8月-2
最近、ヤツの様子が変だ。
一緒にいるのに目を合わせない。
なんとなく、距離がある。
俺が近づくと、離れる。
それだけなら、一緒に遊ぶのが嫌になったんだって、俺だって気付く。
でも。
夏休みだからって、バイトの回数が増えた。
その分、帰りに会おうと誘われた。
それ以外にも、たまに誘われて金を使わない遊びにも行く。
前より、会ってるし遊んでる。
嫌じゃないのかなっても、思う。
ヤツの友達とも遊んでいる間に、志穂ちゃんの好みが辛いものだとか、怜次くんはストリートダンスが得意とか、薫さんが弁護士目指して勉強してるってのも、知った。
みんな、俺なんかと合わせて話をしてくれる。
さりげなくコンビニ店員が、俺のことをいろいろフォローしてくれるから。
前よりも、俺も少しは話すようになったと思う。
酷いときとか、一週間喋らなかったりする俺からしたら、たいした進歩だ。
けど。
......なんか、寂しい。
ヤツと、手を繋がなくなった。
夏の夜。
とぼとぼと歩いて、いつものようにバイト終わりのヤツと待ち合わせ。
最近は、あんまり気が乗らない。
ヤツいると、なんか息苦しい気がする。
二人じゃなければ、全然楽しい。
一度だけ、聞いてみた。
「帰り、来ない方がいい?」
問いかけには、ヤツはすごく驚いたようだった。
それから、なんだか少し笑って「そんなことないって」と言ったけど、あれはきっと建前だと俺は思ってる。
俺といても、楽しそうじゃねえし。
苦しそうな顔するし。
なんだよちくしょう。俺なんかしたか?
わかんなくて、足取りは重い。
けど、やっぱりこの間みたいに待たせてしょんぼりさせたくなくて、俺は街灯がぽつんぽつんとある夜道を歩いた。
コンビニの、ほっとするような明かりが見えてくる。
外に、誰か立っていた。
あれ?ちょっと早く着いたつもりだったけど、待たせたか?
やばい、と思って小走りになる。
だけど、光に照らされたシュルエットはヤツより全然細かった。
ひらりとした膝丈のクリーム色のスカート。襟を立てた白いシャツ。
荷物の多そうな、ショルダーバッグ。
黒髪は、少しずつ伸びているみたいだ。
俺は走るのを止めて、その女性に声をかけた。
「薫さん」
「こんばんわ、智昭さん」
薫さんはふわりと微笑んだ。
どうしてここにいるんだろう。そう思ったけど、決まってる。
アイツに会いに来たんだ。
......。
俺は薫さんにぺこりと頭を下げると、そのままコンビニを通り過ぎた。
「あれ、行っちゃうの?」
不思議そうに投げかけられる声。
ええっと、俺はただの通行人なんで。
歩みを止めずにもう一度、軽く目礼する。
急がずゆっくり。挙動不審にならないように。
薫さんがいるんなら、俺はいなくていいだろう。
背中に彼女の視線を感じながら、俺はコンビニから離れていった。
まっすぐ家に帰る気になれなくて、ヤツと何度か行った、駅に通る道の途中にある公園に向かう。
小さな公園だ。
昔は遊具が結構あったけど、古くて錆びて危険だからって撤去されて、残ったのはコンクリートで作られた緩やかな滑り台。
横腹に、丸いトンネルが開いている。
子供が単にくぐって遊ぶだけの穴の中で、二人で入ってくだらない話をしてた。
アメリカドラマのあれが面白いとか、あの俳優は演技が下手だとか。
いつも喋るのはヤツで、俺は聞いているだけだったけど、楽しかった。
最近は、あんまりなかった、けど。
会話も続かなくて、遠回りもあんまりしなくて、まっすぐ駅まで向かうだけ。
手も繋がなかったから、間に1人入るぐらい空けて並んで歩いた。
視線を感じてコンビニ店員を見ても、顔を向けた瞬間に逸らされる。
また前を向くと、じっと見られる。
熱い、眼差し。
逸らされるよりマシだと思って、俺はヤツの方を向くことなく歩いた。
手の平の温度が、恋しかった。
公園に着いた俺は、1人で滑り台の横穴に入って中に座り込んだ。
膝を抱えて、あまり綺麗じゃないトンネルの壁を眺める。
無意識に零れるため息。
俺と一緒にいるの、苦痛そうなのに、なんでヤツは俺を見るんだろう。
......もう、来なくていいって言う、タイミング見計らってるとか......。
