番外編-25
「ともあきさんだから、ああゆう反応するんだろうな」
かずはため息混じりに呟いた。
......そうなんだろうか。自分の思った相手じゃないかずを、俺がパートナーに選んだのが気に食わないのか。
一度は俺とかずを引き離そうとした兄だ。俺が強情だったから折れてくれたけど、嫌なことには変わりないんだろう。
「そんなに落ち込まないで、ともあきさん」
すっかり意気消沈してしまった俺は、かずに慰められても浮上できずにいた。
一緒に寝れれば、抱き締めてもらえれば。......せめて、手でも繋げればいいのに、兄の目があると思うとそれもできない。
「じゃあおやすみともあきさん。......センセ」
俺の名前は優しく、そして兄には嫌そうに就寝の挨拶を終えたかずは、名残惜しそうに寝室に消えた。
「明かり消すぞ」
「......ん」
パチンと明かりを消される。
布団の中で、俺は身体を丸めた。
手足が冷えている。いつもならかずが暖めてくれるけど、今日は駄目だから我慢するしかない。
寂しい。
兄に歓迎されてないのも寂しいし、かずと触れ合えないのも寂しい。
そんな思いから、俺はなかなか寝れずにいた。
リビングにある時計の針が動く音が気になる。隣の兄はもう寝てしまっていることだろう。
今何時だろう。明日休みと言えど、寝過ごしたくはないな。
そんなことをつらつら考えているときだった。
人の動く気配がする。それは寝ていると思った兄の方からだ。
なんだ気になるから動くんじゃねえよ。くそ。ホントなんで来たんだよ。......わざわざ俺たちのこと笑いに来たのかよ。
ああもう、俺も性格悪くなってんじゃねえか。ばーかばーか昭宏のばー
「智昭」
名前を呼ばれて、俺の心臓は飛び跳ねた。
起きてるのがばれたのか、心の中で散々罵っていたのがばれたのか。
凄いドキドキしてる俺は息を詰めて寝た振りをする。
反応のない俺に、人の気配は近づいてきた。
ひいいいい。なんだよ恐いよ。叩き起こされんのか俺。
怯えていた俺は、目元を覆った手に寸でのところで身体をびくりと揺らしてしまうところだった。
兄の、大きな手の平が俺の目元を優しく覆っている。
なんだ、これ。
内心ビクビクしながら、それでも様子を伺っているとゆっくりと兄の手が動いた。
俺の髪を通る指。
あ、すっげ気持ちいー......。昭宏に頭を撫でられるなんて、いつ振りだろう。
「今、幸せか」
ぽつんと零れ落ちた言葉は、俺の胸に染み渡る。
「元気そうで、よかった」
.........。
淡々と告げられる声にはあんまり感情が篭もってないような気がする。
でも、手つきが優しい。
なにこれなにこれ。......なあ、もしかしてこれを言いたいがために、俺ここに寝かせられたって、そういうことだったりする?
