6月-3

 なんで俺が、と思う。
 仲直りってなんだ、直すほどの『仲』じゃねえ。
 話しかけてくるコンビニの店員と、その客っていう仲でしかないはずだ。
 三人の懺悔を聞いて、俺はぐるぐるしながら自宅に戻ってきていた。
 自分の部屋まで綺麗に片付けられていて、妙にこざっぱりとした部屋のベッドで、ごろごろ転がる。
 聞けば、あの三人も、コンビニ店員も、大学3年生らしい。
 まだ21歳か22歳。若い、若すぎる。
 詫びで髪なんて切れるほど勢いがあって羨ましい。
 『友達になって』
 そんな恥ずかしい誘いを掛けられるほど、若いなんて羨ましい。
 店員の笑みが浮かぶ。
 俺の手を握った手。
 少し、汗ばんでた。離したくても離してくれなくて。
 少しの間、一ヶ月前にトリップしてると、下の階からただいまと低い声が聞こえた。
 お帰りと応じるのは母だ。
 父はしばらく出張だと聞いている。
 ならば、帰ってきたのは兄だ。
「......」
 俺はのっそりと立ち上がって、部屋を出た。
「お、出迎えご苦労」
 ネクタイを緩めて靴を脱ぎながら、兄がにやりと性格悪そうに笑う。
 俺はそんな兄に、ずいっと手を差し出した。
「何」
 その手と顔を交互に見られ、問いかけられる。
「アイス、もうない」
「ああ?」
 眉間に皺が寄る。
 不機嫌そうなその様子に、俺は若干逃げ腰だ。
「そうなのよ、お兄ちゃん。この子ったら帰ってきたら、アイス嫌いなのに全部食べちゃって」
 母が手を拭きながら、台所から玄関へと出てきた。
 そうだ。こいつが好きなアイスは、家族分共々俺の胃に収まった。
 甘すぎるアイスを三つも食べるのは、胃に多少の強制を強いたが。
 食べた後に冷えた腹が、ごろごろ鳴ってしょうがなかった。
「金」
 かねよこせ。アイス買ってくるから。
「......昼間、出かけたのか」
 母の帰ってきた、の言葉に俺が出かけていたことを知った兄が、意外そうに呟く。
「バルサン炊いた」
「ああ」
 部屋にいたら虫と一緒にお陀仏だよな、と笑いながら、兄は財布を取り出した。
 差し出された手の平に置かれたのは二千円。
 いつも渡される金額より多い額に、俺は首を傾げる。
「アイス、食べ切っちまうほど好きになったんだろ?その金で買えるだけ買え」
 そして俺の前で食べて見せろと笑う兄には、悪魔がついているに違いない。
「もし食べれないなんて言ったら、アイアンクロー掛けてやる」
 いや、こいつこそが悪魔だ。
「ほら、早く行って来い」
 兄が使っていた傘を手渡され、俺はさめざめ降る雨の中、家を出た。

 自転車で向かうよりも時間を掛けてコンビニに向かう。
 あいつがいるコンビニだ。
 自動ドアが開くと、いらっしゃいませと声を掛けられた。

 傘を出入り口のそばにあった傘たてに突っ込む。
 コンビニの中は、クーラーが聞いて肌寒かった。
 外の、むわっとする湿気を含む温度とは段違い。
 寒さにわずかに腕を擦り、雑誌コーナーに進む。
 週間雑誌をぱらぱら立ち読みし、それに飽きたところでおかしコーナーやカップめんの並ぶ棚に向かった。
 ついでに、痛いほどの視線が俺についてきた。
 コンビニ内には、俺以外に客はいない。
 店員は、一人。あの野郎だけだ。
 この時間帯ならだいたい二人のはずだが、もう一人は休憩で奥にでも行っているのだろう。
 よし。誰か来る前に買ってしまえ。
 いつものクリスピーサンドを三つ。そして箱のアイスを2箱。
 弁当コーナーを通り過ぎようとして、ちょっと足を止め、おにぎりを一つ手に取った。
 カゴなんて持たないから、持ちにくいままに商品を手にして、レジにつくと乱雑にカウンターに置く。
 いつもなら、不必要なほどに愛想が良い店員は、今日は静かだった。
 1617円ですと答えて、アイスと一緒におにぎりを袋に詰めようとするので、俺はむっとしておにぎりを指差した。
 違うだろ、お前。
 ここは、暖めますかって、聞くところだろ。
 手の動きは止まったが、お決まりの台詞は聞こえなくて、仕方なく俺の方から「あっためて」と声を掛けた。
 店員が電子レンジにおにぎりを入れる。
 そして、受け皿に俺が置いた金に手を伸ばした。
 ガシ。
 その手の首を掴むと、店員の体が面白いほどに跳ねる。
 でも何も言わない。
「......」
 なので俺も何も言わず、男の手の平を上に向けた。
 なんだてめえ、手、汗びっしょりじゃねえか。
 軽くその汗を指で拭い、ポケットから油性ペンを取り出す。
 手の平のど真ん中に書くのは、俺んちの電話番号。
 それから少し考えて、平仮名で俺のフルネームを付け足した。
 俺はこいつの名前、胸のプレート見て知ってるけど、こいつは俺の名前知らないんじゃね?と思ったからだ。
 俺が手を離すと共に、電子レンジがチンと音を立てて止まった。
 なのに、こいつは動く気配がない。
 おい。おにぎり詰めろ。俺は帰って兄の前でアイスを食べるという、苦行を行わねばならんのだ。
 手元だけを見ていた俺は、店員の顔を見上げてぎょっとした。
 ぼろぼろと。
 そらもう豪勢に泣いていた。
 ちょ......ぐっちゃぐちゃだぞお前。
 ハンカチなんてものは持ってない。
 仕方なく服の裾でぐしぐしと顔を拭いてやる。
 男は驚いたように俺を見た。
 なんか言え。もしくはさっさとおにぎりを袋に詰めろ。
 しかし店員は固まったままだ。
 焦れた俺は、カウンターの中に勝手に入り込むと、電子レンジからおにぎりを取り出して、アイスと一緒に袋に突っ込んだ。
 そしてその袋を引っ掴んでコンビニを出た。
 背後から奴が「おつり!」と呼ぶのを聞いていたが、そんなんで俺が止まると思っているのか。
 容赦なく雨が俺にぶち当たってくる。
 傘を取ってくるのを忘れた。取りになんて戻れない。
 俺は走った。途中でこけた。濡れたけど寒さなんて全然ない。
 むしろ暑い。......熱いのか?よくわからない。
 行きの半分の時間で家に帰って、俺は兄に袋を突き出した。
「おま、......とりあえずシャワー浴びて来い」
 呆れた表情の兄は、袋を受け取りながら濡れ鼠の俺を風呂場に追いやった。
 そして、傘を忘れたこと、アイスを暖めたおにぎりと同じ袋に入れたことで、俺は悪魔のプロレス技にかかることになった。
 半分溶けたアイスは、無理やり俺の腹の中に納められた。
 むかつく。

←Novel↑Top