そのろく-4
校門を抜けると、人気のない住宅街を歩く。
手を強引に引いて歩くのは博也ではない男で、春樹はぼんやり不思議に思った。
博也の手より少し大きな手を眺める。
そしてその手から腕を辿り、前を見れば博也よりがっちりとした背中が見えた。
明るい灰色の髪の毛。
どうして関谷に付いて歩いてるんだ、俺は。
不意に、真っ白になっていた春樹の頭が動き始めた。
歩みが重くなった春樹に気づいた関谷は、ちらりと春樹を見やると、一旦足を止めて手をぐいっと引き寄せる。
引き寄せられた春樹は、身体が触れ合いそうなところで止まった
にやっと笑う関谷を見返し、僅かに警戒したように後ずさる。
思わぬ言葉を畳み掛けられ、動揺して連れられるままに外に出たが、冷静になって考えてみれば、博也はあんなことを言わない筈だ。
言うことは、絶対にない。......たぶん。
不安が少しだけ混じった根拠のない自信を持って、春樹はじろりと関谷を睨んだ。
「さっきの」
「ああ、あれ嘘。ちょっと連れ出したかったの」
春樹が指摘する前に、関谷はあっけらかんと告げた。
思わず目を見張る。嘘で言う内容にしても、酷すぎる。
関谷に対して、今までよりも更に悪い印象を持った春樹は、握られたままの己の手に気づくと乱雑に払った。
「おお、こわっ。そんな顔で睨むなよわんこちゃん」
大げさに笑って肩を竦める関谷には、騙した罪悪感のかけらもないらしい。
これでは責めても無駄だろうと、春樹は息を吐く。
「悪いが関谷、俺は博也を待ってないといけないから、戻る」
そう、春樹が踵を返したところだった。
にゅっと伸びてきた腕が春樹の首に絡みつく。
そのままぐっと背後に引かれ、バランスの取れなくなった春樹は関谷にもたれる様に後に倒れこんだ。
密着されて、嫌悪感から春樹が身体に力を込めて息を詰めると、抵抗する前に関谷がそっと囁く。
「博也、マジ感度いいよな」
囁かれた言葉の意味がわからずに、春樹は身動きを止める。
だが徐々に脳に染み入ってくると、春樹は関谷に肘うちするように腕を後ろに突き出した。
「あぶね」
関谷は春樹のその行動を予測していたのか、難なく離れる。
「何を」
「知りたいだろ?俺と博也の間に何があったか。俺んち近くなんだ、来いよ。......いいもの見せてやる」
すっと関谷の瞳が細められた。
含みのある言い方に、さっさと学校に戻ろうと思っていた春樹に、迷いが生まれる。
それを察知した関谷は、余裕の態度を崩さずままに春樹に背を向けると、振り返りもせずに歩き出した。
「......」
小さくなる関谷の背を眺め、春樹はぎゅっと手を握る。
口で、手で、わがままに振舞う博也の身体を慰めたのは、少し前のことだ。最近はそういった触れ合いはない。
触れている時、博也は甘い声で鳴いていた。前まではただうるさいだけだと思っていたが、もしもその声を関谷も聞いていたのだったら。
ぐっと奥歯を噛み締めて、春樹は小さくなった関谷を追う。
焼け付くような怒りにも似た感情が胸の奥を渦巻いていたが、それをなんと呼ぶべきか、春樹はわからなかった。
春樹が付いていった先にあったのは、比較的新しいマンションだ。
そこの1階に着いたところで関谷は後を振り返り、春樹の姿を認めると声なく笑う。
「可愛いな」
嫉妬を滲ませる春樹の表情を眺めて、小さく呟いた関谷はエレベーターに乗り込むと、ドアを開けたまま視線を向ける。
面白そうな眼差しを向けられた春樹は、関谷から視線を逸らしてエレベーターに乗り込んだ。
春樹は浮遊感を感じながら、関谷が押した『5』という数字を眺める。
