番外編-11
僕は10日の家庭謹慎処分。和臣は5日、最初に暴言を吐いた林も3日の謹慎処分を受けた。
散々暴れたことで、学校に呼ばれたうちのお母さんは『うちの薫、内気で困ってたんです。ありがとうございました』とずれた礼を言い、先生を驚かせた。
元々僕の可愛いもの好きな性格も、天然な性格のお母さんから来たものだ。私服だった小学校の頃なんて、似合うからという理由で女の子の服を与えられていた。
もちろん僕も好んで着ていたから別段問題はない。......筈だと思う。
「薫ちゃんうちにずっといるね」
「いなくちゃいけないんだよ」
日がな一日、謹慎中にこなせと出された課題を、その日も家の居間でやっていると、小学生の弟が寄ってきた。
「ふうん」
ぱちりと瞬きした弟は、出された課題が書かれた一覧表を見つけると、そこに何かを書き込み始めた。
「隆俊?」
不思議に思って弟を呼ぶと『出来た』という声とともに、紙を突きつけられた。
『たかとしくんのレベル上げ』
課題の一覧表の一番下に付け足された文字。
「ゲーム、やっぱあと5レベル上げないとクリアできないんだ。だからにいちゃんやって」
「自分でやりなさい」
ぺちんと額を叩くと、やっぱりだめかと肩を落とした。
「宿題写させる代わりに、宮前にやらせるかなあ」
ぶつぶつと呟く弟。僕も十分変わってる自覚はあるけど、弟はもっと変なヤツだった。
「もーいい。出てくる」
少ないお小遣いが入った財布を手にする。
気分転換に、駅前のファンシーショップまで行ってこよう。そう思ったからだ。
「家にいなくていいの?」
お母さんは主婦だけど習い事に行っていていないし、お父さんはお仕事。
だから、家には学校から帰ってきた弟しかいなかった。
「隆俊が他の人に言わなきゃね」
そう言って僕は家を出た。
お揃いにしてくれると言った教科書のブックカバーは、家庭謹慎処分になったせいで買いに行けてない。
......僕が買って、プレゼントしたら使ってくれるかなあ。
『ありがとう、大事にするよ』なんて、笑顔を浮かべてくれる和臣を想像して、僕はきゃっと赤くした頬を押さえた。
駅前に向かうために大通りを歩いていく。
その間にも、楽しい想像は止まらない。
「薫!」
そう、こんな風に名前呼んで抱きしめてくれたら、なんて妄想を拡げていたら、ぐいっと腕を引っ張られた。
呼びかけが、自分の想像ではないことに驚いて僕は振り返る。
するとそこには僕の妄想を体現したように、和臣が立っていた。
学校のものとは違うジャージを着て、肩には重そうにスポーツバックを担いでいる。相変わらず明るい色の髪の毛。
「ちょうどいいや、お前も来いよ」
「えっ?」
そのまま手を繋がれて引っ張られた。
熱い手の平の温度に、僕は顔が赤くなる。
僕の謹慎期間はまだ終わってないけど、和臣の謹慎期間は終わったのか、なんて別次元の脳が考えた。
「ど、どしたの?」
「今俺家出中なんだ。これからダチんとこ行く」
「僕も?」
「そ」
何だか良くわからないが、和臣に望まれるのなら拒む理由はない。
そのまま、僕は和臣に連れて行かれた。
......繋いだ手が恥ずかしかったけど嬉しかった。
2人でたどり着いたのは、駅の反対側にある、この地域では比較的新しい新興住宅街。
その中でも一際大きい家のチャイムを、和臣は何の躊躇もなく押した。
しばらくすると、門戸の脇にあるインターホンから声がする。
『はい』
「俺。開けて」
『ホントに来たのかよ。まあいいけど』
連れてこられただけの僕はそわそわ、そんなやりとりを聞いている。
ここが誰のうちなのか、表札を見ればいいのだと気付いて、僕は和臣の後ろからそっと門の辺りを覗き込んだ。
しゃれているのかどうなのか、ローマ字表記になっている。
「えーと、えむえー、ま、......MATOBA......的場?!」
僕が知ってる的場は、1人しかいない。
驚いて声を上げると和臣が僕を見た。
「しっかり謝れよ。怜次、ひどいことになってんだから」
そう告げた和臣の後ろで、家のドアが開いて同級生が出てきた。
坊主頭の小さい野球少年。
「薫、なんで......」
僕の顔を見た怜次は、驚いた表情で立っている。
その表情を見た僕も言葉を失った。
目の周りは青く腫れ、口元は切ったのか絆創膏が張られている。頬骨の辺りにも、大きなシップ。
