番外編-26



この話には「借りぐらしのアリエッティ」のネタバレを含みます。
映画をご覧になられてない方で、ネタバレが駄目な方は、お読みにならないようにしてください。
※映画をご覧になった後に読まれた方がより話が読みやすいかと思います。







 映画を見終わった俺は、周囲の人が次々に席を立つ中、黒いスクリーンを見つめて余韻に浸っていた。
 ざわつきが少し収まったところで、映画館のスタッフから「お忘れ物のないようにご退場ください」と声をかけられる。
「ともあきさん、出よう」
 俺に付き合って黙って座っていてくれた男が、優しく俺の手を握って催促した。
 ふわふわとした感覚に包まれたまま、俺はかずに連れられて映画館を出る。
 声をかけてきたスタッフが、俺たちの繋がれた手を凝視していたが、俺は今見た映画のことで頭がいっぱいで気づいてなかった。
 外に出るともう真っ暗だ。
 映画館は冷房が効いていて涼しかったが、蒸し暑い外に出ると体中から汗が噴き出してくるような感覚がある。
 そこで俺はようやく、かずと手を繋いだままだと気づいた。
「手」
「ばれたか」
 俺が手を引く仕草をすると、かずは素直に手を離してくれた。
 二人で電車に乗ってマンションまでの帰り道、俺は夕飯の材料を買うために、スーパーに寄る。
 かずがカートを引いて、俺が食材をかごに入れていく。
 その間、ほとんど会話はない。
 食材を選ぶために棚ばかりを見ていた俺は、前から来た人とぶつかりそうになり、それをかずに抱き寄せられたことで回避できた。
 小さな子供連れだったから、当たって転んだりしたら危ないところだった。
「さんきゅ」
「ううん」
 感謝を込めて見上げると、かずは嬉しそうに目を細める。
 俺をぎゅって抱き締めたいってのが、かずの表情からは読み取れた。
 その証拠に俺の腰を撫でる手つきがやらしい。
 場所が公共の場だということを忘れてやがる。
「ばか」
「いて」
 俺はかずの手の甲を抓ると、距離を置いて歩き出した。
「ともあきさん、一緒にあるいてよ。ねー俺寂しい」
 同情を招こうというのか、背後から声をかけられるが俺は無視だ。
 えーっと、少なくなってるものなかったっけか。
 久々に荷物持ちがいる買い物だ。重いものを買って帰るべきだろう。
 米も買っておくか......あと、ミネラルウォーター。
「ともあきさん......これ俺に全部持たせるつもりっしょ?」
 カートの下の段に重いものを押し込むと、かずが頬を引きつらせる。
 んだよ。米5kgじゃなくて2kgにしてやったのに。......まあミネラルウォーター2Lが3本じゃ、そんな顔になるか。
 妥協して、ミネラルウォーターは本数を減らしてやった。
 調味料も足りなかったものはないのかと探してみると、不意に目に入ったものがあった。
 角砂糖。
 普段家では使わないものだ。グラニュー糖はまだ家にあるからわざわざ買う必要もない。
 それでも足が止まってしまった。
「買う?」
 微動だにせずに角砂糖の入った袋を見つめる俺の隣から、かずが手を伸ばしてそれを手に取った。
 それがカートの中にあるカゴに入る前に、俺がかずの手首を掴む。
「いらないものは、買わない」
 ふるふると首を横に振り、俺はかずから奪った商品を戻す。
 いけないいけない。ふらついてると余計なものまで買っちまう。
 最近の俺は節約に目覚めている。かずと俺の稼ぎを合わせて、新しく家を買おうと話をしているのだ。
 だから小さい出費も俺は許さん。
 ずんずんと歩く俺の背中を見て、かずは肩を竦めた。



 一週間分の食料を買い込んで二人で家に戻る。
 冷凍庫、冷蔵庫、備蓄用、とリビングで食品を分けていると、見慣れぬパッケージが出てきて俺は動きを止めた。
 戻したはずの、角砂糖の袋。
「かず!」
 俺は声を張り上げて、お風呂を入れに行ったかずを追いかける。
「かず、これ」
 むっとしたまま俺は浴室にいたかずに詰め寄った。
「ああ、だって欲しかったんでしょ角砂糖」
 あっさりとかずは買ったことを認めた。しかも俺のために買ったことを隠しもしない。
「いらない。返してきて」
 レシートとともに角砂糖を突き出すと、かずはにやあっといやらしく笑った。
「ともあきさんの嘘つきぃ」
 な、何がだよ。
 びくついて俺が後ずさると、かずは「べっつにぃ」と言いながら角砂糖の袋を受け取った。
「あ」
 俺はあっけに取られた。
 返しに行ってきてくれるのかと思いきや、ばりっとばりっと包みを開けてしまったのだ。
 これでは返品すらしてもらえない。
 じろりと睨んでも、かずは一向に堪えた様子はない。それどころか「お腹空いた」と空腹アピールだ。
「ねー、俺マジ腹減った。飯にしようぜ飯!」
 言いたいことだけ言い切ると、かずは浴室から出て行ってしまった。
 残された俺は手元の角砂糖の入った包みを見てため息をつく。
「......もう」
 かずの気遣いが腹立たしくもあり嬉しくもある。俺だって昔ほど子供じゃない。
 水場で小さな生き物を探したり、居もしない小人のために、角砂糖が欲しいなんて言わないのだ。
 ......そりゃまあ、その......ちょっと角砂糖欲しいなんて思ったりはしたけど、でも買わないぐらいの分別はある。のに......。
 角砂糖をどのように扱うべきか悩みながら、俺はリビングに向かった。


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