そのよん-1


 人気のない特別教室、の中。
 春樹はちらりと腕時計に視線を走らせて、それから長針の指す時間を見てひっそりと眉根を寄せた。
 ホームルーム開始の時間まで、あと少し。
 間に合うかどうか、微妙な時間だ。
「んっ......なに、考えてんだよ......?」
 違うことに気を巡らしていると、ぐいっと前髪を掴まれた。
 掴んだのは、不遜な絶対君主。
 今は緩く椅子に腰掛け、息を乱して潤んだ瞳を薄っすらと開いている。
 頬は上気し、ぺろりと舐める唇は濡れて艶かしい。
「ん、っあ......っ」
 博也の足の間に座り込んだ春樹は、口を大きく開いて博也のペニスを喉奥まで深く受け入れた。
 きゅっと喉の奥で締め付けると、博也がぶるりと震えて甘い声が上がる。
 口で愛撫する行為は、博也に散々強請られたものだ。
 何度しても慣れるものではないが、少しずつ上手くなる自分が少し物悲しい。
 しかも登校した直後にこうして淫事に耽っているということに、春樹はやるせない思いになる。
「ぁん、っ。あ......そこ、いい......っく、ぅ......」
「......」
 博也は結構声が大きいと春樹は思っている。
 言葉にならないような声を上げるのは常だし、感じている様を隠すことはない。
 そこまでよく素直に感情が表せるものだと、密かに感嘆していた。
「はる、出る......っ」
 掠れた声で訴えられて気持ちよく博也がイけるよう、春樹は動作を早くした。
 じゅぶ、と静かな部屋に濡れた音が響く。
「ぁあ!」
 髪を掴まれぐっと喉奥に突っ込まれた。
 苦しさに、視界が歪む。
 びくびくと震える陰茎。吐き出された精液の逃げ場はなくて、ごくんとそのまま春樹は喉を鳴らして飲み込んだ。
「っはぁ......はぁ」
 肩で大きく呼吸を繰り返す博也の邪魔にならないように、軽く舐めて清める。
 それから余韻を感じている様子の博也を眺めながら、春樹は立ち上がった。
 口元を手の甲で拭う。
 独特な味と香りが喉に絡み付いている感覚があった。
 早くうがいしたいと思いながら、春樹は博也の髪を撫でる。
 優しく、丁寧に。
 すり、と博也が頬を擦り寄せる仕草を見てから、春樹は口を開いた。
「ホームルーム、急げは間に合うぞ」
「......ったりい。サボる」
 椅子に深く座りなおすと、博也は春樹の腕を引いた。
 春樹が引かれるままに身を寄せる。と背中に腕を回された。
 ぎゅっと抱きしめられる。
 ごろごろと頭をくっつけてくるのは、上手に出来たことを褒めているのか。
 春樹は相変わらず冷めた状態で黙って抱きしめられていた。
 遠くの方でかすかにチャイムが鳴る。
 これでもう、ホームルームには間に合わなくなった。
 ふ、とため息を付いていると、もぞもぞと動いた博也が春樹の後ろ側の上着の裾を引っ張り出す。
 そしてそこから手を滑り込ませてべたべたと腰や背中を撫で始めた。
 ベルトが緩められ、そっと侵入してきた手が尻を撫でていく。
「博也」
 首筋に顔を埋めていた春樹は身じろぎせずに呼ぶ。
「するのか」
「俺ばっかりじゃ不公平だろ。やってやるから服脱げよ」
 尻を掴みながら問いかけられるが、春樹は首を横に振った。
「俺はいい。次の時間、博也宿題の発表があるんだろう。戻った方が後々、面倒が少なくて良いんじゃないか」
「脱げ」
 低く告げられて、春樹は博也から離れた。
 博也が見ている前で、ネクタイを解いてシャツを脱ぐ。
 そこに躊躇は一切ない。
 程なくして一糸纏わぬ姿になると、座っている博也の肩に近づいて手を置いた。
「......なんかこー......恥じらいはねえの」
 春樹の頭からつま先まで眺めて、博也が一言呟く。
「次回は善処する」
「......、まあいいけど。お前痩せた?」
 博也の指先が、春樹の浅黒い肌を撫でた。
 綺麗に筋肉が付いた肉体。でも、前よりも少し薄くなった気がすると、博也は春樹を見上げた。
「気のせいだ」
 実際には、体重を量っていないのでわからない。
 しかし、そう正直に答えるのも面倒な春樹はぬけぬけと言い放つ。
 無表情で自分を見下ろしてくる春樹に、博也は少しだけ不機嫌になって唇を尖らせた。
「俺に許可なく痩せてんじゃねえよ。お前ただでさえ食事とか抜きがちだろうが。今はまだ見れるけど、がりがりになったら捨てるぞ」
「わかった。食べる量を増やす」
