そのよん-2

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 さっさと行ってしまった春樹とは別に、のろのろと教室に戻った博也は、授業中に名指しされてもクラスメイトに声を掛けられても、机に突っ伏したまま動かなかった。
「博也生きてる~?」
 休み時間に博也の前の席に座り、桜庭が様子を伺いながらぽんぽんと博也の頭をなでる。
 次に、髪を軽く引いてみる。普段であれば、セットした髪を弄られると怒るのだ。
 けれど、今はなにをしても反応がない。
 桜庭が困って博也を眺めていると、関谷がにやにや笑いながらやってきた。
「あー、死んでんじゃねえ。......あ、わんこちゃん来たぜ」
 そう関谷が告げると、今まで動かなかった博也はがばっと顔を上げた。
 桜庭はそんな博也を見てぽかんと口を上げる。
「どこ?!どこだよ!」
 博也は必死で周囲を見回し、春樹の姿を探すが姿はない。
 それもその筈。関谷が博也の反応を見るためについた嘘だったのだ。
 博也の顕著な態度に、関谷は口元を手で覆う。
 浮かぶ笑みが止められないでいる関谷を、半目で眺めた桜庭は軽く肩をすくめた。
「......いねえじゃんか!あーもー......」
 ようやく関谷の嘘に気づいた博也は、ぎろりとした眼差しを向ける。
 強い視線に晒された関谷は、笑ったまま軽く両手を上げて降参を示した。
「だって博也、全然反応しねえし。どうしたんだよ」
 関谷はまた突っ伏そうとした博也の髪を撫でて、耳下の顎のラインをくすぐる。
 それを鬱陶しそうに眺めた博也は、ふと何かを思いついた表情をした。
 口にしようか迷う素振りを見せ、しばらく悩んだ後に重そうな口を開く。
「......お前ら、その......インポになったらどうする?」
「え......まさか博也......」
「マジかよ」
 驚愕に目を見開いた友人2人の反応に、博也はぶんぶんと首を横に振った。
「お、俺違う!普通に勃つし!た、たとえばの話だよッ。......どうなんだ?」
 思い切り否定をした博也に、関谷と桜庭は顔を見合わせた。
 桜庭は長めの髪をかき上げて、『if』の話を考える。
「んーどうすっかなあー。頭でも丸めて、仏門にでも入るとかー?あーでもそしたら好きな人に会えなくなっちゃうから、やっぱ治療するかなあ」
 実感が沸かないのか、そんな答えをする桜庭。
「マジな答え期待してんなら......そうだな、病院行く。あとは根性で勃たせる」
「だよな......普通、そうだよな......」
 2人それぞれの答えに、博也は視線を下に落とした。
 春樹には見せない、気落ちした態度である。
 その元気のない様子に、わしゃわしゃと関谷と桜庭が手を伸ばした。
 慰めるように2人で頭を撫でたり肩を叩かれたりするが、博也の反応は鈍い。
 それを見た関谷と桜庭は、ひっそりと視線を合わせた。
 視線で譲り合う。
『お前聞けよ』『え、嫌だ。真吾が言えばいいじゃん』
 ややあってどうにか決着がついたのか、桜庭が口を開いた。

