そのに-7
急所を押さえられているというのは、きつい。
ろくに抵抗も出来ない春樹は、背筋が凍る思いで博也の行動を見守った。
「......ホモ。きもちい?」
春樹が抵抗することをやめると、またもや足でその部分を揉んでくる。
息を詰めて目を閉じた。
意識を別の場所に逃そうとする春樹に、博也は前髪を掴む。
強く引かれて春樹は目を開いた。きらきらと楽しそうに輝く瞳が見える。
「白豚じゃなくても、誰でもいいんだろ。......勃ってきてる」
「ッ」
直接的な刺激を与えられれば、それは身体が反応することもあるだろう。
そう思ったが、春樹はぎりと奥歯を噛み締めて沈黙を守る。
どうせどんな抵抗も、博也を喜ばせるだけだ。
「なあ。もっといいヤツ紹介してやるって。俺に逆らうんじゃねえよ春樹」
囁く声は甘い。
篭絡しようとする思惑が見て取れた。
ふとここで頷けば、これ以上山浦に迷惑はかけなくなるんじゃないかと、春樹は思った。
強制的ではあるが春樹が山浦を振ることになり、角が立たない。
......それでも。
全てをこいつのいいようにされたくない。......負けたくない。
「指図するな」
上ずりそうになるのを耐えながら、春樹はそう言い切った。
途端に博也の顔に浮かんでいた笑みが消える。
「春樹の癖に。お前は俺に従ってりゃいいんだよ......!」
「っう、あ......っ」
強く刺激が与えられる。痛いぐらいの足での愛撫。
おかげで怪しい気配だったものが萎えていく。が、博也は気づいていない。
「ほら、このままだと服着たままイクんじゃねえの?やっだー春樹くんのへんたーい」
博也のからかいの声。でも、どこか余裕がないことに気づいた。
今まで大人しく従っていた下僕の抵抗に、苛立ちがあるのだろうか。
それならいい。少しでもこいつの邪魔が出来ればいい。
忙しなく繰り返す呼吸のまま、春樹は博也を見上げた。
上気した頬。自分だけをまっすぐに見つめる強い光を点す瞳。
唇は歪み、笑みをかたちどっている。
......くそ。
その笑みを消したくて、春樹は失敗したら今度こそ踏み潰されるかもしれない、という恐怖を飲み込んで身体を起こした。
「ぅわ!」
博也の腰に抱きつくように、春樹は相手に体当たりをする。
片足が上がってバランスを崩した博也は、難なく春樹に押し倒された。
ドタンと大きな音が響く。
近所迷惑と四文字が頭を掠めたが、それどころではなかった。
腕を押さえ、バタつかせる足を押さえる。
その時だ。
故意ではない。たまたま身体を押さえ込むように動かした膝頭が、博也の股間を掠めた。
「あ!」
博也が上げたその声。
びくっと反応して春樹は動きを止める。
驚いたまま春樹は博也を見つめた。声を上げた博也も驚愕に目を見開いている。
春樹に片腕を押さえられていたが、もう片方の手で博也は口元を覆っていた。
「......」
抵抗を忘れている博也。その博也の顔から春樹は視線をずらし、制服に覆われた下半身に目を向ける。
普段から緩く制服を着ている博也だ。見た目からはその状態はわからない。
僅かに躊躇した春樹だったが、呆然としている様子の博也に思い切って手を伸ばした。
「っひゃ」
春樹の手が博也の股間に触れると、また声が上がる。
手の平にはあきらかに容積を増したモノの感覚と程よい硬さがあった。
勃起している。
「村瀬、おま」
「黙れボケ!喋るんじゃねえ殺すぞ!」
春樹に刺激を与えられたことによって、我を取り戻した博也が暴れ始めた。
足で、思い切り腹部を蹴られる。
「ッ!」
衝撃で吹き飛んだ春樹は、咳き込みながらも壁に寄りかかって博也を見た。
「俺、おれ、なん......」
上半身を起こした博也は息も荒く、自分の体の変化についていけていない。
人の性器踏んでおいて、勃つ方が変態じゃないのか。
そう思ったが、あまりに動揺している博也に何だか不憫になってくる。
あの分だと自分が勃っていたことにすら、春樹が触るまで気づいていなかったようだ。
「村瀬」
「んだよこのホモ!!」
呼びかけると威嚇された。
そうホモホモ言わないでほしい。さっき博也が指摘したとおりこのアパートの壁は薄いのだ。
暮らしにくくなったらどうしてくれる。と春樹はややうんざりしながら、口を開いた。
「トイレ、そっちのドアだから」
「......ッ!!」
親切心から告げたものの、射殺されそうなぐらい鋭い眼差しを向けられた。
真っ赤になり睨みつけてくる瞳には、薄っすらと光るものが浮かんでいるのが見て取れる。
まるで泣きそうになっている寸前の、子供の表情だ。
「は、春樹の癖に!春樹の癖に!ばあああああか!!インポんなれ!!」
勢い良く罵ると、博也はすっくと立ち上がった。
そのままダッシュで部屋を出て行った。
「......」
残された春樹は、ぽかんと博也を見送った。
「勃ったままで、気にならないのか」
凄いな、と呟くと春樹はよろりと立ち上がる。
股間がきつい。
一度は萎えたと思ったのに、また緩く勃ち上がっている。
騒ぎの間に萎えても良さそうなものなのに、と思いながら春樹はトイレに向かった。
無心に処理しようと思っても、先ほどの博也の表情がちらついて、落ち着かなかった。