番外編-10


 和臣と廊下を歩けば、ひそひそと陰口を叩く子もいる。
 髪も長めだし身長ばかりひょろっと高くて、持ち物は女が好むようなファンシーなアイテムばかり持つ僕。
 本当なら女子の方が話が合うんけど、僕がいじめられるようになってからは、皆一線を置くようになってしまった。
 変わらないのは和臣ぐらいだ。......まあその和臣も、他の人には一線を置かれている。
 ガラは悪いし、なによりお父さんのことで、良くない噂ばかりが立っていた。
「何見てんだよ。あ?」
 和臣がじろりと睨みつけると、僕らを見て何かを友達に囁いていた女子は、泣きそうな顔でどこかに走り去ってしまった。
 かわいそうだなと思うけど、ちゃんとそういうことを言える和臣を尊敬してしまう。
 敬う気持ちを込めて、同じぐらいの身長の和臣に視線を向けた。
 と、僕の視線に気付いた和臣が顔を向ける。
 しばらく見詰め合った後、照れたように和臣が視線を逸らした。
「お前も見てんじゃねえよ」
「いたっ」
 軽く肩を殴られて僕はふら付いた。
 いったあ。なにすんだよ。
 僕が睨むと、和臣は素知らぬ顔を視線を逸らした。
 その仕草が子供みたいで、少し笑える。
「かず」
「一之瀬ッ!何やってるんだ!!」
 話しかけようと名前を呼びかけたところで、僕の声は大きな声にかき消された。
「ああ?」
 和臣が面倒そうな表情で、視線を向ける。
 運悪く、和臣が僕を叩いたところを、前から歩いてきた体育教師が目撃したらしい。
 険しい表情で寄ってきた。
「今大越を殴っただろう」
「はあ?別にこんぐらい平気だろ薫」
 確かにちょっと痛かったけど、僕も男だしこのぐらいは平気。
「う、うん」
 僕は慌てて頷く。
 だが、それがまたいけなかったらしい。
 先生はますます険しい表情になる。
 あ、これは、何か勘違いしてる。
 そう思ったけど、遅かった。
「一之瀬、ちょっと来い」
 教師は和臣の腕を掴んだ。
「なんだよ。離せさわんなッ」
「良いから来い!」
 ぐいっと引っ張られる和臣は、その先生に対して嫌悪も露だ。
「せ、センセ、別になんでもないんです」
「大越はいいから。心配しなくて。......髪も染め直せと言ったよな一之瀬」
「うっせえな!このハゲ!離せっつってんだろッ!」
 勘違いをしたままの先生は、和臣のこと引きずるように歩き出す。
 和臣も大人しくすればいいものを、派手に抵抗するから、余計先生たちの心情が悪くなってしまう。
「あの、ホントになんでもなくて......」
 声をかけるが、怒鳴り合うような2人には気付いてもらえない。
 遠巻きなギャラリーも増えていく。
 そのうち、騒ぎを聞きつけたのか、他の先生もやってきた。
「こら!ここで騒ぐんじゃない!!」
「ふざけんなボケ!死ねッ!」
「一之瀬ッ」
 怒鳴りあう廊下に、チャイムが響いた。
「ほら、お前ら教室に戻れ。授業が始まるだろう」
 和臣は2人の体育教師に連れて行かれ、他の教師が生徒を散らす。
 僕も教室に追いやられた。
「......」
 とぼとぼと、教室の中では後ろの方にある自分の席を目指しながら、ため息を零す。
 別に、和臣は悪くないのに。
 椅子に座ったところで、急に目の前が暗くなった。
「か・お・るちゃーん」
「!」
 その声に、驚いて僕は顔を上げた。
 にやっと笑って前に立っているのは、僕を散々馬鹿にする、2人の男子。
 身長は僕より大きくて、意地の悪い笑い方をする林と新城だ。
 他の生徒とはただ単に馬鹿騒ぎするだけのヤツらだが、僕の前に来ると、態度が一変する。
 平気。平気だ。怖くなんてない。
 ぎゅっと握った手の平に、冷や汗が吹き出た。
「い、ま......授業ちゅ......」
 声が、掠れた。
「なーんか一之瀬のことで、少し始まるの遅れるってさ。薫ちゃんざんねーん」
「やあんこわいの~一之瀬くんまもってえ」
 新城がわざとなよっとした言い方をして、林が笑う。
 僕は何も言い返せずに俯いた。
「ほんっとお前ってちんこついてんの?」
「自分で言い返せないからって、一之瀬にばっか頼るのずるくね?」
「もうガッコくんなよ」
「ホントうぜえ。キモイし」
 両側から掛けられる声に、ぶわっと感情が乱れる。