「辻村と、なんかあったあ?」

「え、あ?な、なんでそこで春樹が出てくるんだよッなにもねえよ!あいつなんか関係ねえし!」
 急に受けた桜庭の質問に、動揺を示す博也。
 これでは明らかに何かあったと表すようなものだ。
 わかりやすくていいなと思いながら、2人揃って確信した。
 これは本人たちの問題だろうと口を閉ざす桜庭に対し、嬉々として身を乗り出したのは関谷だ。
「なに、どうして急に『インポになったら』なんて聞いてくんの?誰かインポになったりしたの?」
 にやにやと笑って尋ねる関谷に、博也は眉をしかめて顔を逸らした。
「お前には関係ない」
「なんでだよ?俺たち友達じゃん?悩みがあるなら相談乗るって。な?」
 ぎゅっと抱きしめてくる関谷を、また鬱陶しそうに押しのける。
 本能的に関谷には相談しても仕方がないと思ったのか、博也は桜庭に視線を向けた。
「信行」
「あん?」
「お前さ、セックスする段階で勃たないことってある?」
 昼間の教室で、高校生が口にする台詞ではない。
 だが、桜庭は平然と応じた。
「あるよー。据え膳エッチの時、女が化粧落としたらのっぺらぼうすぎて駄目だったあ」
 ああゆうとき勃たないとキツイよね~とのほほんと答える。
「顔見なけりゃいいんだけどさぁ、やっぱ目に入るしー。真っ暗にしちゃうと俺見えないしー。誰でもいいっていうのだと、すぐ萎えるよねー」
「......」
 沈黙する博也を眺めつつ、桜庭はちらりと関谷を見る。
「真吾もなかったっけ?」
「あー、あったな。元カノに寄り戻そうって言われて服脱がれたけど、無理だった。やっぱ愛情って大事だよな」
「......」
 だんだんと沈む博也を見て告げる。
 なにやら答えていくごとに、空気が重くなっていくのは気のせいかと関谷と桜庭が感じていると、博也がぎゅっと拳を握った。
「つまりは......愛情のない相手には、勃たないって......」
「博也?大丈夫か」
 ぼそぼそと呟いた博也に、関谷が尋ねる。
 顔を覗き込もうとしたとたんに、ガタンと椅子の音が鳴った。
 急に立ち上がった博也に、桜庭が瞬きし、関谷は仰け反る。
「ありえねえ!あいつ俺が好きだって言ったし!」
「ちょ、声でかいって」
「ふざけんなよ!ちょっと行ってくる!」
 止める間もなく、教室を出て行ってしまう。
 ぼうぜんと見送った関谷と桜庭は、互いに顔を見合わせた。
「......博也、辻本にすごく惚れてんだね」
「ほんっとすげえよな。あそこまでと思わなかった。......でもマジ可愛い」
 桜庭は苦笑するが、関谷はきらりとした瞳を、博也が消えた出入り口に向ける。
 楽しそうなその表情は、獲物を狙う肉食動物だ。
 狙われているもう1人の肉食動物は、草食動物ばかりに目が行って気づいていない。
「真吾は人のものに手を出したい病を、どうにかしたらいいと思うよ。......つかお前今彼女いるだろうが」
「彼女は別腹。あいつら2人はべらせたら、俺が楽しいと思うんだけどどーよ」
 諌めるように桜庭が告げても、関谷は聞く気はないようでにやにやしているばかりだ。
 関谷の目的が、博也だけでなく春樹にもあると知り、桜庭はため息をつく。
「やっぱり両方なんだー?真吾悪趣味~。あんまり混ぜっ返すなよ」
「たまんねえな。どっちからヤるかな」
「......」
 2人の恋愛を邪魔するつもりで楽しんでいる様子の男に、桜庭は一抹の不安を感じていた。



 博也が教室を飛び出す前の時間。


 春樹のクラスでは、校庭で持久走を行っていた。
 暑い日差しの中、本気で走っている人もいるが、だらだらとやる気のないままに走っている者が殆どだ。
 春樹も、ゆっくりと走っていた。
 目の前がチカチカと光り、足に力が入らずふら付く。
 春樹は自分があまりいい状態ではないことに気づきながらも、授業を欠席することはなかった。
 博也に付き合って、体育も時々サボってしまっている。
 できれば何もないときは、授業に出ていたいという気持ちが勝っていた。
「お、おいつい、た......」
「山浦」
 重そうに身体を揺らしながら走る山浦が、春樹と並ぶ。
 隣を見下ろすと、前を見て走る山浦が「つっじー痩せた?」と呟いた。
「体操着、なんか緩そうに見えるよ」
「さあ、体重を量ってないからわからないが、痩せたんじゃないのか」
 他人事のように告げる春樹に、山浦は眉根を寄せる。
「僕の肉分けたくなる感じがする。つっじーのガリマッチョめ」
 山浦の喩えに、少しだけ春樹の口元が緩んだ。
 2人で速度を落としながら走る。
 何人かが追い抜いていった。
「朝抜いて昼半分にすれば、こうなると思う。心配してくれたのか」
「うん。なんか元気ないし。......なんで食べてないの?」
 捻くれ者の博也とは違い、素直に頷く山浦に春樹も嬉しくなる。
 おかげでつい口を滑らせてしまった。
「腹の中で精液と混じると思うと、気持ちが悪い。だから食べてない」
「.....................つっじー」
 驚いた様子で名を呼ばれ、春樹は口を閉じる。
 そんなことを言われても山浦は困るに違いない。
「......悪い。余計なことを言ったな」
 謝ると春樹は速度を上げ始める。
「ちょ、早いって」
 追いつこうと山浦も速度を上げるが、春樹の方が足が速い。
 あっという間に置いていかれてしまった。
 遠ざかった春樹を眺めて、山浦はふうと息を吐く。
 博也との一件が片付くまで近づかないとは言ったが、山浦が様子を見る限りなにかこじれているようである。
 人のことを気にするような性格ではない山浦だが、春樹のことは気になった。
「なんかうちの犬に似てるんだよねえ......」
 近所の悪がきに耳に洗濯バサミを付けられて、それでも鳴いて助けを呼ばなかったダックスフント。
 それが重なってしょうがない。
 どうにかしてあげたい気分だと見つめている山浦の前で、春樹が転んだ。
「......?」
 すぐに身体を起こすが、立ち上がれないでいる。
 横から見えるその顔は心なしか青い。
「つっじー大丈夫?!」
 山浦が駆け寄る前に、春樹は力尽きたようにぱったりと倒れてしまった。


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