そのきゅう-5

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 放課後の勉強を終え、春樹は博也と帰路に着く。山浦や桜庭とは途中で別れた。
 帰り道に近所のスーパーで夕食の材料を買う。
 今日の夕食はカレーだ。
 一人暮らしをしていると大量に作る事になってしまうために殆ど作ることはなかったが、今は博也がいるので食材を余らせて痛める心配もない。
 博也は春樹の買い物については来るが、基本的に何も言わずに眺めていることが多かった。
 ただ欲しいものがあると春樹が持ったカゴに無言でアイスやらスナック菓子を放り込んでくる。
「博也」
 今も材料を吟味してカゴに入れていた春樹の目を盗み、ひっそりとお菓子が突っ込んであった。
 ちろりと視線を向けると、何でもなさそうな表情の博也と目が合う。
「金払うから買っとけよ」
「そういうことじゃない。ジャンクフードばっかり食べてると、体に良くないから」
「うるせぇなあ」
「......」
 不機嫌になった博也の態度に、少しだけ顔を強張らせた春樹は無言で肩を落とす。
 それに気づいた博也は少しだけバツが悪そうな顔になった。
「.........わあったよ」
 親にお強請りを失敗した子供のように、博也は不貞腐れた表情でお菓子を手に取り、戻しに行く。
 その後姿を見て、春樹は珍しく表情を和らげた。
 必要なものだけ入ったカゴの支払いを済ませて、春樹は食材をエコバッグに詰め込む。
 この作業も博也は見ているのみで、手を出そうとはしない。
 これもいつものことなので、春樹は気にも留めなかった。
 淡々と詰め込んでいると、ふと先ほど言われた言葉を思い出す。『関谷は家族愛に飢えている』という言葉だ。
 春樹も父親はわからず、母親も小学校の頃に身体を悪くして入退院を繰り返していた。母親がいないときにはひっそりと泣くこともあったが、それでも愛されて生きてきた自覚はある。
 母親がいないときには博也が入り浸ったり外に連れ出されたりして、寂しさを感じている余裕はなかった。
 博也の横暴さに付いていくのがいっぱいいっぱいだったのだ。
 春樹は、隣で手持ち無沙汰そうに立ったままの博也を軽く見やる。
 それが今ではこんなに好きになるなんて。
 目があった博也はきょとんと瞬きをし、身を乗り出してくる。
「どうした?」
「......いや。野菜切るの手伝ってくれるか?」
「やだよ。んなのめんどくせえ」
 ふんと鼻を鳴らした博也は即答で断る。答えが予測できていた春樹は、そのまま食材を詰め込んだエコバッグを持つとアパートに向かった。
 その道すがら博也がそっと手を握ってくる。
 人目を気にしてその手を振り払うと途端に機嫌が悪くなるので、春樹はされるがままだ。放課後に勉強で時間を過ごしていたこともあり、今の時間なら、周囲は薄暗く手を繋いでもわからない。
「なあ」
「ん?」
「信行となんかあったんだろ。お前さっきからなんか変だぞ」
 春樹は歩いたまま、並ぶ博也を見つめた。
 博也は前を向いたままで、春樹の視線には気付いていない。
 いつもと同じように帰っているだけなのに、自分が考え込んでいることに博也が気づくとは思わず、春樹はひっそりと息を吐いた。
「別に」
「俺を適当に誤魔化そうとするんじゃねえよ馬鹿。言えよ」
 握る手にぎゅっと力を込められた。
 自分の些細な変化を見落とさない博也に、春樹は嬉しいような照れくさいような複雑な気持ちになった。
「.........関谷とお前を、仲直りする手伝いをして欲しいと言われた」
「あ?」
「関谷は、余計なお世話だと」
「......ってことはお前、あいつに会ったのかよ」
 腹立たしげに舌打ちをされる。そして博也の歩くスピードが早くなった。
 つられて春樹も早足になる。
 手を繋いだままアパートにたどり着くと、玄関を開けたところで春樹は博也に押し倒された。
「いっ」
 腰を強かに打ちつけて春樹は息を飲んだ。
 とっさに身体を丸めようとすると、それを博也に邪魔される。
 腕が首に押し付けられて苦しい。
「なんかされたか」
「ない。桜庭もいたから」
「くそっ! 信行のやつ、勝手なことしやがって」
 苛立ったままの博也は大きく舌打ちをした。
 春樹は涼やかにそれを見つめて、食材を冷蔵庫に入れたいとぼんやり考える。自分に向かう怒りでなければ、春樹はまだ余裕があった。
「関谷と仲直りしたらどうだ」
「......お前本気で言ってんの」
 信じがたいものを見るような表情で言われ、春樹はそのままの姿勢で考えこむ。
 確かにあの時は博也との関係も微妙なところだった。それなのに関谷とあんなことになってしまって、深く落ち込んだことも忘れていない。が。
「だって、もう俺は博也のものだ。もう二度と絶対、あんなのことはしない」
「ったりめえだろうが!」
 苛立った博也に乱雑に口付けを与えられる。
 感情を表す絡まる舌や唇をあやすように口付けを返して、春樹はすうっと博也の腰を撫でた。細い腰だ。
 上顎をくすぐるように舌で擦ると、博也は無意識に鼻を鳴らしてうっとりしている。
 春樹も同じぐらいに蕩けている自覚はあるが、こんなときの博也の可愛らしさは異常だと思う。
「っは、る......っんん」
 低くかすれた声で名前を呼ばれて背筋がぞくぞくしてしまう。
 放課後の勉強会で言ったことだって、嘘ではない。気がかりがなければ、ずっと一緒にいたかった。
「ひろや......」
 息を弾ませてキスを繰り返す。体から力が抜けたのか、博也がぐったりと寄りかかってきた。
 ほわんと幸せな気分になる。それは博也も同様のようで、キスは続けるもののセックスに流れこむような気配はまるでない。
 幸せで嬉しい。博也を優しく可愛がりたい。

 博也が関谷を気にかけているのであれば、自分のことを理由に躊躇してほしくなかった。

「好きだ。愛してる博也」
 耳元で囁いて、緩やかなカーブを描く頬を撫でる。目を細めた博也の口元は柔らかく緩んでいて色っぽい。
 博也の手が伸びてきて春樹の服にかかり、少し雑に脱がしていく。
 食材、夕食。あと、勉強。
 ちらりと脳に浮かんだが、春樹は構わず同じように博也の服に手をかける。
「今日はやる気満々じゃん」
 乗り気である春樹に満足したように博也が笑った。
 やっぱり、可愛い。
「博也......」
 熱に浮かされたような表情で名前を呼んで、春樹は博也の服を丁寧に脱がしてゆっくりと押し倒す。その際に、背の部分に大判のタオルを敷いてクッション代わりにすることも忘れない。
 もどかしげに服を脱ぎ捨てて、首筋や頬にキスを落として、手のひらでゆっくりと胸板を撫でる。
「......?」
 愛撫は、すべて博也に教えてもらったことだ。ただ博也の愛撫はその激情に合わせて、たまに乱雑に感じることもあるが、春樹が与えるものはただひたすらに優しい。
 脂肪の少ない胸に指を滑らせ、突起に僅かな刺激を与える。
「ん、ぅ......はる、き?」
 少し訝しげに呼ばれて髪を引っ張られる。頭皮にわずかに痛みが走ったが、春樹は構わず薄い色がついた胸の突起を口に含んだ。


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