8月-6


「先輩とカズとカオルで、三人で一緒にいたんだよな?」
 それには首を振る。揃って三人で居た訳じゃない。
「喋ってた」
「主語を話せよ先輩。誰と、誰が話してたって?」
 耳を前から引っ張られる。
 いいじゃねえか主語が抜けたって。この話の流れからすればわかるだろ?
 睨んでも、怜次くんは許してくれない。
「ほら、誰と誰が、話してたんだ?」
「あいつと、薫さん」
「その時、あんたはどこにいた」
「隠れてた」
 そこまで言うと、だんだんと怜次くんの顔が険しくなる。
 険しくなると、更に怖い顔だ。
 表情に怯えた俺に気づいた怜次くんは、すぐに笑顔を浮かべると「それで?」と促してきた。
「薫さんが、お、男って、言ってて」
 言ってもいいのかなと様子を伺いながら告げると、怜次くんは軽く頷く。
「ああ。で?」
 メインはそこじゃないとばかりに、さらりと流され先を促される。
 それから俺は、洗いざらいに喋らされた。
 志穂ちゃんは無理に聞き出そうとはしなかったが、怜次くんは的確な質問ばかりを投げつけてきて、気づけばするりと答えている状態だった。
「なんだ先輩、話せるじゃねえか」
 いらないことまで話し尽くした感のある俺に、怜次くんは上機嫌だ。
「おら先輩。ご褒美だ好きなもん頼めよ、奢ってやる。パフェか?それともお子様ランチか?」
 なんで俺がお子様ランチなんだよ。
 いつも以上に話しすぎて喉が落ち着かない俺は、薄まったカフェオレを飲みながら、差し出されたメニューを奪い取る。
 メニューに視線を落として、それから怜次くんを見た。
「決まったか?」
 怖い顔だけどにこやかに笑うから、怜次くんは怖くない。
「ハンバーグ」
 とたんに笑われた。
「お子様ランチと大差ねえじゃねえか」
 うるせえな。喋りすぎて、お腹がすいたんだよ。
 怜次くんは、店員を呼んで注文してくれた。
 それは良かったけど、店員にハンバーグに旗をつけてください、なんて言ってたから、思わずメニューで怜次くんを叩いてしまった。
 俺はガキじゃねえ。
 むすっとしていると、ようやく志穂ちゃんが戻ってきた。
「おせえよ、どこまで行ってたんだ」
「怜次来てたんだ?ちょっと電話が長くなっちゃってさ」
 ごめんね、と両手を合わせたから、俺は首を横に振る。
「だいたい聞けたぞ」
「え、マジ?あたしには難しくてさー。あきちゃん黙っちゃうし」
 どうしようかと思ってたんだーと、志穂ちゃんは苦笑する。
 困らせてたのかと思うと、やっぱり俺は肩身が狭い思いだ。
「わかりやすく聞いてやれよシホ。先輩に、いっぺんに状況説明しろって言っても無理だから」
「そういうの、怜次は上手いよねぇ」
「おう。バイトで迷子の相手は良くしてたからな」
 ......なんだか貶されている気がするのは気のせいか?
 並んで会話の弾むカップルを見つめて、俺は息を吐く。
 寂しい。俺も誰かと一緒に座りたい。
 そう考えて、隣に座ることを思い浮かんだ人物に、俺は真っ赤になった。
 やだなあ俺。変だ。
「なあ先輩。カズと話せよ。セッティングしてやるから」
 でも......なあ。
 戸惑う俺に、怜次くんは後押しする。
「大丈夫。俺に言えたことをあいつに言ってやればいい」
 「どうして『困る』なんて言ったんだ?」と聞かれて、咄嗟に答えてしまった俺。
 今考えても、どうしてそんなことを怜次くんに言ってしまったのかが分からない。
 ......恥ずかしい。
 俯いていると、志穂ちゃんに「耳まで真っ赤だよ~?」とからかわれた。
「言えるだろ、先輩」
 手を伸ばして頭をなでられて、俺はこくんとうなずく。
 そのとき、店員が俺のハンバーグを持ってきた。
 無駄に洒落のわかる店員のせいで、俺のハンバーグには、爪楊枝で出来た旗がついていた。
「んじゃ、それ食べたら、カズに会いに行こうぜ」
 ハンバーグの旗を見て一頻り笑った怜次くんは、そんなことを口にする。
 え、そんなに早く?
 思わずフォークを刺した状態で、止まってしまう。
 俺、心の準備とか出来てねえんだけど。
 どんな顔でコンビニ店員に会えばいいかわからない。
 困惑していると、志穂ちゃんもなぜか変な声を上げた。
「え、これからカズくんに会うの?」
 俺よりも戸惑っているようである。
「こういうのは早いほうがいいだろーが。なんかあるのか?」
 怜次くんにまじまじと見られた志穂ちゃんは、曖昧に笑う。
 その志穂ちゃんの手の中で、ケータイのバイブが鳴った。
 志穂ちゃんはケータイを開いて、中を見る。
 それから、にっこりと笑って立ち上がった。
「あきちゃん」
 すすすっと志穂ちゃんが近づいてきた。
 首を傾げて見上げると「立って」と腕を捕まれた。
 言われるがままに立ち上がる。
 何?
「おいシホ?」
 怜次くんもいぶかしげな顔をした。
「ごめんね怜次。今は愛情よりも、友情だから」
「は?」
「あきちゃんこっち」
 ぐいっと引っ張られて俺は歩き出した。
 まだ全部ハンバーグ食べてないんだけど、もう行くのか?
「シホ?」
 怜次くんが、俺たちを追いかけるように立ち上がる。
「ごちそーさまです!お金はあの人が払います~」
 志穂ちゃんは店員に向かって言いながら怜次くんを指すと、俺の手を引いて先に外に出てしまった。
 怜次くんが中から声をかけてくるが、当然のようにそれを無視している。
「志穂ちゃん?」
 どこに行くんだ?あいつに会うんじゃないのか?
「あきちゃんこっち~」
 志穂ちゃんが俺を引っ張っていった先には、タクシーが一台止まっていた。
 ドアが、開く。
 中にいた人物を見て、俺は口をあんぐりと開けてしまった。
 ショートヘアの黒髪。白ブラウスに、膝丈のスカート。
 美人、と表現するのが一番合う、人。
「志穂、ごめんね」
「ううん。薫ちゃんのためだもん!」
 志穂ちゃんは、にっこりと微笑んで言った。
「だからあきちゃんもがんばってね」
 とん、と背中を押されて俺は前に進む。
「ちょっと付き合ってもらえるかしら」
 タクシーの中で、薫さんが微笑んで俺の手を引っ張られ、俺はそのまま拉致された。


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