番外編-23
-掌中の珠-
その嵐は、本当に唐突にやってきた。
介護職についた俺は休みも不定期で、かずと合わないことが多い。
けど、珍しく翌日が休みという金曜日。
見たかった映画が地上波で放映するとあって、俺はテレビの前に陣取っていた。
テレビが見やすいように設置されているソファーに正座して、前番組が終わるのをじっと待っている。
「なあ。......ねえともあきさん」
隣にいるかずが俺を呼ぶ。声には甘さがいっぱい含まれていた。
2人で一緒に食事も終えて、俺はさっさと風呂にも入ってこの映画を楽しみにしていたのだが、かずの楽しみは違うところにあるらしい。
まあ、翌朝一緒にだらだらとベッドに寝ていられる機会は少ない。その延長線でいちゃつける機会もだ。
一緒に暮らしてはいるがお互い社会人となった今では、そういった触れ合いはなかなかできない。
今日こそは是非、と思うのもわからないでもない。男なら。
でも二時間半ぐらい待ってくれてもいいだろう。......た、多少の夜更かしなら、付き合うし......。
と、いうことで絡み付いてくるかずの腕を素気無く払ってやった。
「映画終わるまで、待て」
「えー?やだ。ともあきさんの目に俺以外が映るのやだ俺」
わけのわからないことを言うが、かずは俺の視界に入って邪魔をすることはない。
俺が楽しみにしていたことをちゃんと知っているのだ。
しばらくはぶつぶつ文句を言っていたが、本編が始まったところで静かになった。
今日の映画はアクション物だ。爽快で派手なものでストーリーは殆どないらしい。けど、そういう物の方が気軽に見れて俺は好きだ。
画面の中に飛び散る爆発の映像を見ていると、かずがそっと俺に腕を伸ばしてきた。
俺が少し前にずれると、背後から抱き込まれる。肩に顎を乗せられた。
さわさわと服の上から腹の辺りを撫でている。
......。
「待て、って言っただろ、かず」
CMになるのを待ってじろりとねめつけると、頬に手を添えられて唇にキスを落とされた。
「じゃあCMの間だけ構って。それならいいだろ」
かずは唇以外にも頬、耳朶と口付けを繰り返して囁いた。
......まあ、それぐらいなら。しかたねえから許してやる。
身体から力を抜いて寄りかかったことで、俺の心境を理解したのかうなじに吸い付かれる。
少し強めの感触に跡を残されたことに気づいて、俺はかずの手の甲をつねった。
「いて」
かずは結構俺の身体に跡を付けるのが好きらしい。が、俺はあんまり好きじゃない。
キスマークを見ると、かずと一緒にいないときでも身体がもやもやするから。
触られたときの熱い手の平とか、低くて気持ちいい声を出す唇とか、いやでも思い出しちまうから。
怒られたかずは、少しは反省をしたのか、おとなしく俺のクッション代わりになってくれた。
けど、CMに入るたびに俺の身体をまさぐる。身を捩ったり顔を背けたりして嫌がる素振りは見せたけど、一度許可した手前、やっぱりやめろと言い出せない。
そのうち。
「......」
映画もクライマックスになって、胸が高ぶるようなドキドキの展開が待ってるのに、俺はそれに集中できなくなった。
後半になるにつれて映画はCMの時間や回数が多くなる。......映画中、も、早くCMが来ないか、なんてそわそわしだして......。
「んん......ッ」
液晶画面の中で女優さんが振り返った瞬間でCM。のタイミングで、かずは俺の服の中に手ぇ突っ込んで、突起をくりっと摘んで引っ張った。
絶対何かされるのはわかってて、ぜってえ声なんか出すかって意地になってたのにもかかわらず、俺は鼻にかかった変な声を出していた。
耳朶を甘噛みされる。跳ねる身体を押さえ込まれて、俺は仰け反った。
「......っくそ」
お・れ・は!映画見たいんだよ!
盛大に舌打ちした俺は、悪戯を繰り返すかずの手首を掴んで強く引き剥がした。
振り返って不機嫌な顔を堂々と見せてやる。
け、ど......この変態には、もう気づかれてる。
口元には緩く笑みを浮かべて、してやったりの表情。
背後で映画が再開された。女優さんの吹き替えの声でそれがわかる。だけど、俺はかずを睨むままだ。
俺が、もう映画なんて見る余裕がないって気付かれてるのは悔しい。
だけど、緩い愛撫に2時間近く耐え続けた俺を褒めろ。
ああもうクライマックス見たかったのに!
