12月リクエスト-5


「嫌なら、そう言えよ」
「......嫌だって言ったら、どうするの」
 興味本位で尋ねると、驚くべきことに「やめる」と返事が戻ってきた。
 心底嫌そうで視線を逸らしながらだが、その姿が、まるで怒られてしょげている獰猛な動物を見ているかのようだ。
 思わず、笑ってしまった。
「てめえ何が可笑しい」
 ぐいっと顎を捕まれて、俺はぴたりと笑うのをやめる。
 強い瞳で睨まれた。
 けど、その瞳の奥で、不安が見え隠れしてる。
 だから、俺は口を開いた。
「昭宏の結婚は、いいと思う。祝福する」
 笑って伝えると、わずかに兄の肩に入っていた力が抜けたようだった。
 だが、まだ兄は納得していない。
「じゃあ、今までの態度はなんだ」
 それを聞かないと、どうやら俺は寝させてもらえないらしい。
 腕を捕まれる。力が入っていて、痛い。
「......俺が気にしてたのは、あの日、勝手に借りた昭宏のケイタイに、和臣......俺の友達の、ケイタイ番号が、あったから」
 電話をかけたときの、親しげな和臣の様子のことは言えなかった。
「勝手に使おうとして、ごめん。俺、持ってなかったから、一回借りるぐらいなら、いいかと思って、それで......」
 言葉が途切れたのは、兄がぼすっと寄りかかってきたからだ。
「そんな、ことか......」
 心底脱力したように、兄が大きく息を吐く。
 そんなこととはなんだてめえ。俺が心底悩んだってのに。
 言いたいことはいっぱいあったが、安心したように寄りかかられて、俺は言葉を飲んだ。
「アレは、お前がよく世話になってるから、何かあったときのためにケイタイ番号を交換しただけで、意味ねえよ」
「ん。......ケイタイ、俺、持ってれば良かったんだけど」
 本当?
 そう聞きたい言葉も飲み込む。
 普段酒に強い兄がここまで酔っているのだ。もしかしたら聞いたら答えてくれそうだけど。
「まあ、外に出るようになったことはいいことだ。お前あのままだと部屋んなかで、干からびて死んでそうだった」
 いつの話だそれは。......3月とか4月は結構引きこもってたけど。
「お前が内向的になったのって、十中八九、俺のせいだしな。......今の、お前はいいと思う。外に出るようになって、楽しそう......だ......」
 俺に寄りかかる兄の言葉尻が、だんだん不鮮明になってくる。
 な、なんだろう。このむずがゆさ。
 恥ずかしさのあまり、どう反応していいかわからない。
 兄は、思うままつらつら言葉を連ねてるみたいだ。
 普段はないことばかり言われて、照れくさい。
「俺じゃ悔しいが、こうはできないだろうな......あいつが、い......」
 い?
「......」
 なんだよ。寝るなよ。
 そっと顔を覗き込むと、兄は目を閉じて寝ていた。
 俺がそっと動いても目を覚まさない。
 ので、仕方なく俺のベッドを兄に明け渡してやった。
 寝苦しいのは可哀相だからと、ネクタイとベルトを外しておく。
 スラックスはどうしようか考えて、兄の体躯と自分の身体を比べて諦めた。
 布団を被せてやって、俺はホッと息をつく。
 兄が、そんなことを考えているなんて知らなかった。
 俺の性格が昭宏のせい?
 つい、ふん、と鼻を鳴らしてしまった。
「......昭宏のばぁか」
 俺の性格は俺が作ったもんだ。誰のせいでもねえよ。
 起きたら怖いので、かなり離れてぼそっと小声で呟いた。
 が、兄が身じろぎしたので慌てて逃げる。
 その夜は兄の部屋で寝た。
 でかいベッドで1人で寝ることは慣れなくてしばらく寝れなかった。
 そして。
 翌日は、殺気を孕んだ兄に叩き起こされた。
「味噌汁ッ」
「は、はい」
 寝ぼけながら、俺は急いでキッチンに向かって、とりあえず味噌汁を作った。が、
「薄い。もっと濃いの寄越せ、この役立たず!」
 と、散々貶された。
「あら、仲直りしたの?」
 朝っぱらから、ぎゃあぎゃあ騒ぐ俺たち(というより昭宏)の声に目を覚ました母が、パジャマ姿で出てくる。
「......ん」
 こくっと頷くと「良かったわね」と、母に頭を撫でられた。
「ああクソ!この二日酔いはてめえのせいだ!」
 げしっと腰を蹴られた。
 ......これでも仲直りしたって言えますかお母様。
 助けを求めるように見ると、母は嬉しそうに見ているだけだった。
 和臣は優しくなったけど、兄は元通りの横暴......いやいや過激なスキンシップをするようになった。



