そのはち-5

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 指先で雫を拭われた春樹は、眩しげに目を細めた。
 実際に、博也は春樹にとって眩しい存在だ。
 自分の思うことを口にして、王者のように振舞う。自分の願いが叶わないなどと思いもしない。
 そんな博也が口にしたのは、春樹にとって意外なことだった。
「じゃ、今日はやめとくか」
「......え」
 自分が嫌がったところで、やめるはずがないと思っていた春樹は、博也の言葉に反応できない。
「風呂入ろうぜ。おら、全部脱げよ」
 春樹に服を脱ぐことを強要しつつ、博也もその場で服を脱ぎ捨てていく。
 そのままバスルームに入っていった博也とは違い、春樹はその場でぼんやりと立ち尽くしてしまった。
 身体を見せたくないとは思った。行きたくないとも思った。
 けれど、博也と体温を分かち合わないという選択肢があるとは思わなかった。
 なんとなく自分自身を否定された気分に陥ってしまう。
「春樹!」
 なかなか入ってこない春樹に焦れたように、博也が反響する浴室で声を張り上げる。
 その声でハッとした春樹は、博也の脱いだ服を手早く畳むと室内の椅子の上に乗せ、自分も服を脱いでバスルームに入った。
 浴室内には、浴槽に勢い良く流れ込む水音が響き、その浴槽を覗き込む博也の後姿が見える。
 けして広いとは言えない肩幅。なだらかな背中に、男らしい肉つきの薄い臀部。
 どちらかといえば博也の背中を追いかけることが多い春樹だったが、裸体で見ることはほとんどなかった。
「ッ」
 ずき、と下半身に痛みが走って春樹は息を飲む。
 視線を落とせば、僅かに勃ち上がっている性器が見えた。
 感度を上げようとあれこれ尽力した時には変化のなかった場所が、幼馴染の肌を見ただけで反応するとはどういうことだ。
 春樹はむっと眉根を寄せた。
 理由を考えている間に、ざぶんと湯が揺れる音がする。
 視線を戻せば、春樹の身体に反応を与えていた尻がなくなっていた。
 浴槽には肩まで浸かった博也の姿がある。
 心地よさに緩んだ表情を浮かべる博也も可愛かったが、魅惑していた後姿が見えなくなったことは少し残念だった。
「さすがにお前んちみたいにボロくないな。すぐにお湯も溜まるし」
 ゆったりと湯船に浸かった博也は、嫌味を口にしながら手招きをする。
「来いよ」
「狭いだろう」
「俺が来いって言ってんの!」
 苛立った口調に、春樹が拒否することはない。
 おそるおそる博也の入った浴槽に足を差し入れた。両足を入れたところで、博也が春樹の腰に手を回して引き寄せる。
 バランスを取りにくいのもあって博也の肩に手をつくと、さらにぐいぐいと引き寄せられた。
 その強さに春樹は博也の身体を跨るように腰を下ろしていた。
 荒れた部分が少しだけ湯に染みた。
 向かい合った春樹に、博也は下から見上げながら指示を出す。
「後ろ向いて、俺に寄りかかれよ」
「え」
「早くしろよとろとろすんな」
 戸惑った春樹を有無言わさずに後を向かせて肩を引っ張る。
 その血筋のせいか、身長も体格も並べば春樹の方が良い。
 そんな自分が寄りかかっては博也が重いだろうと考えた春樹は、身体を縮こませて出来るだけ博也に負担をかけないように寄りかかる。
 と、そんな春樹が気に食わないのか博也が唇を尖らせた。
「もっと寄りかかれよ」
「寄りかかってる」
「......チッ」
 あからさまな舌打ちをした博也は、春樹の目元を手で覆った。
 その状態でぐっと自分に向けて引き寄せる。仰け反るようになった春樹は、その体勢を維持することが出来ずに寄りかかった。
 浴槽に手を付き、肩まで湯船に浸かる。
