12月リクエスト-6
翌日は、パーティだ。
ヤツの誕生日のお祝いもどきの飲み会の時には、果たせなかった野望を、一つ胸に抱えて、俺は意気揚々と和臣の家のチャイムを押した。
ピンポン。
間延びしてない、妙に忙しないチャイムの音が鳴る。
......ヤツは出てこない。
俺は腕時計を見た。
まだ午前中。もしかしたらヤツは寝てるのかもしれない。
そう思った俺は、もう一度、チャイムを押す。
しばらく待って、再度押す。
そして室内から、玄関へと足音が近づいてくるのを聞き耳たてていた俺は、慌ててまっすぐ立って、軽く服装を確認した。
......よし、たぶん変なとこないぞ。
アイツ相手に、こんな風に気を使うようになるとは思ってもみなかった。
というか、俺は人に気を使うことができるなんて知らなかった。
しみじみと感じていると、ガチャリとドアが開いた。
「薫、早いな......って、あれ、ともあきさん!」
......出てきた和臣の言葉に、なんとなくカチンと来た。
もしかして、また一緒に食材や飲み物を買い行く予定だったのか。
「どうしたの?こんな早くに」
嬉しそうに笑った和臣は、俺を部屋に引っ張り込みつつ尋ねる。
抱きしめられながらそっと降りてきた唇を邪魔するように、俺は両手の手の平で自分の唇を隠した。
そしてじろっと長身の男を睨む。
「買い物、いこ」
「えっと......結構荷物多いと思うよ。今日は薫んとこ篠崎も来るから6人の予定だし」
俺の言葉に、和臣は小さく呟いて頭を掻いた。
なんだてめえ。俺と買い物はいやなのかこんちくしょう。
気を使われてるのだろうと思うが、その気遣いが逆にムカつく。
「薫と怜次来る予定だから、それから一緒にい」
形のいい瞳が見開くのを見つめながら、俺は......うるさい口を、背伸びして封じた。
触れ合った唇は、わずかにかさついている。
最初にキスしたときは、そんなこととか気にする余裕もなかった。
俺も成長した、とじんわり頬が赤くなるのを自覚しつつ、和臣の手を掴んで背を向ける。
「......行くぞ、ばか」
俺は2人で行きたいんだよ。気付け鈍感。
いつものあったかい手をぐいぐい引っ張ると、急に踏ん張られた。
「ともあきさん、ごめんその前に」
「え、」
振り返ると、黒い影が迫っていた。
「ふ、......ッん」
玄関脇の壁に押し付けられて、唇を奪われる。
ぬるっと入ってきた舌に、わずかに歯を立てる。......が、このばかはこの程度じゃ止まらない。
思わずぎゅっと服を掴むと、それを合図にしたように抱き上げられた。
「俺の萌えポイントついたともあきさんが悪い」
「へ」
「時間まだ早いから、いちゃついてから出かけよう」
「で、も。薫さんと怜次、くんが......っく......」
来るんだろ?って最後まで言えなかった。
変態め......。
「どうしたの智昭。いつもに増してぼんやりしてるじゃない」
「なんでも、ない」
「なんだ先輩。具合悪いなら、早く言えよな」
「......ん」
薫さんと、怜次くんと和臣と俺で、買い物に来た近所のスーパー。
怜次の彼女の志穂ちゃんはバイト、篠崎も所用で遅れるという。
買い物は、結局2人で出来なかった。
今日は鍋らしい。
「ともあきさん大丈夫?」
和臣まで、俺の心配をしてきたから思わずじろりと睨んでしまう。
誰のせいだと思ってんだよ!
