スイートハニーは誰?-2
「伏せ。お手。......そう、いい子ですね」
達樹は楽しそうに微笑んで、風間さんと遊んでいる。
風間さんは達樹に言われるままに動いて、褒められて目を細めていた。
えー......もしかして場違いなのって、俺?
少し離れたところで2人のやり取りを眺めた俺は、そっとため息をついた。
寂しい。俺も構ってもらいたい。......けどSMはちょっとなあ?
美人なだけじゃない達樹はとっても好きだけど、俺と趣向がちょおおおおっと合わないのが残念だ。
しょうがないから、俺はぼんやりと2人のやり取りを眺める。
他の人には見せない、生き生きとした達樹の笑顔。
誰だよ、この人を月に例えたヤツ。
こんなにこの人は、自分の光で輝いてるのに。
そう思った反面、外見の美しさのせいで、偽らざるを得なかった周りの状況に腹を立てる。
俺がいつでもその笑顔を浮かべられるようにしてあげるからねっ!
と1人トリップしていると、その場に携帯のバイブ音が響いた。
俺も含め、達樹も風間さんも動きを止めた。ポケットを軽く触ってもそこにある俺の携帯は震えてない。
音は、資料室の端に置かれた達樹の鞄から聞こえていた。
「あ、僕だ。風間さん、『待て』。出来るね」
達樹は手にしていた鞭を風間さんに咥えさせると、鞄をまさぐって携帯を取り出して耳に当てる。
「もしもし。ああ直人、どうしたの?......うん?そのことなら.........」
達樹は優しい声を出しながら、ゆっくりとその場を離れていく。
しばらく静かにして待っていても、通話が終わる気配はなかった。
風間さんと二人きりにされて落ち着かなかった俺は、そわそわと身体を揺らしていた。だけど風間さんは俺とは対照的だ。
裸のままぴんと背筋を伸ばし、『お座り』の体勢で乗馬鞭を咥えながら、目を閉じて静かに待っている。
俺の大好きな達樹の、一番のお気に入り。
鞭を振るわれた結果、そのしなやかで彫刻のような肉体にはいくつもミミズ腫れが走っている。
......やっぱ叩かれたアソコも腫れてんだろうか。
思春期の男が気にすることなんて、そんなシモのことばっかだ。
俺の位置からは、風間さんの背中や尻は見えても前は見えない。気になった俺はそっと近づく。
足音も物音もさせたつもりはないのに、風間さんはぱちりと目を開いた。
黒く涼やかな一重の瞳。すっと流し目を向けられて、どきりとしてしまった。
体格も良くて、顔も悪くない。てか、かっこいい。それなのにこの人マゾなのか。
マジマジ見るのは悪いと思いつつ、それでも視線をそらすことが出来ない。
しばらく見ていると、風間さんはふっと目を閉じた。
俺の興味津々な視線に対しても、平静に振る舞える風間さん。
すげえなこの人。
感心しながら、俺は風間さんの前に腰を下ろす。
離れている場所から聞こえてくる達樹の声。
電話は長引いているらしく、戻ってくる気配はない。
「いいなあ」
俺は、気づけばそう小さく呟いていた。
「なんか、心が通い合ってるって感じがして、いいなあ。俺じゃまだ無理だもんなあ」
呟く声は、風間さんには届いていると思う。けれど、風間さんは微動だにしない。
「風間さん、俺ね」
すっと息を吸って、風間さんを見つめる。
「絶対、達樹の一番になって、一緒に幸せになるから。風間さんには負けないよ」
言い切って、風間さんの反応を待つ。
聞こえているだろうに、やっぱり風間さんはノーリアクション。
反応のない相手に勝手に宣戦布告した俺は、なんとなく照れくさくなって、頭を掻いた。
「風間さんは俺なんか相手にしそうにないけどさあ。......あ、でも俺は傍にいれる分幸せなのかも」
抱きついたって、ほっぺにちゅーしたって怒られないしなあ。と思い出し笑いをしていると、不意に動く気配を感じた。
はっとして視線を向けると、四つん這いになった風間さんが俺の顔を覗き込んでいる。
「わ!」
思ったよりも近い距離に、俺は思わず後ろ手に手をついた。そんな俺に鞭を咥えたまま覆い被さってくる。
すごく近いけど、風間さんは俺に触ろうとしているわけじゃないのがわかった。
黒い瞳に灯った強い意志。俺には負けないぞという思いが、透けて見えた。
それに気づいた俺は、つい、笑ってしまいそうになる口元を手で覆った。
「っ風間さん?!なにをしてるんですか!」
話を終えたらしい達樹が、驚いた声を上げながら戻ってくる。
それと同時に風間さんは俺の上から退いた。
きっと達樹の目には、風間さんが俺に襲いかかったように見えたんだろう。
俺に背を向けて間に割って入った達樹は、言いつけを守らなかった風間さんをじろりと睨みつけた。
緊張感にぴんと背筋を伸ばした風間さんは、差し出された手に咥えていた鞭を渡す。
「言いつけを守れない悪い子には、お仕置きですね」
さっきよりもちょっと冷たい声。俺はその声を聞いて慌てて達樹に抱きついた。
「達樹!あのさ!違うんだ、風間さんは俺のことライバルにしてくれただけなんだよ!」
勢い込んで告げる。振り返った達樹は、俺の表情を見て目を見開いた。
きっと今の俺は、目がきらきらと輝いているに違いない。そんな自覚がある。
だって、今の俺の立場は達樹の偽りの恋人程度で、風間さんはチンポ叩かれてもいいと思えるほど、達樹にすべてを委ねた奴隷さんだ。悔しいけど、絶対俺の方が順位が低い。
そんな俺をライバルと認めてくれたから、宣戦布告に応じてくれたんだ。
これがうれしくない訳がない。
「ライバル......?」
よくわかっていない達樹は首を傾げている。
そんな達樹も可愛い!......なんて、なんだかわからないうちに興奮していた俺は、ちゅと達樹の頬にキスをして二人から離れた。
「達樹、俺ここに来るのやめる。風間さん、俺は俺で勝負するから!」
びしっと指さして宣言する。座ったままの風間さんは驚いた顔をしていたけど、やがてふっと眼差しを和らげた。
「じゃあ、また明日!達樹愛してるッ!」
風間さんの表情に気をよくした俺は、達樹に手を振って颯爽とその場を後にした。
残された聡明な達樹は少し考えて、それから目を細めて風間さんを見やる。
「僕をかけての勝負?おもしろいことをするんですね」
「潔さとあの真っ直ぐな気質は見習いたい。達樹が気に入るのも頷ける」
低い声で淡々と答える風間さんに、達樹はすっと目を細める。
それからシャープな頬のラインを手の甲で撫でた。
「達樹?主にそんな口の効き方、許されると思ってるんですか」
「......申し訳ありません」
目を伏せた風間さんは謝罪と忠誠を誓うように、達樹の靴に口づけを落とす。
達樹はその後頭部を踏みつけて、艶やかな笑みを浮かべた。
「お仕置きは何にしましょうか。風間さんに選ばせてあげますね」
僕が納得するようなものを選びなさい。そう囁かれて、風間さんは身体を渦巻く熱に火照った吐息を漏らす。
俺が立ち去った後も、その秘めた遊戯は秩序を失うことなく続いた。