8月-5


 「あきちゃんに会って話したいことがあるのさ~」と呼び出された先は、俺にとっては鬼門のファミレスだった。
 金がないのに入る恐ろしさ。
 メニューを手渡されても、俺にはこう答えるしかない。
「お腹空いてない」
「じゃあ、飲み物だけでも頼んだら?」
 無邪気に告げる志穂ちゃんは悪くない。
 悪いのは金のない俺だ。
 俺は曖昧に笑って水を飲んだ。
 志穂ちゃんはメニューを見て、なにを頼もうか悩んでいる様子である。
「すいませーん」
 決めたのか、志穂ちゃんは手を上げて店員を呼んだ。
「パフェとぉーコーラとぉーアイスカフェオレー」
 ......飲み物が2つだと?!
 オーダーを聞いて立ち去る店員。
 俺の分じゃないよな......?後から怜次くんが来るんだよな?
 向かい合う彼女を盗み見て、俺は冷や汗だらだらだ。
 ヤツだったら、俺とこんなところで待ち合わせしようとしないのに。
 そう考えて、俺は落ち込む。
 志穂ちゃんを自分の都合で詰ってるようであり、ヤツに頼りっぱなしな自分を見ているようだからだ。
 いつの間にか俯いていて、これじゃ駄目だと顔を上げる。
 すると、じっと志穂ちゃんの大きな瞳に見つめられていて、俺は固まった。
「カズくんと、何かあったぁ?」
 いきなりすぎる質問に、俺は膝の上で強く拳を握る。
 なんと言っていいか、わからない。
 ぱくぱくと口を開閉する俺を見て、志穂ちゃんは軽く首を傾げて眉をハの字にする。
「言いにくいー?じゃあ次の質問ね。薫ちゃんとなんかあったー?」
 ......そっちも答えにくいんですが。
 むむむ、と考えて、一番ぴったりな言葉を思いつく。
 薫さんはヤツが好きで、ヤツは、お、俺が好きなんだから......。
「三角関係」
 ぴったりじゃね?この表現。
 1人満足していると、志穂ちゃんにため息を付かれた。
「あきちゃん、それ、前々からだから。今改めての話じゃないよ?」
 え゛。
 今知らされる、衝撃の事実。
「あきちゃんが、自分が三角関係だって気付いたきっかけが知りたいの」
 お、俺は志穂ちゃんがなんで知ってるか知りたい。
 なんで知ってんの?と視線を向けていると、志穂ちゃんは「あーもーめんどくさぁい」とぼやいた。
「あんなん、気付かない方がどうかしてるよぉ。あきちゃんにーぶーい!」
 そ、そうですか。すいません。
 恐縮して縮こまってると、ぽんぽん頭をなでられた。
「でも、そんなとこが可愛いんだよね。あきちゃんは」
 嬉しくないぞ、そんなこと言われたって。
 「いい子いい子」と頭を撫でられていると、飲み物とパフェが運ばれてきた。
 テーブルに置いていく店員に、志穂ちゃんが言う。
「カフェオレそっちー」
 やっぱ俺のか?!
 目の前に置かれたカフェオレに、俺は泣きたくなった。
 これはきちんと志穂ちゃんに告げなければなるまい。
 俺は深く息を吸った。
「金ない、から。俺......」
 彼女よりも年上の男としては至極情けないが、背に腹は変えられない。
 志穂ちゃんは早速パフェを食べながら、ひらひらと手を振った。
「大丈夫。あたしも財布ないしぃ」
 すげぇ......!この子すげぇよ!!
 感心しつつも、さーっと青ざめていく俺を見て、志穂ちゃんはにっこりと微笑む。
「あたしと怜次ねぇ、外食するときは金額いくらでも、交互にお金出し合うようにしてんのー。この間はあたしが払ったから、次は怜次の番なのさー」
 ......怜次くん、本当に来るのか?食い逃げで捕まりたくないぞ俺。
 泣きそうな俺は、目の前に置かれたカフェオレを見つめた。
 会話が途切れてしまう。
 志穂ちゃんは黙々とパフェを食べて、時折コーラを飲んでいる。
 甘いものが苦手な俺には、考えられない食べ合わせだ。
 ぼんやり眺めていると、志穂ちゃんがチラッと俺を見た。
「飲んでいいんだよー?」
 いや、なんか俺には無理です。
 恋人同士の取り決めがあるから、志穂ちゃんは怜次くんに奢らせようとしてるのだろうから、第三者の俺は関係ないはずだ。
 ふるふると首を横に振った俺に、志穂ちゃんはふうんと頷いて、それ以上勧めてこなかった。
 パフェもなくなるころ、テーブルに置いてあった志穂ちゃんのケータイが震えた。
「ちょっと待っててねぇ」
 志穂ちゃんは俺をチラッと見た後、「もしもしー?」と話しながらファミレスを出て行く。
 .........これで志穂ちゃんが戻ってこなくて、怜次くんが来なかったらどうしよう。
 ないとは思いつつも、俺はぶるぶると震えが止まらなかった。
 一分。二分。三分。
 志穂ちゃんは戻ってこない。
 そわそわしている俺の肩を、誰かが叩く。
 びくう。
 俺は恐る恐る振り返った。
「よう先輩。遅くなって悪かったな。バイトが長引いてよ」
 来た......!俺の財布!
 怜次くんが来たことに嬉しくて、俺は肩に置かれた手を握る。
 すると、べしっと叩かれた。
「男だろ先輩。そんな情けない顔すんな」
 ぐしゃっと俺の頭を撫でて、向かいに座る怜次くん。
「なんだ、飲んでねえの?」
 俺の目の前にある氷のなくなったカフェオレを見ながら、怜次くんはメニューを手に取った。
 ......また言わなきゃなんないのか。
「金、ないから......」
 情けない俺の顔を見て、怜次くんは何かを悟ったんだろう。
 志穂ちゃんが座っていた席に腰を下ろしながら、怜次くんはカフェオレを指さした。
「シホが注文したのか?それなら先輩飲んでやれよ」
 え?
 不思議そうな表情を浮かべると、怜次くんが苦笑した。
「あいつも意外に寂しがりだからさ、一人で物が食えねえの。だから先輩、あいつが注文したときは付き合ってやって」
 そうなのか。
 いつも明るい彼女の意外な一面を見た気がした俺は、氷の溶けたアイスカフェオレを見つめた。
「で、シホには説明したのか?カズやカオルが元気のない理由。まあ、だいたい想像は付くけどな」
 うぐ。やっぱりその話なのか。
 つか、なんだこのぶんだと怜次くんも知ってんのか。
 今更ながらカフェオレにストローを差し、ズズズとすする。
「無視してんじゃねーぞこら」
 案の定、また叩かれた。
 だって言いたくねえんだよ。
 じーっと見つめて俺の心情を訴えるが、怜次くんには通じない。
「この口は飾りか?物を食うためだけのもんか?」
 むにっと唇を捕まれて、俺は顔をしかめた。
「ほら、言えよ。いつ、あいつらに会った?」
 会ったのは確か......。
「一週間前」
「どこで会った?」
「コンビニ」
「そんときは、カオルも一緒か?」
「うん」
「で、カズがお前に告白したのか?」
 ......やっぱ、知ってた。どうしてみんな知ってんだよちくしょう。
 直接告白されたというわけではないから、俺は首を横に振る。
「聞いた」
「聞いた?そこらへんを詳しく言え」
 詳しくって、言いにくいんだよ。
 口ごもる俺に、怜次くんは容赦ない。


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