足を踏んづけてやると、和臣は目を細めて笑う。
それから軽く腰を撫でられて、驚いた俺は動きを止めてしまった。
ようやく収まってきた熱を、改めて煽られた気分だ。
「ああ、そういうことね......」
怜次くんは食材を吟味していて気付かなかったようだが、薫さんにはばっちり見られてしまった。
呆れたようにため息を付かれて、かあっと顔に熱が集まる。
和臣が離れて怜次くんのところに行ってしまったから、よけい居た堪れない。
「智昭、嫌だったら嫌って言わなきゃ駄目よ?」
近づいてきた薫さんにぽすっと頭を撫でられる。
今日の薫さんは、細身のパンツに女性物の黒いロングコートを着ている。
やっぱり可愛い。
手を繋いで見つめると、軽く握り返してくれた。
「あの」
「あら、何?」
声をかけると、促すように尋ねられる。
俺は一瞬悩んで、それからそっと薫さんの耳に顔を寄せた。
「薫さん。その、例えば篠崎に、すごく望まれた場合には、断れる?」
「......」
赤くなった薫さんに、顔をしかめられる。
え。駄目この質問。
思わず怒られるかと思って、引き気味にじいっと見つめると、薫さんに頬を掴まれて逃げられなくなった。
「言うわよちゃーんとね。だから智昭もちゃんと言いなさい」
「う」
「わかった?」
わ、わかったから離してください......。
だんだん頬を引っ張る力が強くなって痛い。
そうだよな。駄目なら駄目って言わないとな。
「俺、薫さんに断られたことないですけど」
しみじみ考えていると、そんな声が飛び込んできた。
え。
ばっと薫さんと一緒に振り返る。
するとそこにはガタイのいい長身の男。
「遅れてすいません」
「この、馬鹿!」
晴れやかに笑った篠崎を、薫さんは真っ赤になって篠崎を殴っていた。
......そっか。断っても無理なもんは無理なのか。
本気になって怒ってる薫さんを、どこか微笑ましい気持ちで見つめてしまった。
食材とアルコールを買い込んで、和臣のうちに戻る。
篠崎ばっかり、薫さんに重いものを持たされていたのが印象的だった。
志穂ちゃんもすぐに到着して、それからは6人で大宴会のようなノリだ。
「篠崎、氷取ってきて」
「おいリュウ、肉たんねえぞ買って来い肉」
和臣と怜次くんは次々に篠崎に命令している。
何だか偉そうだ。篠崎よりも身長低いのに。
......まあ、一番背の低い俺が言うことではないが。
「はい」
せっせと動く篠崎。
文句一つも言わない。
「手伝う?」
思わず俺が尋ねると、篠崎は軽く頬を緩ませて笑った。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「一番年下だから、使いやすいんでしょ」
薫さんも、篠崎を庇うことなく、普通に酒を飲んでいる。
「ふふふ」
志穂ちゃんが含み笑いをしながら、すすすっと俺に近づいてきた。
「しのくんに嫉妬してるんだよ、カズくんと怜次はぁ。大事な幼馴染取られたからって、子供っぽいよねぇ」
ふわふわの白いセーターに、ピンクのミニスカにタイツ。
可愛らしい格好の志穂ちゃんに耳元で囁かれた。
なるほど。
言われて見ればそう取れるかもしれない。
人当たりのいい和臣も、見た目に反して好青年な怜次くんも、篠崎相手には冷たい感じがする。
でもそれはけして突き放すような感じじゃないから、まだ救いようがあるのかもしれない。
「あきちゃん、それ聞いて薫ちゃんに嫉妬する?」
にこーっと笑って尋ねられた。
「少し」
俺は軽く考えて、小さく首を縦に振った。
あの三人には俺が入れない仲の良さがあるし、それは志穂ちゃんも感じたりすると思うんだけど、どうなんだろう。
「あたしもね、たまーに嫉妬する」
ああやっぱり。
「でもあたしは、怜次に愛されてるってわかってるから平気。あきちゃんもそうでしょ?」
そう言いながら、志穂ちゃんはちょんちょんと俺の鎖骨のあたりを指先でつついた。
「見えるとこについてるよ。もしかしてさっきまでお楽しみだったりする~?」
え。
俺はばっと襟の合わせ目を、手で掴んで真っ赤になった。
指摘されると、まるで、その場を覗かれたような羞恥心を感じる。
「......もしかして、図星?」
俺の過剰な反応に、志穂ちゃんの目がきらりと輝く。
目も合わせられなくなった俺は、俯いて小さくなった。
「やんかわいい!薫ちゃん!薫ちゃん!あきちゃん、真っ赤なの~!」
「あら、志穂苛めたの?」
志穂ちゃんの声に近づいてきた薫さんに、ぐいっと顎を掴まれて上を向かされる。
あ、う......。
涙目で薫さんを見つめる。
恥ずかしくてたまらないことを伝えたかったが、いつものように、声が出なかった。
「なにこの生き物!ほんっと苛めたくなるわねえ。智昭脱ぎなさい」
なんでだよ?!
心の中では拒絶を思いっきりいたが、俺の口から出たのは「や、です」という遠慮がちな言葉だった。
「智昭のくせに生意気よ」
それでも薫さんは気に食わなかったらしく、俺の服を脱がし始める。
ちょ、マジやめて!
「つまんねえぞなんか芸やれよ篠崎」
「そうだ、一発ギャグ言えよリュウ」
「ギャグって、えと、俺そういうのは無理なんで......」
和臣は、怜次くんと一緒に篠崎をからかうことに、夢中になってるみたいだった。
おかげで俺のピンチに気付かない。
ばかめ......!
「志穂、ちゃん」
近くにいる彼女に助けを求める。
......が。
「いいじゃん脱ぐぐらい」
と笑ってとめてくれない。
ほんっとにやばいんだって、結構、その、キスマークだって、あるんだぞ?!
俺そんなの見せたくねえっつの!
「ほーら脱げちゃうわよ」
薫さんはとっても楽しそうです。......本当に。
俺が右往左往して、抵抗するのを楽しんでるみたいだ。
「ま、まって、ほんとに、だめ、だから......」
泣きたい気持ちになりながら、それでも薫さんが脱がそうとするのを止める。
「かわいいなああきちゃん。あのね、抵抗すればするほどエスカレートするよぉ?」
志穂ちゃんのそんな助言も、俺の耳には入らない。