真一文字に口を結ぶ春樹から感じる拒絶感に、関谷は面白くて仕方がない。
エレベーターが着くと、ちりちりと毛を逆立てる猫を連想するかのような春樹を連れ、関谷はマンションの一室に入った。
先立って歩く関谷に付いて部屋に入った春樹は、その違和感に眉を潜める。
部屋には、生活感がなかった。テーブルや椅子、ソファーや観葉植物もあったが、どこかモデルルームのような雰囲気を感じる。
「こっち」
落ち着かないまま部屋を見回していると、部屋の奥に進んでいた関谷が、一つのドアの前で春樹を呼んだ。
「この中、みてみろよ」
ドアの脇に寄りかかった関谷は、ニヤニヤと腕を組んで笑うだけで、ドアを開ける様子はない。
その場で足を止めた春樹は、思案する様子を見せた。だが、一度目を閉じて開くと早足で進み、一気にドアを開ける。
中には、変わったものはなかった。ダブルベッドが一つあるだけの、単なる寝室だ。
これがいったいなんなんだと振り返りかけた春樹は、背後から関谷に背中を押されて、そのままベッドに倒れこんだ。
「何をすっ......」
ベッドについた手を、ぐっと背中に捻られる。片腕だけではなく両方の腕を同じようにされて、春樹は息を飲んだ。
手首ではなく、親指同士を何かの紐のようなもので手早く縛られる。
うつ伏せになったままの身体を起こそうとあがくと、関谷が上からのしかかってきた。
「わんこちゃん可愛いな。なんでこんなに怪しいのに、あっさり騙されてくれるかな」
鼻歌でも歌うような上機嫌さで、関谷は春樹の服を脱がし始める。
ベルトを外し、制服のスラックスを引き下ろされて、春樹は青ざめた顔を関谷に向けた。
「っ関谷、お前......!やめろ!」
身体を揺らしてどうにか関谷の下から抜け出そうとするが、太ももと背中を手と足で押さえつけられているため、殆ど身動きが取れない。
それでも関谷を睨みながら、身体を捩る春樹に関谷はにっこりと笑った。
「俺って、人のものだと思うと、なんか欲しくなるんだよな。博也のもんのお前も食べたいし、お前のもんの博也も食べてえ」
『食べる』という単語に春樹はぴくりと反応したが、それ以上に気になったところがあった。
背後から抱きすくめられる感覚に春樹は身体を強張らせつつも、肘で空間を作りながら関谷を見上げる。
「関谷。博也は俺のものじゃない。俺のこと嫌いだと言っていた」
「あー言うね博也。すっげえ好きなものに対して嫌いだって言うの。子供っぽいよなあ」
笑いながら手を動かす関谷に春樹はシャツを脱がされる。
親指同士が拘束されている手元で制服のシャツがわだかまり、スラックスは完全に脱がされた。
今のところ、関谷は全て脱がすつもりはないようで、下着は身に付けている。
その状態でぎゅっと背後から抱きついた。
胸を軽く撫でた男の手は下半身に伸びてくる。
「ほんっとわんこちゃんの事が好きなら、さっさとイれとけば良かったのに」
呆れたように呟いた関谷に、春樹が口を挟んだ。
「関谷。何度も言うが、博也は俺のことが嫌いだと言った」
「だから好きなものを嫌いって言ってるだけだろ......何辻本、もしかして本気でそう思ってんの?」
楽しみながら春樹の身体をの服を脱がしていた関谷は、ふと動きを止めて顔を覗き込んだ。
「ああ」
至極真面目な顔をしている春樹に、関谷の手が止まる。
関谷は笑い出しそうな、でも堪えるような、そんな微妙な表情になっていた。
動きが止まったのをいいことに、春樹はゆっくりと関谷に距離を置こうとする。
「ふううううん?」
意味深に溜めた相槌を打たれ、春樹は眉間に皺を寄せた。