「......」
 あっさりと答える春樹に訝しげな眼差しを向けつつも、博也はそっと春樹のものを握った。
 初めからソコを握られるとは思っていなかった春樹の瞳が動揺に揺れる。
 ゆっくりと博也は上下に手を動かした。
 博也に対して春樹が奉仕することは増えたが、博也からの愛撫は殆どない。
 めったにない手淫だったが、春樹は黙って見下ろすのみだ。
 愛撫を与えられているはずの箇所も、見事に反応がない。
「おま......勃たせろよ!俺がしてやってんのに!」
 変化の見えぬ部分に苛立った博也が、春樹のものに爪を立てた。
「ッ......わるい」
 顔をしかめる春樹だが、息を吐いて痛みを逃がしながら謝罪を口にした。
「なんで勃たねえんだよ。気持ちいいだろ」
「いい」
 博也の言うことには基本的に肯定しかしなくなった春樹は、短く頷いた。
「だろ?......なんでだよ。俺は下手なお前の手コキやフェラでも勃起すんのに」
 『そういうこと』をするときは、博也は半勃ちになってることが多い。
 最初から始めるより時間が短くて春樹は楽だ。
 身体は正直なのかもしれないな、と春樹は自分のことながらぼんやりと思った。
 まだ結局、身体を重ねたことはない。
 だが本番でも身体は反応しないだろうと確信めいた思いがあった。
 まあ、博也は『面白くて楽しい』のならなんでもいいだろうから、せいぜい楽しませるようにすればいいだろう。
 遠くない未来を考えて、春樹は軽く息を吐く。
 徐々に蓄積していく思いに気が散った。
「もういい。服着ろよ」
 心ここにあらずな様子の春樹に、更に不機嫌になった博也はわざとらしい大きなため息をついた。
 しっしと追い払うように手を振られ、春樹は博也から離れて服を身に付けていく。
 その間にも博也から鋭い眼光が感じられるが、春樹の動きに淀みがない。
 服を身に付け終えると、春樹は博也の傍に寄る。
 博也は腕を組んで何か考え込んでいた。
「健全な高校生がインポなんてショックじゃね?お前病院行って来いよ」
「どうして」
 聞き返した春樹に、博也は驚いた表情になる。
「は?嫌だろ?」
「俺の心配をしてくれてるのか」
「ばっ......ばかじゃねえのか!んなわけねえだろ!!」
 いつものように顔を赤くした博也に怒鳴られた春樹は、小さく頷いた。
「すまない。思い上がった」
「......ま、まあ、少しぐらいは、考えてやってるかもしれねえけど、えっと......」
 博也はぶつぶつと何かを呟いていたようだったが、やがて静かになる。
 黙って眺めていた春樹はぽすんと博也の頭を撫でた。
 はっとして見上げてくる博也に、軽く微笑む。
「博也、愛してる。教室に戻ってもいいか」
「しょ、しょうがねえなあ!良いぜ戻っても!......あ、も少し撫でろ」
 許可を得て離れようとした春樹は、追加に言われた言葉に引いた手を元に戻した。
 髪を梳いて、優しく撫でていく。
 うっとりとした表情になった博也に、自然と唇を寄せて春樹は動きを止めた。
 癖で唇に口付けを落とそうとしていたが、咥えた後だ。
 気持ちいいものではないだろうと、頬に唇を押し付ける。
「愛している博也」
「口には?」
「うがいしてからのほうがいいだろう。だからまた後で」
「そっか」
 春樹の言葉に軽く頷いた博也は、今度こそ離れていく春樹をじっと見つめる。
 軽く胸に手を当てて切なそうに息を吐く動作は、まるで恋する乙女のよう。
「あ、春樹!」
 名残惜しい気持ちを味わっていた博也は、ドアに手を掛けた春樹に、思い出したように駆け寄った。
「なんだ」
「やっぱさ、その......嫌だろ勃たないの。病院行こうぜ。俺も付き合う。うちのとこでもいーし、いやならどっか別のところに......」
「別に。無駄に汚さなくて済むじゃないか。男同士の性行為について少し調べたが、片方が勃てば支障はないだろう」
「......え」
 淡々と話す春樹に言葉に、博也の表情が引きつる。
 そんな博也を気にすることなく、春樹は再度、優しく髪を撫でた。
「授業、博也も遅れるなよ」
 そう言い残して、部屋を出て行く春樹を博也は呆然と見送る。

「え」
 もう一度ぽつんと呟いた博也は、言いようのない不安に駆られてぎゅっと拳を握った。


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