「おい智昭。出かけるぞ」
 クリスマスイブ前日の休日。
 翌日に冬休みに突入した大学生どもとパーティーを控えているから、午後からプレゼントを買いに行こう、なんて考えてまどろんでいた午前中。
 兄に部屋に乱入された。
「寝汚ねえな。しゃきっとしろしゃきっと」
 布団に包まって蓑虫になっていた俺を、お兄様がげしげしと蹴ってくる。
 なんだよもう。
 布団の中からもそもそと顔を出して、急に来た嵐を睨んだ。
 と、にやっと笑った兄と目が合う。
 ......布団を剥ぎ取られた。
「とっとと着替えろ。......あ?ともちゃんはお手伝いしねえと、着替えもできないんでちゅか?」
 既に部屋着から外着のセーターとスラックスに着替えている兄がちょっかいをかけてくる。
 なので急きたてられて服を着替えたが、兄は俺の着替えを手伝っているのか、邪魔しているのかわからなかった。
 と、いうかなんなのだ。
 どうして俺は急かされて服を着替えているんだ。
 謎のまま、着替えが終わると首根っこを掴まれる。
「行くぞ」
 ......どこに?
 謎のまま、俺は引きずられるように外出していた。



「わりいな朝早くから」
「別にいいって。俺の成績になるし」
「ほら、好きなの選べ」
「......」
 朝早くからつれて来られたのは、開店前のケイタイショップ。
 兄は俺の見知らぬ人と話をしながら、しんとした店内に入った。
「在庫があるのはこれとこれ。こっちは、シルバーならあるから」
 そう言った男は、じゃあ決まったら声かけて、と店の奥に引っ込んでしまった。
 ひんやりとした店内に残されたのは、俺と兄とケイタイが数点。
 目の前に並べられたケイタイを見て、俺は視線を兄に向ける。
「欲しいんだろ、買ってやろう。......就職祝いに」
 バイトだけどな。と言って兄は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
 それ、和臣にしか言ってないのに!......って、聞いたの、か?
 訝しむ俺に、兄は俺の手元を覗いている。
「なんで、知ってんの?」
 ぽつんと尋ねると、肩に手を置かれた。
 とそのまま、ぐぐぐっと背後から首を絞められる。
 ぐぐるじい......!
 驚いた俺がその手を掴むと、すぐに手を引いた。
「様子見てりゃわかる。金は自分で払えよ」
 見ているとわかるのか。......そうか。
 目の前のケイタイを見ていると、あることに気付いた。
 ん?
 ぱたぱたとケイタイを開閉し、ひっくり返す。
 それからふいっと視線を上げた。
「これ」
 俺の言いたいことを察したらしい兄。
「どうせお前、基本家にいるんだから、それでいいだろ。安いし」
 じいっと見つめると、兄の視線がふいっとそらされる。
「ドコモの料金のプランはどちらかってえと、高い方だから、てめえじゃ払えないだろう」
 並んだケイタイは、どれも皆、ソフトバンクのものだった。
「昭宏」
「なんだよ」
 ちょいちょいっと手招きすると、兄が身をかがめてくる。
 ので。
 ぎゅ。
 兄ほどじゃないが、俺も締め技は得意だった。
 なんたって良く締められるから、どこを締めればいいか、なんとなくわかる。
「な、てめ......!」
 油断していた兄。
 俺に締められて、ぎろっと殺意のこもった眼差しを向けてくる。
 髪を引っこ抜かんばかりに掴まれた。
 いててて。
 俺が手を離すと、強めに叩かれた。
「お前どういうつもりだ......?あ?死にたいのか」
 顎を掴まれて、殺す気満々で凄まれた。
 ひぃ。
「ごめんなさい、もうしません」
 固まりつつ俺が謝ると、再度殴られた。
「二度とするんじゃねえぞ。......さっさと選べボケ」
 耳を引っ張られて、俺は泣きそうになりながらケイタイを選んだ。



 愛情表現、代わりだったんだけどなあ。
 さすがにそれを口に出しては言えず、俺は一つ、黒いケイタイを手に入れた。
 ケイタイを買ってもらった後は、なんだか2人でファミレスに行った。
 パフェを注文したのはやっぱり俺だったが、平らげたのは兄だ。
 ろくに会話も交わさなかったが、結構楽しそうな兄を見て、俺も楽しかった。


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