かずは上機嫌そうに指先で俺の頬をなでると、真一文字に結んだ唇にキスをしてきた。
何度もちゅっ、ちゅっと吸い付かれて強情がほどけていく。
緩んだ唇にかずの舌が差し込み、口ん中を舐めまわして俺を強く抱き締めてくる。
言葉以上に態度で目で表情で、『好き』って言われて、俺もかずの首に腕を回す。
すると、ソファーに押し倒された。
俺のことを第一に考える男は、今もいろいろ考えているに違いない。
きっと俺の恥ずかしい格好をオカズに一回出してから、ベッドではゆっくり時間をかけて......とか。エロい事には頭が回るからな、こいつ。
かずの思い通りになったことが悔しくて、俺は服を脱がしに掛かるかずの肩に軽く爪を立てた。
「今度」
「ん?」
「今日の映画、借りて来い」
お前のせいで、俺ちゃんと見れてねえんだぞ。反省しろばか。
髪をぐっと掴んで顔を俺の方に向かせた。肯定を示すようにまたキスされる。
......けっ、誤魔化しやがって。
心の中では悪態をつきつつも、身体は素直に開いてしまう。
服を脱がされてかずも上半身を裸になって、肌と肌が触れ合うともうたまらなかった。
「......っん、ぅ」
「っは......ともあきさん、好き」
「ん」
下半身から密やかな音が聞こえる。かずが自分で慰めているのだ。あいっかわらず、性欲は強いようだが俺には負担をかけないようにしてくれる。
その優しさは、俺はあんま言わないけど、......すげえ、好き。
手をかずの下肢に伸ばして、ソレを握るかずの手に重ねる。
するとかずは俺の手に、ゆだねてくれた。
「......」
俺のより全然でかい。自分の身体にも同じもんがついてるのはわかってるけど、ゆっくり扱いて、かずが気持ち良さそうに目を閉じてるのを見るだけで、俺まですごく気持ちいいような気がする。
「かず」
「......っ」
だんだん手の動きを早くしてやると、かずの声に余裕がなくなってきた。
そろそろイクかも、とかずを押しのけて背もたれに寄りかからせる。
「や。その、ともあきさん、それは」
「うるせ」
俺が身をかがめたのを見て、かずが慌てて引きとめようとした。けど俺は一蹴して完全に反り返ったものの、先端を口に含む。
すでに先走りが滲んでいて、口の中に広がる苦味に眉が寄ってしまうのは仕方ない。
だけど、俺の顔見て引き剥がそうとするのはやめろ。
「うわぁ......」
できるだけ口にほおばって、入らない部分は手で刺激して。下手だけど下手なりに丁寧に。
びくびくと震えるペニスに絶頂が近いのがわかった。俺のことを欲情が灯ったやらしい目で見て、かずが喉を鳴らす。
と、そのときだ。
ピンポーン。
「ッ」
「?!」
来訪者を告げるその音に、かずのが暴発した。
「っ、ケホ......」
喉に打ち付けられる白濁に、俺は息が出来なくて咳き込む。
「うわごめん!」
焦ったかずがティッシュを取って俺の口元を拭いてくれる。
「ごめん!ホント驚いて.........大丈夫ともあきさん」
「へ、き」
口でする機会はあまりないが、更にかずが俺の口に出すことはないに等しい。だからちょっと慣れてなかっただけだ。
喉に絡みつくソレを嚥下して、俺は玄関の方に視線を向けた。
未だに家人を呼び出す音は鳴り続けている。
「こんな時間に、誰だ?」
「俺見てくる。近所迷惑だし」
脱ぎ捨てた服を着込んだかずは、そう言ってリビングから出て行った。
残された俺も高ぶっていた気分が中断されたせいか、肌寒さを感じて脱がされたパジャマを羽織った。
前が空いていると落ち着かなくて、とりあえずぷちぷちとボタンを止めていく。
どうせかずなら、また嬉々として俺の服を脱がしにかかるに違いない。
「ぎゃ、ちょ、待て!待て待て待て!勝手にはいんなって!!」
なにやら切羽詰ったかずの声。
いったい誰が来たんだ?薫さんか?それとも怜次くん?
何気なく視線を巡らして、俺は固まった。
スーツを着込み、ワックスで上げた髪。鋭い眼光の切れ長の目。そこには、前よりも大人の色気とおうか、凄みを纏わせた男がいた。
悪魔は俺と目が合うと、口元をにやりと歪めた。
「折角の日本だが、明日の早朝には出なきゃなんねえんだ。篤希の顔を見れねえのは残念だが、ゆっくりする時間がないし、今から家に帰ると沙紀と母さんに気ぃ使わせちまうから、泊まらせろ」
尊大な態度は相変わらずとしかいいようがなかった。仕事のために妻子を置いて日本を飛び出した兄は、そう振舞うのが当たり前のように俺を見下ろした。
「おら、なにぼんやり座ってんだこのボケ。退け」
命じられて、俺は慌てて場所を空ける。すると兄はごく自然な素振りでそこに腰を下ろした。
足を組んでネクタイを緩めながら、チャンネルを手にして番組を変えている。
まるで部屋の主だ。
「智昭、ビール」
当たり前のように、昭宏はテレビから視線も外さずに言い切った。