考えていくと、それが正解な気がしてきた。
そうだ。それに違いない。
さすがのヤツだって、きっと俺と友達でいるの辛くなったんだ。
喋んねえし、無愛想だし、引きこもりだし、ニートだし。
良い点一つもない、し。
ネガティブな思考に、どんどん陥っていく。
うわ。やばい。なんだ俺。泣きそう。
別に覚悟してたのに。離れていかれたって、別にいいって。
今までの方が、むしろ特別待遇だったわけなんだから。
膝に顔をうずめて、ぎゅっと強く自分の手を掴む。
仕方ない、しょうがないって自分に言い聞かせて、でも。
「無理」
ぽつんと呟いた。
嫌だ。ヤツといると楽しいし、ドキドキするし。
友達やめたくない。嫌だと言われても、無理だ。
俺はがばっと顔を上げると立ち上がった。
慌てたせいで、転げそうになりながら横穴のトンネルから出る。
そして、コンビニに向かって走り出した。
「薫、てめえ、俺がともあきさんと一緒に帰ってるの知ってるくせに、なんで止めないんだよッ」
「しかたないでしょ?すっごく自然に通り過ぎていったんだから!」
「どうしてともあきさんが通り過ぎて行かなきゃなんないんだよ!」
「私が知るわけないでしょ?!」
言い合う男女の声。
閑静な住宅街にあるコンビニの傍ということもあって、それほど大声ではないが、それでも結構響く。
揉めてるとあれば、聞き耳も立ててしまう。
......今の俺の状態だ。
意を決して戻ってきたのに、予想もしない状態に、様子を伺うことしか出来ない。
ど、どうしよう俺......。
今ここで二人の前に出て行く勇気はない。
二人が会話に夢中になっているのを良いことに、こそこそと覗く。
「だいたい、何で来たんだよ?邪魔すんなよな、せっかく二人きりなのに」
「わ、私だって......たまには和臣に逢いたいって思うときだってあるわ」
「......俺、前にも言ったよな。お前は恋愛対象じゃねえって」
すごく冷たい、ヤツの声。
薫さんが、押し黙ってしまう。
「性別も外見も俺は気にしない方だけど、お前は俺の中では親友であって、恋人にしたいわけじゃない」
「......」
「本当だったら、前に告白された時点で、友達付き合いもやめてる」
......そ、そこまで言うことねえんじゃねえか?
聞いてる俺の方が、思わず薫さんを擁護したくなる。
「智昭さんなら、男でも恋人にするつもり?......なんで私じゃ駄目なの?」
急に出てきた俺の名前。
どくんと、心臓が鳴る。
泣きそうな薫さんの声も気になったが、それより話の内容が気になった。
俺なら、って、なに。
「......あのなあ薫。俺はお前が男だから、断ったと思ってんのか?」
え。
「違うの?だってそうじゃない。今まで和臣が付き合ってきたのは、みんな女の子だったわ。だ、だから......私だって諦めついたのに......」
「馬鹿だなあ、お前」
ヤツは呆れたように息を吐いた。
手を伸ばして、ヤツが薫さんの頭を撫でる。
「お前のこと、性別で判断したことねえよ。気も合うし。気も使わなくて楽だし」
「......ほんと?」
薫さんが、ヤツを見上げる。
街灯の明かりで、わずかに涙が光るのが見えた。
「ああ。けど、残念ながらお前には親愛は感じても、愛情とか欲情は感じなかった。こんだけ美人なんだけどな」
「じゃあ......智昭さんだけ、特別なのね。......しょうがないかなあ。和臣の甘やかしようには、私も驚いたもん」
ふふふ、と泣き笑い。
笑った薫さんを見て、ヤツも少し笑う。
「ともあきさんだけだよ。俺がこんなに好きになったの」
ゆっくりと目を閉じ、まるで言葉は噛み締めているかのようだ。
切ない表情に、熱い眼差しの理由。
でも、そんなの。
「困る!」
二人が、出てきた俺を見て固まった。
飛び出すつもりもなかった俺も、二人を見て固まる。
「ともあき、さん」
かすれた声で名前を呼ばれる。
俺は首を横に振った。
「困る、から......」
後ずさって、背を向ける。
そして俺は走りだした。
「待って!ともあきさん!」
大声で呼ばれたけど、俺は止まれない。
俺は、友達だと思ってたのに。
なにがなんだか、俺はわからなかった。