そのご-2

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 山浦から何を言われたかはわからないが、博也は春樹と顔を会わせた途端に、ぐっと握った拳で肩を殴ってきた。
「いっ」
 殴られた肩を押さえて、春樹は顔を顰める。
 いつも急所を狙って殴る彼からしてみれば、この程度はじゃれついているのかもしれないが、痛いものは痛い。
「......わりい。つい手が出た」
 微妙な表情の博也は、そう小さく謝った。
 放課後。ホームルーム終了後に、すぐさま博也の元に向かえばこの有様だ。
 春樹が博也のクラスに毎日来ることは、もうクラスメイトも慣れたらしく、誰も見向きもしない。
 生徒が少しずつ散らばって帰路や部活動に着く中、春樹は少し悩んだが平静を装って尋ねた。
「山浦に何を言われたんだ」
「別に」
 春樹をじっと見つめていた博也は、そう言って視線をそらした。
 僅かに頬が赤く染まっているのが見えるが、もしかしたらそれも気のせいかもしれない。
 何かしらのアクションがあるものだと思っていた春樹は、肩透かしを食らった気分になる。
「博也」
 何を問いかけようとしたのか。春樹は博也を呼んで固まった。
「んだよ」
「なんでも、ない」
 短く問われて、春樹は小さく首を横に振る。
 何もなくていいんだ。あったら困る。と春樹は自分に言い聞かせる。
 期待をしていたようで、春樹はじわりと羞恥心が沸き起こるのを感じた。
「今日はどこ行くー?」
「帰る。行くぞ春樹」
 ふわふわとした空気を纏ったまま寄ってきた桜庭に、博也は短く言い切り、春樹の腕を掴んだ。
 強く握られた部分から、なにやら熱が広がりそうで春樹はぐっと奥歯を噛み締める。
 教室のドアに向かった博也を邪魔したのは関谷だった。
「マジで?博也最近まっすぐ帰ってばっかじゃん!」
 薄いカバンをぶんぶん振り回し、博也に対して不満をぶちまける。
 桜庭は少し困ったように眉根を下げた。
「付き合いわりいぞ博也」
 関谷がぎゅっと博也の首に抱きつき、面白くないとでも言うように唇を尖らせた。
 博也は鬱陶しげに関谷を払うが、その程度で関谷はへこたれない。
「真吾、たまには俺と2人で遊ぶのもいいだろ~?」
 へらりと笑った桜庭がそうフォローするが、関谷はじゃれ付くように博也の耳を噛んだ。
「いて!」
「信行だけじゃ楽しくねえの!俺は博也と遊びたい!」
「噛み付くんじゃねえよこの馬鹿!」
 かなり本気で怒鳴った博也に殴られて、ようやく関谷は博也から離れる。
 が、すぐに違う人物に抱きついた。
「!」
 ただじっとやり取りを眺めていた春樹だ。
 身長も同等の相手にぎゅっと抱きすくめられて、春樹は固まる。
 人と触れ合う機会の少ない春樹は、こんな時にどんな反応をすればいいかわからない。
「なあ博也貸して。いいだろ?」
 耳元で囁く男の、フレグランスが甘く香った。
「なにしてんだこの馬鹿!離れろッ」
 博也が激昂して手を出してくるのをわかっていたのか、関谷は春樹の背に回り、まるで人質を取ったように構えた。
 春樹が振りほどこうとすると、その手も素早く掴んで身動きが取れないようにしてしまう。
「真吾......てめえいい度胸じゃねえかああ?」
「待って博也、机はやばいって!辻本にも当たるって!」
 近くにあった机をガタガタと持ち上げようとしている博也を、桜庭が止めに入る。
 周囲に残っている生徒は、4人でふざけあっているのだと思っているのか、笑いながら教室を後にしていった。
 が、博也が本気で机を投げつけようとしているのは、春樹も良くわかった。
「え、と。関谷?博也が、本当に投げて」
「なあ、わんこちゃんインポって本当?」
「......え」
「かっわいそうに。俺がどうにかしてやろうか?」
 耳元での問いかけに、春樹は目を見開いた。
 その声は小さく、届いているのは春樹のみ。
 博也からしてみれば、まるで睦言を囁いているように見える。それに対し、春樹が惚けているようにも。
「春樹ッ!」
 博也の鋭い声に、春樹は素早く反応した。
 難なく押さえつけられていた腕を、渾身の力で外して関谷を突き飛ばす。
 少し安堵した表情を滲ませて寄ってきた春樹の頬を、博也は拳で殴った。
「さっさと来い!この馬鹿」
 苛立ちを隠さないまま、博也は春樹の腕を掴んで教室を出る。
「お前さあ、ホントいい加減にしないと博也に殺されるよ?」
 床に尻餅をついた関谷に、桜庭は冷ややかな眼差しを向けて窘める。
「いーや、俺上手くやるし。あのわんこちゃんの表情見た?マジかわいい」
 ぱんぱんと埃を払って立ち上がった関谷は、2人が出て行った出入り口に視線を向けて楽しそうに笑った。


 ずんずんと無言で歩く博也。その手に腕を捕まれた春樹は、ただ引きずられないように歩くことで精一杯だ。
「ひろ、博也」
 呼びかけても、博也は振り返らない。
 靴の履き替えもギリギリで、どうにか履き替えてはまた引っ張られる。
 向かう先は春樹の家だ。
 心臓に悪い沈黙を持ったままたどり着くと、部屋の中に押し込まれた。
「あ!」
 だん、と床に引き倒されて春樹は博也にのしかかられる。
 春樹の首筋に顔を埋めた博也は、すぐに顔を上げて舌打ちをした。
「クソ。アイツの匂いついてやがる」
 立ち上がった博也は乱雑に春樹の服を脱がし始めた。
「博也、待て」
「っせえ!黙って脱げよッ」
 パンと、乾いた音を立てて頬を叩かれた。
 更に手を振り上げられて、春樹は頭部を庇うように腕で覆う。
「脱ぐから!......叩かないでくれ」
 春樹の上ずった声に、肩で息をしていた博也は押し黙って退ける。
 博也が動いたことで這うように博也から離れた春樹は、震える手で上着を脱いでいく。
 上半身裸になったところで、博也が歩み寄ってきた。
 身近に感じる怒りを纏う存在に、春樹は顔を逸らして恐れを堪えて立ち尽くす。
 首筋に、博也が鼻を寄せた。
 再度、大きな舌打ち。
 まだ匂いが残っているのか、博也が口を大きく開いて春樹の首筋に顔をうずめた。
「い、いた、いい!!」
 強く歯を立てられて春樹が声を上げる。
 痛みに暴れても、博也は春樹の身体をしっかりと押さえたまま歯に力を入れられた。

 食われる。

 本気でそう思った春樹は、潤む目をぎゅっと閉じて痛みを甘受するしかなかった。


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