7月-9
そうして、俺が砂の上で蒸し焼きになってしばらくして、誰かが戻ってきた。「ともあきさん」
......そういう風に俺を呼ぶのは、あいつだけだ。
「なにやってんの」
瞼を閉じていてもわかる、突き刺すようだった光が遮られる。
うっすらと開けば、ヤツが日の光を背に俺の顔を覗き込んでいた。
「ひ......」
「ひ?」
「日干し」
そう答えると、ヤツはちょっと笑って手を差し出す。
「からからに乾いちゃうよともあきさん。パラソルの下に戻ろう」
確かに、身体の中の水分が全部吹き飛んだような感覚だ。
差し出されたコンビニ店員の手を握り、俺は立ち上がった。
「......」
「ちょ、大丈夫?!」
足元のふらついた俺に大げさに驚いて、ヤツが支える。
ちょっとくらっと来ただけだ。触るんじゃねえ。
そのヤツの手を払い、俺はパラソルの下に戻った。
「熱射病か、熱中症になってるんじゃないの?」
ほら、とクーラーボックスから缶チューハイを取り出して差し出してくる。
......どうしてそこで、ナチュラルにアルコールなんだ。
俺は顔をしかめて、クーラーボックスの中を覗き込んだ。
ビール。缶チューハイ。カクテル。
どれもこれも、アルコールのある飲み物ばかりだ。
唯一入っていた烏龍茶に手を伸ばすと、「それ駄目、運転手用」と断られた。
可哀相に......。
アルコールを飲ませてもらえない坊主を思い出して、少しだけ同情する。
「ほら」
頬に押し付けられる缶。
ひゃっこくて、気持ちいい。
缶を受け取って、俺はそれを自分の体の上で転がす。
腕を擦ってみたり、腹の上に置いてみたり。
首筋にあてると、血液がすうっと冷えるような感覚があった。
「飲まないの?」
いつまでも遊んでいて、口をつけようとしない俺に、ヤツは缶を開けながら尋ねてくる。
アルコール嫌いなんだよ。
「これ、ジュースみたいで甘いよ。アルコール入ってないみたいに弱いし」
甘いのも嫌いなんだよ。だからアイスも嫌い。......いや、でも今だったら食えるかな。
ヤツは、自分の飲んでいたカクテルを、俺に差し出した。
俺はそれをじっと見つめる。
見つめるだけで、受け取らない。
「ほら、早く受け取らないと零れるよ。ともあきさんも濡れるよ」
そんなことを言いながら、俺の上で缶を傾ける。
どれほどの中身が入っているか知らないが、そんなことをしたら本当に零れる。
俺が濡れるのは構わないが、荷物もあるシートの上で、そんなことをし始めるヤツの神経が信じられない。
缶の口から中の液体が見えた。......あ、零れる。
ちゅ。
口に押し当てたカクテルは、ヤツの言うようにジュースのようではなかった。
アルコールの匂いと、しゅわしゅわ炭酸がキツイ。
普通にカクテルじゃねえか。
ヤツが傾けてくるから、俺は中の液体を飲みながら睨んだ。
「ともあきさん、」
ヤツの声がかすれた。
シートに付いたままの状態だった手を握られる。
俺の手が、熱い手に持ち上げられて缶を握らされた。
「自分で、持とうね」
ぱっとヤツの手が離れる。途端に、俺はゴフっとむせた。
缶の口から溢れたカクテルが俺の首筋を伝う。
「だ......大丈夫?」
げほげほうるさい俺に、ヤツは心配そうに手を伸ばすが、その手は途中で止まって背中をさすってくれない。
お前が缶を傾けるから、受け取るより先に飲んだんじゃないか。
くそ、結構飲んだぞ俺。
八つ当たり気味に宙に浮いたままの手を睨み、その手をパシッと叩いた。
中身のだいぶ減った缶をヤツに突き返し、俺は膝を抱える。
「ごめん。怒った?」
ヤツの目が俺を見れず彷徨う。
思い切り頷いてやろうかと思ったが、ぴんと閃いて、変わりにいつの間にかシートに落ちていた缶を拾った。
俺が体を冷やすのに遊んでいたやつだ。
プシ、と缶を開けると転がっていたせいで、普段よりも炭酸が飛び散る。
クーラーボックスに入っていた時よりも温くなっているはずだ。
「ともあき、さ......」
ぱたたっ。
缶を傾けると、アルコールがヤツの体を濡らした。
「うわ、ちょっ」
シートから砂浜に逃げていくヤツを追いかけ、その背中にもかけてやる。
サーフパンツの上からも、酒をこぼしてやった。
ぎゃっとか、おわっとか騒ぐヤツが面白くて、気付けば缶の中は空だ。
「......なんだよ急にさあ」
海水とは違う全身のべたつきに、顔をしかめていた。
抵抗せずに俺にされるままに逃げていたコンビニ店員はへらりと笑う。
「機嫌、直って良かったけど」
......。
俺は、無表情に見返す。
ヤツの背後に、何かを手に持って戻ってくる坊主と茶髪と、黒髪が見えた。
「薫さん」
俺の口から出た言葉に、ヤツの顔から笑顔が消える。
「美人だよね」
お似合いじゃねえ?......お前と。
コンビニ店員は少し驚いた表情で俺を見る。
口が、何か言いたげに開いた。
と、その隣を黒髪が通り過ぎて俺に近づいてきた。
遠目ではわからなかったが、手に持っているのは棒付きアイスだ。
「アイス買ってきたの。好きなんでしょ?和臣から聞いたわ」
黒髪がにこやかに、手にしていた三本のアイスのうち、一本を俺に差し出す。
「ありがとう」
俺のアイス好きの誤解は、まだ解けてない。
もう、今更訂正も面倒になってきた。
受け取って、もうすでに溶け始めているアイスを握る。
「あつー」
「薫ちゃん日陰おいで~焼ける~」
坊主と茶髪は、早々に日陰に避難していた。
「この間」
茶髪に呼ばれてパラソルに向かっていた黒髪が、俺の声に振り返った。
「ハンカチ、ありがとう。後で、返す」
「あら、持ってきてくれたの?別に良かったのに」
微笑まれて、俺は微笑み返した。