インナモラートの微熱3度05
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だが、少し歩み寄ろうと思ったところでの今回の出来事に、やはりショックだった。
「......俺、昨日ちょっと反省してたんだ」
「え?」
「だから、今朝早く来てあれちゃんと仕上げてさ。それから清水とも、ちゃんと話ししようと思ってたんだけど......バチが当たったな」
自業自得だと渉は力なく笑う。
「清水も、ごめん。あんなに酷いこと言ったのに、その......信じてくれて、嬉しかった」
「......」
照れたように頭を掻いてはにかむ渉に、清水は何か考え込むように押し黙る。
怖いぐらいの真面目な表情に、渉は首を傾げた。
顔立ちが整った清水がそういう表情をすると、まるで俳優かなにかのようで、つい見惚れてしまう。
「清水?」
「......いや、なんでもない」
清水は軽く首を横に振ると、どこか物憂げな笑みを浮かべた。
立ち上がった清水に手を引かれて渉も立ち上がる。
清水は甲斐甲斐しく渉の制服についた埃を払った。
「そろそろ教室に戻ろうと思うんだけど、行ける?」
正直言えば、戻りたくない。けれど。
「ああ、行く」
一人で戻るわけではない。
頼り切るのは癪だが、清水がいてくれることで渉は心情的にかなり助かっていた。
準備室を出て一度トイレに寄る。
思い切り殴られたせいで、切れた唇を中心に痣が出来ていた。
ずぎずぎと痛みがあるが我慢できないほどではない。
鏡には、これからの不安がにじみ出た情けない顔が映っていた。
冷たい水で顔を洗い、気合を入れ直す。
平祐ならこんな状況でも平然としてそうだと思うと、ちょっとは見習いたい。
「これ使って。ないよりはマシ、なぐらいかもしれないけど」
「さんきゅ」
差し出された絆創膏を口元にぺたりと貼り付ける。
違和感が気になるが、清水がくれたものだと思うと嬉しかった。
一時間目が始まっている最中に二人で教室に戻る。
殆どのクラスメイトが事情を知っているのか、視線が渉に集中した。
ちくちくと突き刺さる視線を意識しないように殊更無表情に進み席に着く。
「すいません。怪我の手当てで保健室に行ってました」
清水は真面目に前に進むと授業をしていた数学教諭に頭を下げる。
頭が薄くなりかかった中年のその教諭は、ぱちぱちと瞬きをしてちらりと渉を見た。
「そうか」
元々事なかれ主義なところがあるその教諭は、渉の口元の絆創膏を見て僅かに眉をぴくりと反応させたが、短く頷いただけだった。
清水も席に戻ると授業が再開される。
静かな教室に数式のとき方を教える数学教諭の声だけが響いている。
いつもと変わらぬ光景なのに、どこか緊張を孕んでいた。
渉がさっと周囲に視線を向けると、ひそひそと囁く仕草が見える。
何を言っているかはわからないが、侮蔑するような表情を見る限りでは渉にとっては良くない話だろう。
ぴりぴりとした空気に心が竦む。
なんとなく胃まで痛くなってきたような気がして、渉はそっと腹をさすった。
心のよりどころを探して、渉は清水の背を見る。
いつも通りまっすぐ伸びている......と思いきや、何かを落としたのか窓側に身体を傾けていた。
つられて渉も視線を向ける。
そこにあったのは消しゴムだった。
自分の足元近くに転がっていたそれに、咄嗟に手が伸びる。
同じように伸びていた清水の手よりも早かった。
「ん」
「ありがとう」
消しゴムを差し出す渉に、清水は受け取って前を向く。
その動きは速やかで、おそらく他の生徒は特になにも思わなかったことだろう。
渉ものろのろと姿勢を戻したが、くてんと机に臥せってしまった。
消しゴムを拾った手を胸に押し当てて浅い息を吐く。
清水はただ受け取るだけではなかった。渉の手を包むように強く握ったのだ。
こんな状況なのに、嬉しさで身体が熱くなる。
けして楽観できる状況とはいえなかったが、清水の存在に渉は救われていた。