんなんだよホモ」
「......」
 来た。と春樹は思った。
 にやにやと意地悪そうな笑みを浮かべている博也。
 春樹は博也が顔を寄せてくるのを、そのまま凝視してしまう。
「お前。俺が好きだったのか」
「いや全然」
 即座に否定すると、僅かに博也の眉間に皺が寄った。
「嘘付け。俺が好きなんだろう」
「少しも好きじゃない」
 本心を告げると、眉間の皺が深くなる。それを見て春樹は内心首を傾げた。
 男に好かれても嬉しくないだろう。なのにこの反応はなんだ。
 意図を読み取ろうと、春樹は博也を見つめた。
 博也は春樹の答えを想像していなかったらしく、チッと舌打ちをする。
「じゃあなんでキスしたんだよ」
「お前こそ、舌に噛み付くなんてするなよ」
 驚いたじゃないか、と春樹が淡々と告げると「だってお前の反応面白いし」とぬけぬけと言い放った。
 ......やっぱり村瀬のことは嫌いだ。
 春樹は密かにため息をつく。
「もういいか。昼休み終わるし」
「ちょっと待てよ。話終わってねえし」
 春樹が博也を避けて階段を下りようとすると、腕を掴んで引き止められた。
「何」
「生意気なんだよホモのくせに。俺を無視すんな」
「......村瀬」
「なんだよ」
 じっと見下ろしても、博也は視線を逸らさない。
 視線の強さにやっぱり戸惑ってしまう自分を感じながら、気になっていたことを尋ねた。
「どうして、言いふらさないんだ?」
「あ?」
「ホモだって、俺のこと」
 途端に。
「ッ!......やっぱホモなんだな!きもちわりー!うわ生ホモかよ!」
 きらきらと輝いた瞳を向けながら、博也は春樹を罵り始めた。
「おっかしいと思ってたんだよ。お前女と全然付き合わねえし」
 それは、生活がカツカツで余裕がないからだ。とは言わずに、じっと博也の様子を見る。
「あーやっぱホモかあ!いっやもったいねえの、お前顔はいいのにさあ」
 うんうんと1人納得しながら、博也は上機嫌に喋る。
 よく動く口を眺めながら、春樹は口を開いた。
「で」
「ん?」
「なんで他の人に言わないんだ。そのこと」
 春樹が真面目な顔で尋ねると、博也はきょとんとした表情になった。
「え?だって春樹がホモって言いふらしたら、俺一緒にいれねえじゃん。ばかじゃねえのお前」
「......」
 むしろ、一緒にいないでくれたほうがありがたい。
 ふうと春樹は息を吐いた。
「やっぱ俺が好きなんだ?俺だめだから。女しか好きじゃねえから。残念だな、はるきぃ」
 がしっと肩を組まれて頬を寄せられる。
 嬉しそうに告げる博也に、春樹は不思議な気持ちになった。
 否定すると不機嫌になって、認めると喜ぶ。
 春樹は博也の考えがまったくわからなかった。
「あ、こんなに密着したら春樹くん興奮すっかなあ?きもーい」
「全然。別にお前なんて好みじゃない」
 嬉々として顔を覗き込んでくる博也に、考えるのも面倒になる。と春樹は組まれた腕を払った。
 誤解していても、それを他の人に言わなければそれでいい。
「は?俺にキスしたくせに、何言ってんだよ」
 博也は春樹の態度にむっとした表情になった。
 自分がしたことは棚に上げた言動に、春樹は頭痛を感じる。
 付き合っていられない。
 辟易しながら、春樹は博也に背を向けた。
「おい春樹!」
「お前より」
 階段を数段下りたところで足を止め、上段にいる博也を仰ぐ。
「山浦の方が、まだマシだ」
 それだけ言い切ると、春樹は博也の反応を見ることなく階段を下りた。
 腹立たしい気持ちのまま、口任せに言った言葉。


「......んだとぉ?」


 それがまた面倒なことになることに、春樹は気づいてなかった。


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