そのさん-2
連れて行かれたのは、人気のない小道。
通り抜けるだろうと思っていた春樹は、博也が歩みを止めたことで、ここが終点だと知る。
「春樹」
じろりと視線を向けられて、春樹は身を竦ませた。
「なんだよあの女。マジうぜえんだけど」
髪をかき上げながらイラついたように呟く博也に、春樹は軽く首を傾げた。
「知り合いじゃないのか」
「......は?」
「村瀬の知り合いみたいだった。知らないのか?」
「言い直せ」
不機嫌そうに告げられて、意味のわからなかった春樹はじっと博也を見つめる。
「博也、だろうが」
イラついたように、足を蹴られた。
「あの子、博也の知り合いか?」
言い直すと、満足したように頷く。
こんなところは単純でいいな、と春樹はひっそりと思った。
「覚えてねえの?カラオケ、一緒に行ったじゃん」
「......」
首を傾げて考え込むが、出てこない。
カラオケには最近行ったが、それは博也の男友達とだけで、女はいなかった。
「ほら。あの......てめえが俺に、キスしてきたときの」
いつまで経っても思い出さない春樹に焦れたように、博也は少しだけ言いにくそうに告げた。
そうだ。あの子はあの時の。
どこで出会ったか思い出したのは良かったが、それよりもあとに体験したことが熱烈過ぎて、そっちの方が鮮明に蘇った。
無言で春樹はちらりと博也の唇を見る。
薄いが、柔らかかった。
「......何見てんだよ」
笑みを含んだ声でからかうように言われ、春樹ははっとした。
にやにやと意地悪な表情を浮かべた博也が、春樹の顔を覗き込んでいる。
目が合った途端、博也は離れて煤けた壁に寄りかかった。
「春樹」
ちょいちょい、と人差し指を上向きにして春樹を呼ぶ。
その指先を見ながら近づくと、指が上がって博也自身の唇を指差した。
「お前から、しろ」
「ここでか?」
人気はない。けれど密室ではない外で、博也にキスをせがまれた春樹は戸惑った。
「早くしろよ。てめえがしたいんだろ?付き合ってやる俺ってやさしぃ」
含み笑いと供に博也が顎を上げる。
薄く開いた唇から、ちらりと舌が見えた。
嫌だと拒否をしてもいいが、拒否すると目に見えて博也の機嫌が悪くなる。
悪くなった博也に八つ当たりされるのは日常茶飯事だ。
まあキスぐらいならいいか。と春樹は唇を寄せる。
考え方が麻痺しているのはわかったが、昨日もフェラチオを拒否したところで痛い目を見たばかりだ。
壁に手を付いて、そっと春樹は博也にキスを仕掛けた。
触れて唇を離すと、じろりと睨まれる。
足りない、か。
視線だけで博也の思考が読めるようになってきた自分に、春樹は嬉しいのか悲しいのか複雑な気分だ。
再度唇を重ね、それからやや遠慮がちに唇を舐めた。
反応はなし。
嫌がるわけでも積極的に動くわけでもない。
そろそろと舌を差し入れて絡ませる。
春樹はじっと博也の様子を見るために目を開いているし、博也も同様に見つめ返していた。
口元からは、濡れた音。
だんだんと春樹が口付けを激しいものにしていくと、博也がふっと目を伏せた。
よし、と心の中でガッツポーズをした春樹は舌を絡めるように動かす。
「ッ」
噛まれた。
痛みに、春樹は僅かに目を開いて身を引く。
口元に手を当てたところで、不機嫌そうな博也に足を思い切り踏みつけられた。
「キスするときは、必ず言えって言った言葉があるだろうが」
「ひろ、や」
「言えよ。そんで、も一回」
髪を掴まれて鋭い眼光を向けられる。
キスを強請る体勢とは思えない。
ため息を付きそうになって喉の奥に押し込むと、春樹は口を開いた。
「......好きだ」
「それだけか」
「愛してる、博也」
身近で囁く声は、ようやくお気に召したらしい。
僅かに博也の頬が緩み、うっすらと上気した。
「はる、」
「好きだ、博也」
淡々と繰り返し、それから博也の後頭部を引き寄せてキスをする。
今度は合格だろうとほっと胸を撫で下ろしていると、腹部に衝撃が走った。
しっかりと決められた拳。痛みにくらくらする。
「俺がお前のこと呼んだときは、キスすんなよ!話せねえじゃんかばーか!」
博也は春樹を押しのけて、荒い足取りで小道から出て行った。
「......」
痛い。
誰か、アイツの攻略方法を教えてくれ。
どうしたらいいんだ俺は。
最近よく殴られる腹部を押さえて、春樹は先ほど飲み込んだため息を吐き出す。
腹の痛みを堪えて、春樹は博也を追いかけた。
ここで無視すると更に後が面倒だということも、春樹は身を持って知っている。
いたぶるためにキスやその他をさせようとするほど、自分は嫌われているのだろうかと春樹はふっと足を止めた。
見た目が良い博也は、性的な相手を不足するほどではないはずだ。
確かに最初は自分からキスをしたが、それにしたってここ最近は酷すぎる。
「......」
帰ろう。
ここで追いかけても、また殴られるだけだ。
次に会った時にも同じような目に合うのはわかりつつ、春樹は踵を返した。