「なに、その顔......」
呆然と告げると、怜次は顔をしかめた。
何か言いたげに口を開くが、すぐに閉じて視線を逸らす。
すると、和臣があっけらかんと言った。
「俺とお前でこうしたんじゃねえか」
「えっ?!」
「こいつ、一生懸命俺らを止めてくれたんだよ。覚えてない?」
「覚えてない......」
あの時目に入ったのは暴言を吐いた林だけだ。
林と林の両親には、あのあとに面会されて先生から謝るように催促されたが、絶対僕は謝らなかった。
そのあとは謹慎に入ったから、他にも殴っていたことなんて知らなかった。
急に知らされた事実に、僕はさあっと顔を青ざめる。
ほ、他にも殴ってたらどうしよう。
「ご、ごめん的場っ!僕、興奮してて......痛くない?」
門の中に入ると、慌てて近づいて謝る。
僕より身長の低い的場を見つめて、そっと手を伸ばす。
手が頬に触る寸前、真っ赤になった怜次は身体を引いて避けた。
さ、避けられ......。
落ち込みかけた僕に、怜次は畳み掛けるように言った。
「だ、大丈夫だから!俺、丈夫が取り柄だし。そ、それよりお前も泊まんの」
「え?」
首を傾げると、ぱたぱたと無意味に動いた怜次の手が和臣を指差す。
「こいつ、うち泊まるんだけど、あと1人ぐらいなら別に......」
「いいじゃん薫!泊まろうぜ!おばさん怒んないだろ」
後ろから和臣ががばっと抱き付いてくる。
和臣に他意はないんだろうけど、僕は本気で今の瞬間に死ねたらいいのに、なんて思った。
お母さんとお父さんに許可をもらってなかったから、その場は一旦家に帰った。
習い事から帰ってきたお母さんに泊まりに行っていいかと尋ねたら、飛び上がって喜ばれた。
「薫ちゃんったら、喧嘩もしてきたし、お友達の家にお泊りだなんて立派になって......」
「......い、行ってくる」
「次は是非うちに来てもらってね」
お母さんは僕に喧嘩が出来る友達や、泊まりに行き来できる友達が出来てよかったと喜びたかったらしい。
涙ぐまれながら見送られた。
いろいろ訂正したかったけど、なんだか僕に都合の良いように誤解しているようだったからそのままにしておいた。
僕が謹慎中だということを、皆忘れてる気がする。
けどまあいいか。
和臣と一緒にいられることに上機嫌だった僕は、怜次の家に向かった。
「怜次ったら、女の子がお泊りなんて聞いてないわよ」
玄関で出迎えてくれた女性の人は、たぶん怜次のお母さんだ。
その人が戸惑ったように僕を見下ろす。
少し長めのチェック柄の赤色チュニックに、ジーンズ。それに着替えを入れた白のバッグ。
髪の毛も長いし、女顔だからそう誤解したのも無理はないと思う。
困惑されて、僕も釣られて困ってしまう。
「えっと、あの僕......」
言いかけたところで、ずだだだだっと階段を駆け下りる音が聞こえた。
見れば、怜次と和臣が玄関に駆け寄ってきていた。
「母さん!そいつ男だよ」
「ええッ?!」
「ほら行こうぜ薫!」
ぐいっと和臣に手を引っ張られて、僕は慌てて靴を脱いだ。
「あ、あの、お邪魔します!よろしくお願いします」
それだけ告げて、僕はまっすぐ怜次の部屋に連れ込まれた。
怜次の部屋は広かった。大きいテレビもあるし、コンポもゲームも揃ってる。
2人はテレビゲームをしていたようで、僕も混ざって遊んだ。
格ゲーや色んなゲームで遊んで、途中に夕飯で呼ばれてご飯を食べて。
家とは違う楽しさといつになくはしゃぐ和臣を見れた僕は、ますます気分が良かった。
「3人ともお風呂入っちゃいなさい」
ご飯を食べ終わった後はそう勧められて、3人で順番に入る。
一瞬、一緒にお風呂にと思ったけど、さすがにそれはなかった。
最初に和臣、次いで僕、怜次は最後。
広いお風呂に、これなら一緒に入っても大丈夫だったんじゃないかと悔やんでから、さっとシャワーを浴びて出た。
「あ、布団敷いたの?」
ベッドは怜次が使うとして、並んで引かれた布団に僕は少しだけ喜ぶ。
2人はまたゲームに熱中していたみたいだった。
「あ、おばさんが敷いてくれたー」
振り返らずに布団の上に座った和臣が説明する。
その手にはコントローラー。
「ああっくそ和臣卑怯だぞ、それ!」
「へへっ!」
にやっと笑って、楽しそうにゲームをしている2人。