そんなん、起きてるときに言ってくれればいいじゃねえか。あんな嫌悪感丸出しにしないで。
素直じゃねえなあ昭宏は。
何か言おうと思って口を開くけど、それは声にはならなかった。
優しくて暖かい手で撫でられたせいで、俺の意識は急速に遠ざかる。
数分もしないうちに、俺は本当に寝入ってしまっていた。
翌朝、というより眠りに落ちてからたぶん数時間後。
「いて!」
足に走った痛みに俺は目を覚ました。
まだ薄暗い中、ごそごそと動く人影がいる。
そこにいるのが兄で、自分がリビングに寝ていた経緯を思い出して、俺は目を擦りながら起き上がった。
たぶん俺を起こすつもりはなかったのだろう、兄は目が合うと大きく舌打ちをした。
「邪魔なんだよお前の足」
「ごめん、なさい」
踏まれたのは俺なのに、なぜか俺が謝っている。
よくよく見れば兄はもうスーツ姿だ。きっちりと髪をワックスで整えている。
「も、出るの?」
「ああ」
時計を見れば5時半だ。......忙しいな昭宏。
「朝ごはん」
よろよろと俺が布団から這い出ると、昭宏は首を横に振った。
「いらん。じゃあな腐れホモ」
昨日の夜の優しさが嘘のように嫌そうに別れを告げられ、さっさと兄は玄関に向かう。
それを俺は追いかけた。
座って革靴を履いている兄に、背後からそっと抱きつく。
「いってらっしゃい」
「鬱陶しいからやめろボケ」
立ち上がる兄。俺は抱きついたままで背伸びの状態になる。
「苦しいじゃねえか、離せ!」
ごつんと殴られた。痛い。目に涙が浮かびそうになるのをじっと堪える。
たぶん、ここで別れたら年単位で、2人きりで話すタイミングはないだろう。
ちゃんと伝えておかないと。
「幸せ、だから、俺」
「!」
俺を引き剥がした昭宏は、その言葉に愕然としたように目を見開いた。
そんな兄の頬に、軽く手を添えてやる。
「俺、幸せ。だから心配すんな、よ」
「......るせえ!黙れ馬鹿!!せいぜい男同士で気持ち悪くいちゃついてろ!」
にっこりと微笑んでやったのに、また殴られた。酷い。
兄は荒々しくドアを開け閉めして出て行く。唐突に来て、唐突に帰っていった。
閉まったドアを見て、俺はにやにやしてしまう。
出て行く前に見た昭宏の顔が真っ赤で、たぶんあの囁きは俺には絶対聞かれたくなかったものだったんだろう。
テンションが上がって、俺はスキップしたい気分になりながらリビングに戻る。
あれでも几帳面な兄は、自分の寝ていた布団はきっちり畳んであった。それを横目に通り過ぎて、奥の寝室に向かう。
「かず」
布団をめくって中に入り込んだ。
「ん......ともあきさん」
かずに引っ付くと、うっすらと目を開いたかずが、俺の存在を認めて緩く拘束してくる。
嬉しくて俺はかずの胸に顔をうずめた。
「昭宏、いちゃついてろって、言った」
「......へえ、センセが?」
訝しげな声に、俺は嬉々として寝る前のことを話す。
「寝たふり、してたんだけど、そしたら、頭、撫でてくれて......幸せかって。昭宏、俺に聞きたかったみたい。元気そうで、よかったって」
「ふうん?」
寝ぼけ声だったかずの声が、だんだん覚醒してくる。
それに伴って強く抱き締められた。
「さっき、昭宏出たんだけど、そっと出るつもりだったみたいだけど、俺、足踏まれて起きて......ちゃんと幸せだって、言ってきた。そしたら、すげえ真っ赤だった」
興奮して俺はかずに口付ける。キスされたかずは、少し面食らったようだった。
「かず。かず、好き。かずを好きになれて、俺、幸せ」
「俺も、幸せです。ともあきさん......と、ともを、好きになってずげえ幸せ」
久々に呼び捨てにされた。嬉しい。なんかくすぐったい。
ちゅっちゅってキスし合って、抱き締めあっていると、枕元に置かれていたかずの携帯が震えた。
メールの着信を示すそれに、かずは俺を抱き締めたまま手に取り、メール画面を開く。
そして吹き出した。
「何?」
「センセからのメール」
「見せて、見たい」
何か面白いことでも書いてあったのだろうか。笑いの止まらないかずに俺はせがむ。
だが、かずは短い文章を打ってメールを返すと、そのまま携帯をベッドの下に落とした。
「見せろ、ばか」
それを取ろうと手を伸ばすが、しっかり抱き締められて届かない。
さらにさっきまでの甘いキスより深いものを与えられて、俺はうっとりと目を閉じてしまう。
「とも、愛してる」
「俺、もっ......う、......っぁ」
身体をまさぐられて、俺は熱い吐息を零した。
『死ね死ね死ね死ねチンコ切り落とされろインポになれ死んじまえこの変態馬鹿でウスノロに手出しやがってだからてめえは嫌いなんだ智昭を泣かせたら殺してやるから覚悟しろ』
『あんまり悪態つくと嫌われるよ。お・に・い・さ・ま^^』
「......殺してやればよかった」
仕事のためにタクシーに飛び乗って、俺たちの住むマンションから離れていく昭宏は、そう本心から呟いてかずのメールに悪態をついた。