7月-10
そこに、ヤツが割って入る。「ともあきさん!」
がしっと肩を捕まれた。
「薫は駄目だよ?!こいつこうやって可愛らしく見せてるけど実はおご」
......おご?
言葉の途中で、ヤツが横に吹き飛んだ。
コンビニ店員が立っていたところを見下ろすと、そこには白い綺麗な足。
「まったく......和臣ったら、急に何を言う気なのかしら。ねえ?」
黒髪が先ほどよりも深く、微笑んだ。
綺麗な足にわき腹を蹴られたヤツは、砂にまみれながら苦しみ悶えている。
女の足で蹴られたぐらいで、大げさなヤツだな。
そう思ったから、俺は気にしなかった。
変わりに目を向けるのは、砂に落ちたアイス。
「あ」
黒髪が持っていたアイスだ。
蹴りを入れた瞬間に、手を滑らせてしまったんだろう。
残念そうにそれを眺めていた黒髪に、俺はもらったばかりのアイスを差し出した。
「食べて」
「え?ありがとう。......でもいいわ。それは貴方に買ってきたんだもん」
「俺、海入るから。食べて」
無理やり気味にアイスを押し付けると、シートの上に放置してあった浮き輪を手にした。
「先輩。これ食べ終わったら行くから、ちょっと待ってろよ。一緒に遊ぼうぜ」
もごもごアイスを舐めながら、坊主が見上げる。
......相変わらず、こいつに見られると、睨まれているような感覚になるのはなんでだろう。
俺は首を振った。
「いい」
「は?」
ぽかんとした表情の坊主に背を向けて、海を目指す。
「何だよあいつ!」そんな声が聞こえたが、俺は振り返らなかった。
浮き輪のおかげでぷかぷか波に浮かぶ。
きゃいきゃい騒ぐ子供が、傍を通り過ぎた。
指は水分に濡れてふやけてしまった。
全身しわくちゃだ。
そろそろ上がりたい気もするけど、あのパラソルのあるところには戻りたくない。
俺がいない方が、やつらも気兼ねしないだろ。
波間に揺れていると、それだけで気分が悪くなってきた。
これも船酔いっていうのか?波酔い?
ばしゃばしゃ泳いで、海水浴場を囲むように設置してあるテトラポットに向う。
時間をかけてたどり着き、腕の力でよじ登った。
浮遊感がなくなって、一気に重力を感じる。
......ぬいぐるみが水分含んだ見てえ。体が重い。
乾いたテトラポットの上に横になり、浮き輪も流されないように置いておく。
あー、気持ちわりい。
ぐでっと横になっていると、「おい」と声を掛けられた。
「......」
見れば、眉間に深い皺の刻んだ坊主。
どうしてここがわかったんだ?
不思議に思って見ていると、はあ、とため息を付かれた。
「なああんた嫌がらせ?声かけたのに、無視してさっさと沖の方に向かうし」
......気付かなかった。声かけられてたなんて。
「さっきだって『いい』ってなんだよ」
こいつ、そんなこと言うために俺の後ついてきたのか?
じっと見つめると、ますます皺が深くなった。
「ああ?何とか言えや」
「......別に」
どう答えていいかわからない。
でもこの答えも、坊主は気に入らなかったみたいだ。
「別にって、なんだてめえ。馬鹿にしてんのか」
強く肩を捕まれる。
震えそうになるけど、奥歯を噛んで耐えた。
別にこいつは俺を脅そうとしてるわけじゃない。はず。ただ見た目と言動と性格が怖いだけで。
「おい。......っと」
ぐっと引っ張られると、頭がぐわんと揺れた。
あれ?
ぽすっと坊主に寄りかかってしまった。
「......お前」
うわ、ごめんなさい。
慌てて身体を離そうとしたらまた眩暈。
な、なんだ?
「酒臭い。なんだ、酔っ払ってんの?」
道理で様子が変なわけだと、坊主は納得したようだった。
え、なに、俺酔っ払ってんの?
他人に指摘されると、急に酔いが回ってきたような気がする。
気持ち悪さは半減して、変わりに高揚したような気持ちになった。
へら、と笑うと坊主は気持ち悪そうに俺を見た。
「危ないヤツだな。酔っ払って海に入るなよ。溺れるぞ」
それから周囲を見回す。テトラポットが海に詰まれた状態のものとわかるとチッと舌打ちした。
「なんだ、陸路ねえのか。......しょうがねえな」
横になるように促されて、俺はごろんと横になる。
「カズ連れてくるから、ここ動くんじゃねえぞ」
背を向けた坊主の腕を、俺はがしっと掴む。
「あ?」
振り返った坊主にガン付けされた。
ふるふると、首を横に振る。
呼ばれたくないんだけど、あいつ。
目でそう訴える。
「わけわかんないんだけど。口で言え口で」
呆れたようにそう呟くと、坊主はあっさり俺の手を離して飛び込んでしまった。
......。
普通そうだよな。そう思うよな。
けど、あいつ。俺が黙ってても何にも言わない。
なんで?
浮き輪を手にして、俺も海に飛び込む。
懸命に追いかけても、坊主はどんどん離されていく。
浮き輪を手放せば、もっと早く泳げるかもしれないが、その前に俺は溺れる自信がある。
だから命綱は手放せない。
「!」
息をしようと浮き輪にすがり付いて口を開いたところに、ざぶっと波が来た。
げふ。
......海水不味い。
鼻の奥がつんとした。
それ以上泳げなくて、ぎゅっと浮き輪にしがみ付く。
溺れたく、ないんだけど。
もう駄目かも、なんてあっさり諦めかけてると、ぐいっと腕を捕まれた。
「......手間かけさせんじゃねえよ」
心底嫌そうに、舌打ちをされる。
ごめんなあ、坊主。怜次、だっけ?ほんとごめん。
極力暴れず、坊主に引っ張られるままに陸に向かう。
足が付くところまで戻ると、手を離された。
「......なあそれ嫌がらせかよ」
砂浜に上がろうとして、波に足をすくわれてがぼがぼ溺れる俺に、坊主は深くため息を付いた。