 すぐ側に、博也の体温があった。目は手で覆われたままで、何も視界に入れることはできない。
「重くないか」
 気遣う春樹に、博也はふんと鼻を鳴らす。
「ガタイだけでかくなりやがって。ガキの頃はピーピー泣いてたくせに」
「泣いてない」
「あー、そうだよな。気持ち悪いガキだったよな。表情なくて、いつも黙ってて」
「......」
 いじめられても、春樹は泣くことはなかった。泣き腫らした目を、母には見せてはいけないと子供心に思っていたからだ。
 外国の血が混じった私生児を抱え、1人で生活を支える母に心配を掛けたくなかった。
 博也は、そんな春樹をとことん苛めた。心無い噂話をわざと春樹に聞かせてその心をえぐったのだ。
 他の子供も春樹を無視したり苛めたりしたが、博也が一番酷かった。
 その場では堪えることができても、春樹は1人家に戻ってから泣いた。母にもばれて、謝られながら抱き締められた。
 腕の温かさは嬉しかったが、辛い母の心境を思うと春樹は複雑だった。
「泣かなくて、生意気だったんだよお前」
 昔を思い出すような口調に、春樹はゆっくりと息を吐く。
 身体を震わせて身を起こす素振りを見せる春樹を、博也は強く引き寄せてうなじに舌を這わせた。
 身を捩る春樹を押さえつけて耳朶を甘噛みする。嫌がる素振りを見せる春樹を離そうとしない。
「何しても変わんねえお前が嫌いだった。もっと泣いて嫌がれば良かったのに」
「それで、何が変わった?何も変わらないだろう」
「やってもねえのに、決め付けんなばーか。......泣いて、俺に縋ればよかったのによ」
 後半の呟きには何かが含まれていた。けれど、人の機敏に鈍い春樹は、それがなんだかわからない。
 博也が黙り込むと、途端にバスルームが静かになる。
 ぐいぐい引き寄せられて、春樹は博也にその身を完全に預けていた。
 博也の肩に頭を乗せると目を覆っていた手が外される。
 春樹が僅かに視線を向けると、博也の唇が目に入った。上気した頬も、体温の上昇に合わせてより深く鮮やかになった唇も、春樹の視線を奪う。
 考え込んでいる様子の博也は、春樹の視線に気付いていない。
 ずっと嫌いだったのに、いつの間にこうも目が離せなくなったのだろう。
 わからない自分の心境に頭を悩ましながら、春樹は博也の横顔を眺め続ける。
「博也」
「んだよ」
「さっき......」
 そこで言いよどんだ春樹に、博也は催促しなかった。濡れた手で春樹の髪を梳くようにかき上げて気持ちよさそうに目を細めている。
 自分の顔を見て欲しかった。それに、さっき言われたこともしてもらっていない。
「はる......?」
 春樹は博也の頬に手を添えると、身体をねじって唇を重ねる。
 博也は驚いたように目を開いたが、舌を差し入れてくる春樹にふっと目を細めて絡める。
「ん、ん、ん......」
 二人で入る湯船がたてる水音とは違う、密やかな音。振り返った春樹はより深くキスをしていく。
 珍しく積極的な春樹に、博也の身体は顕著に反応した。せり上がってくる一部分に臀部を刺激される。
 口づけを交わしたまま春樹が湯の中に手を滑らせてソコを握ると、博也は大きく肩を震わせた。
「っ、ふ、......おい」
「博也、しよう」
「な、......んだ?急に」
 積極的な春樹に、博也の方がなにやら若干引き気味だ。
「最初から、予定してたんだ。しよう」
 博也の頬を舐めた春樹は耳元で囁いて、完全に振り向くと両手を下肢に伸ばす。
「っ、ちょお、こら!何やってんだよ!」
「俺なら、大丈夫だから」
 どんな形でもいいから博也により近づきたい。ぎこちなく手を動かすと、博也の口から甘い吐息が漏れた。


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