 奥歯を噛み締めて涙を耐えた。
 こんなことで泣いたら、またからかわれるだけだ。
「お前らそのぐらいにしといたら。なんで大越ばっかり構うんだよ」
 うんざりしたような声。
 それはずっと前の方の席から聞こえた。
 僕は俯いたままだから、言った相手がどんな表情しているかわからない。
「的場」
「なんだよお前、薫ちゃんの味方すんの?」
 2人は、僕から怜次にターゲットを変えたようだった。
 僕を威圧するように立っていた、2人の気配が遠ざかる。
 それで、ようやく視界の中に怜次が入る。
 ごく自然に机に寄りかかりながら、怜次は僕の方を見ていた。
 表情は、なんだか微妙。
「味方っつうか。いや、なんかお前ら......大越好きなの?」
 怜次が不思議そうに尋ねると、2人は一気に吹き出した。
「ねえって!」
「笑わすなよ!」
 けらけら笑う腹を抱えて笑う2人に、怜次は言葉を続けた。
「だって、いっつも構うじゃん。......なあ?」
 怜次は隣の席で興味なさそうに漫画を読んでいた、クラスメイトに同意を求める。
「え、あ、まあそうだよなあ」
 1人がそう頷くと、別のところからも声が上がる。
「だよねーあたしもそう思ってた」
「なんか、構いたくて構いたくて、仕方ないって感じー?」
 ばらばらと出てくる意見に、林と新城が戸惑う。
 2人は立ったままだったから、目だって教室内の視線が集まり始めた。
「はあ?!」
「何言ってんだよお前ら......ねえだろ薫だぜ」
「だよな」
 微妙な雰囲気が流れて、2人は居心地悪そうに互いに視線を合わせている。
 すると、教室内のひそひそとした囁きが、僕の耳にも入った。
「下の名前、呼んでるところとかさあ」
「ほんと、別に『大越』でいいのに」
 本人たちには内容は聞こえない。けど、あきらかに林と新城に対して言ってるような言葉。
 それを聞いた僕は、2人を見上げてから怜次に視線を移した。
 すると、怜次と目が合う。
「......」
 怜次は少しだけ笑って、前を向いて教科書を眺め出した。
 なんか......ムカつく!
 流れを変えてくれたのは怜次だけど、それを素直に感謝するのが癪だった僕は、ぷいっと視線を外に向けた。
 ざわついたままの教室に、ドアが開く音が響く。
「なにしてるんだ?林、新城席に着け。ほら一之瀬もだ」
「......」
 教師が、教室の前のドアから和臣を伴って入ってきたのだ。
 無理やりに連れて行かれた和臣は不機嫌そうに顔を歪めているが、その表情からしても、それほどひどい扱いを受けたわけではないようだ。
 よかった......。
 ホッとした僕は、和臣に視線を向ける。
 にっこり微笑みかけると、和臣もそれに気付いたようで少しだけ表情を緩めた。
 そのとき。
「せんせー。俺、殺人犯の息子と一緒に授業したくないでーす」
 ばっと、全員の視線が林に向く。
 先生と和臣が来る前の雰囲気が、よほど気に食わなかったのだろう。
 言った台詞には新城も、他のクラスメイトも驚いたような表情になった。
 そして、次に気まずいように視線を下げる。
「てめ......ッ」
「止めろ和臣ッ!」
 挑発された和臣が、林に殴りかかった。
 傍にいた怜次がすぐに止めに入り、そして先生も止めに掛かる。
「お、落ち着け一之瀬!」
「うるせえ!ぶん殴らせろッ」
 怒鳴るが、和臣は2人がかりで止められて動けない。
 それを一瞥した林は自分に害が及ばないのを知って、自分の席に座ろうとしたところで、固まった。
「しんっじらんない!馬鹿だろお前!!」
 驚いた表情で、怒鳴った僕を見る。
 その視線は、他のクラスメイトも一緒だった。
 僕と、林の間にいた生徒は、慌てて席を立って逃げる。
「いっぺん死ねッ!!」
 持ち上げていた机を、僕は林にぶん投げた。
 距離が離れていたせいでそれは、本人まで届かない。
 がこんと床に落ちたのを見て、僕は舌打ちして林に飛び掛った。
 髪の毛を掴んで引っ張る。蹴る。殴る。
「いってえええ!」
「和臣に謝れよッ!!」
「大越落ち着きなさい!」
「きゃああ!!」
 もう、阿鼻叫喚。
 このときの僕は、ものすごく興奮していたからよくは覚えてないけど、それはそれは結構な騒ぎになっていた。


←Novel↑Top