番外編-21


 嫌だったが謝って、怪我させたことは許してもらった。
 恋人にも同じように暴力振るったりするの?とちくりと嫌味を言われたが、拳を握り締めて耐えた。
 女がいるような飲み会には、二度と参加しねえし、もうしばらくは酒は飲む気になれない。
 半端ない勢いで気力を削られた俺は、帰り道すがら、ケイタイがチカチカ光っていることに気付いた。
『白菜、葱、豆乳、肉』
 ともあきさんからのメールだった。
 そっけない。買って来いという趣旨のものだというのはわかるが、そっけない。
 これは、もう停滞期なのか。
 普段なら気にならない内容でも、落ち込んでしまう。
 いつもであれば、ともあきさんうちにいてくれてんだ。これは夕食の食材か。メニューはなんだろう。と舞い上がるところなのに。
 言われた食材を近所のスーパーで買って、家に戻る。
「ただいま」
 そう声をかけると、奥から小さく足音が聞こえて、ともあきさんが姿を現した。
「おかえり」
 エプロンをつけたともあきさんは、俺にハグをして、手から購入してきた食材を受け取る。
 いつも通りのともあきさんに癒されつつ、頬に手を添えてキスをしようと身体をかがめた。
 その、ともあきさんの首筋に。
 散らばる、赤い点。
 それを見た瞬間、俺はともあきさんの肩を掴んで、玄関の壁に思い切り押し付けていた。
 がん、と鈍い音。
「いっ......」
 ともあきさんが呻いて、手からスーパーの袋を落とす。
 痛がってる。手を離さないと。
 そう思っても、俺は動けなかった。
「ともあき、さん......首の、どうしたの......?」
 俺が喉の奥から搾り出した低い震える声に、ともあきさんは顔をしかめたまま、俺の首筋に手を伸ばす。
 くい、と指先がハイネックを下げたのがわかった。
「お前と、お揃い」
「!」
 気付かれていた。
 はっとして手を引くと、ぶつけた肩を無言で撫でて、ともあきさんが俺に視線を向ける。
「ごめんなさいともあきさん!これ、別に浮気とかじゃないから!昨日の飲み会で悪乗りされて、付けられただけなんだ!ごめんなさい!俺が悪かったから捨てないで!!」
 すぐさま膝を付いて、土下座。
 ごん、と額が床について、音が響いた。
 これで、別れるとかの話になったら、どうしよう。
 勝手に涙腺が壊れて涙が溢れ出す。
「本当にすいませんでした!もう絶対こんなことないから、許して......!!」
 床にも水滴が落ちる。鼻水も垂れた。
「かず」
 ......くそ。
 飲み会に参加したことによる後悔とは別に湧き上がる、怒り。
「誰だよともあきさんにキスマーク付けたヤツッ......ぶん殴ってやる!」
 悲しみと怒りが混じって、わけがわからない。
 土下座したまま、怒る俺。
「ともあきさんもなんでそんなの付けさせんだよ!俺にはあんまり許してくれないのに......!捨てんのかよ?!絶対俺別れないから!ごめん......でもムカつく!!」
 ああもう。思いつくまま喋る俺の口。
 目の前に見えるともあきさんの影が、動いた。
 土下座したままの俺を置いて、室内に消える。
 それを追いかけることも、ともあきさんの表情を見ることすらできない俺は、床にたまる水溜りを見ていた。
 ともあきさんは、すぐに戻ってきた。
 影が動いて、俺の前でしゃがんだのがわかる。
「かず」
「......ともあきさん俺のこと殴っていいから、罵っていいから、キスマークつけたヤツ殴らせて。殺さない程度に、ぼこぼこにしてやる」
 涙声で訴えると、1つため息が落ちてきた。
「顔上げろ」
 そう短く言われるが、動けない。
 もうお前は要らないと顔を見て言われたら、それこそ立ち直れない。
「キスしたヤツ、いるのに、見ないの?」
「ッ!!」
 ともあきさんが、他人を俺の部屋に入れた?
 嫉妬で気が狂いそうになった俺は、ばっと顔を上げてともあきさんをにらみつけた。
 と。
 バスルームにあったアヒルが、ともあきさんよりも先に目に入る。
「え、」
「殺さないで、やって。篤希が悲しむから」
 いい子にしてたら返す約束なんだ、と告げたともあきさんは、アヒルのわき腹を指で挟んで押した。
 ぴゅっと、俺の顔に水が掛かる。
 何度かわき腹を押して、全部水を俺の顔に出し切ったともあきさんは、少し口の端を上げて、首を斜めにした。
 より露になった首筋。そこにアヒルの口を自分の首に押し当てて、ちゅっと吸い付かせた。
 離すと、新しく出来るキスマーク。
「......」
「俺を妬かせようと、したんだろう、お前。......床、拭けよ」
 ふわりと笑ったともあきさんは、俺にアヒルのおもちゃをぽんと投げ渡す。
 先ほど落とした食材を拾うと、ともあきさんはそのままキッチンへ向かっていった。
 思考が止まった俺が次に動き出したのは、料理を用意し終わって様子を見に来たともあきさんに、顔を拭かれてからだった。
「豆乳鍋食べよ」
「......鍋、なんだ。あつくねえ?」
「美味いから」
 呆然としたままの俺はともあきさんに引っ張ってもらい、立ち上がって中に進む。
 でもその首筋にある赤い跡はやっぱり残っていて、それを見た俺はアヒルをぶん投げると、ともあきさんに飛びついた。
「わっ」
 押し倒されたともあきさんが、声を上げる。
 その彼を押さえ込んで、首筋に残る鬱血に、重ねるように口付けを落とした。
「......んっ、こら」
 強く吸い付くと、それだけ濃い跡になる。
 身を捩ったともあきさんを押さえて、俺は夢中で吸い付いた。
「かずっ」
「ともあきさんでも、この身体に跡を残していいのは俺だけだ」
 抗議の声に、重ねて必死で言い切る。
 すると、抵抗が止んだ。
 エプロンを外し、シャツを脱がす。
 戸惑ったように俺を見たともあきさんは、やんわり腕を押さえてみても止まらないことに気付くと、諦めたように天井を仰いだ。
 俺がもう止まらない状態だということに気付いたらしい。
 ズボンを脱がして下着も剥いで。
 今まで殆ど跡を残すことのなかった身体に、俺は自分の印を付けていく。
「ぁ、ん......」
「ともあきさんを、もっと欲しい。ねえ、全部くれよ。あんたを全部」
 丁寧な愛撫を繰り返しながら、俺は訴える。
 リビングで、襲うなんて今までなかった。と頭の隅で考えるがそれでどうにでもなるものではなかった。
 もっと、欲しい。
「俺をやるから、くれよ」
「やってる」
「足りない」
 ともあきさんの言葉に、即座に反論すると吹き出された。
 目を細めて、優しげに笑ったともあきさんは俺の頬を撫でて、手を握る。
 冷たい手に握られて、俺はぞくっとしたものが背筋を駆け抜けた。
「奪い取れ、よ」
 そんな不敵な台詞に、箍が外れた。


←Novel↑Top