2月-9
仲良くなる前の、和臣。出会うきっかけは、なんだったっけ?
他の人は事務的にレジをこなす中で、アイツだけが、俺に話しかけていた。
「アイス......」
何度も同じものを買いに来る男。そりゃわかりやすいだろう。
それを覚えられて、店員に声を掛けられるのも、別に変なことじゃない。はず......。
あれがきっかけ。......作られたきっかけ?
「和は、お前を知っていた。結構前からな。お前が引きこもってるってことを知って、協力を言い出したのはあいつだ。......こんなことになるなら......」
手伝わせなかったと、昭宏は深くため息をついた。
「お前は俺の友人関係は、どうしても一線を置く。和は強引なところはあるが、けして悪いやつじゃない。だから、任せてみてもいいかと思ったんだ」
「なんで」
俺を、外に出そうとしたの。
全部は口にしなかったが、兄はわかったようだった。
「しんきくせえ顔で、家にいるからだよ。人生とか、どうでもよさそうな顔してるから、どうにかしたかった」
真摯な声だった。
そんなに俺のことを気にかけてくれているのだと、初めて知った。
でも。
「それだったら」
アイツのこと認めてくれたって、よかったじゃねえか。
男が恋人でも、俺はこうして引きこもっていたときより前に出てる。
それじゃ駄目なのか。
は、と昭宏は暗がりで笑った。
「アイツは駄目だ。ちっと突いただけで、動揺して何も言い返せなかった。もう少し、肝が据わったヤツだと思ったんだがな」
「だから、何言ったんだよ」
「......」
暗い部屋の中、間近にいる兄の目が光ったように見えた。
「本人が言わなくて、お前が.........いや、俺が言う必要はない。......さあ、この話は終わりだ」
動いた兄が、部屋の電気をつける。
床に座り込んでいた俺は、その明かりの眩しさに、目を細めた。
兄が、俺を見下ろして告げる。
「アイツのことは忘れるんだな」
「......」
言われなくても。
倦怠感に包まれた身体を起こして立ち上がる。
もう、俺はアイツと一緒にいることはできない。
離された手を、追いすがることすら出来なかったのは俺だ。
なら、せめて。
和臣が言ったことを叶える努力でもしてみるか。
俺が幸せになれば、アイツも幸せになれるっていうなら。
つまらないことでも笑ってやるよ。
俺はお前がいなくても、苦しくなんかねえ。
「昭宏にも、もう迷惑かけないように、するから」
俺が出来る精一杯の笑みを浮かべる。
「智昭」
「あ、俺、母さんが帰ってくる前に、夕食の準備する」
はっとした俺は、そう言って兄の部屋を出た。
昭宏の眉間に寄った皺は、見ない振りした。
バレンタインデーなんて、甘い甘い予定はなくなった。
また引きこもってようかなとも、考えなかったわけではないけど、それじゃ俺が幸せにならないから、やめた。
心が掻き毟られるような日曜日から一週間。
あのときのことは、忘れた。
今は毎日気を張って生きている。
もう兄や、家族には迷惑も掛けたくない。
バイトは辞めた。
好きなときに好きなだけ働ける......なんて、ニート経験者からすれば甘い職場では、自立なんて無理だろうと考えたからだ。
一週間の間で、とりあえずハローワークに通い詰めて就職先を探してきた。
人手が足りないという介護職。
働きながら資格が取れるよ、との言葉で、もうめちゃめちゃ苦手な面接も頑張った。
鬼気迫る俺の面接。ほんと凄かったんだと思う。
生ぬるい感じで職を探していたときと違って、すぐに採用が決まった。
やればできるじゃねえか俺。
就職が決まったその日の夜、俺は家族に報告した。
出張中の父には、散々褒めてもらった。母にはちょっぴり泣かれた。やっぱ半ニートの息子がいることに、将来の不安を感じていたところがあったらしい。
「就職お祝いしないと!沙紀さんも来てもらって、一緒に家でお祝いしましょ。お父さんも一回帰ってくるって言ってるし。ねトモくん」
「うん。俺、からあげ食べたい」
「もっと高級なもの言ってもいいのよ?母さん奮発するから」
くるくると踊るように嬉しそうな母。もう夜で、寝る前だと言うのにテンション高え。
「沙紀の予定、聞いてみるよ」
家に帰ってきたばかりの兄も、目元を緩ませている。
「そうね!ああもうお母さん興奮して寝れないかも!」
「大げさだよ」
俺は笑って上機嫌で寝室に向かう母を見送った。
良かった。喜んでくれた。
「ビール」
背広を脱いでネクタイを緩めた兄。
俺はすぐに簡単なつまみと、ビールを用意してやった。
「よくやったな」
近づいた途端、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
うぜえ。さわんな。......と、今までの俺なら、照れて邪険に振舞うところだが。