番外編-28



 さすがに年明けすぐの真夜中の神社の境内は、人で溢れていた。
 お焚き上げの火と煙が立ち上り、神社へと向かう道には灯籠が立ち並ぶ。人々はそこに並んで順序よく参拝していた。
 俺も例に漏れず神社での参拝を済ませると、ともあきさんがお願いしていたらしい札を受け取って愛しい恋人の姿を探した。
 身体の末端がよく冷えるともあきさんには、お焚ぎ上げをしている炎の周辺にいるように言い含めていたのに、軽く見回しても見つからない。
 竹でできた柵に阻まれながらも、火の勢いに珍しがって群がっている子供たちの姿を見て、場所を譲ったのだろうと見当をつけた俺は、ともあきさんが好みそうな場所を見て回った。
 メールか電話すればすぐに見つけることができるけど、こうして探すのもちょっと楽しい。
 あ、いた。
 鳥居のそばにある柵にひっそりと寄りかかるともあきさん。
 相変わらず人混みが苦手だから、寒くて暗いのに人気のない場所で俺を待っている。
 だったらこんな元旦の夜一時に、神社に行こうなんて言わなければいいのに。
 そんなことを出会った頃よりほっそりとした横顔を見て思う。あの頃は俺より年上にも関わらず、浮き世離れした子供っぽい表情をしていたけど、今は完全に大人の顔だ。
 頬や顎のライン。そして息を吐いてそっと伏せる瞳。どれもこれも、俺のたまらなく好きなものを、あの人は持ってる。
 まあ顔だけが好きなんじゃないけどね。
 ずっと眺めていたい気持ちに駆られたけど、あの人を待たせているのは俺だから、足をゆっくりと進めた。
「お待たせ。ともあきさん」
 駆け寄って俺が声をかけると、伏せていた目をゆっくりと上げて俺を見つめて眉根を寄せた。
 あれ? なんか怒ってる?
「どうしたの?」
「なんでもねえ」
 素っ気ない受け答え。不機嫌なときのともあきさんの態度だ。
 ちょっと理由がわからない。ともあきさんは一人でぐるぐる考えて浮き沈みすることが多い人だけど、最近その原因もわかるようになってきたのに。
 年末からずっと一緒にいたけど、機嫌はそこまで悪くなかったはずだ。
 俺が来るのを待っていたともあきさんはさっさと歩き出す。これも変。
 来るときは並んでくだらない話で盛り上がっていたのに、帰りは前後に分かれてる。
「あ、ともあきさんくじ引きしない?」
「しない」
「出店出てるよ。たこ焼きとかうまそ」
「いらない」
 取り付く島なし。あっれー?
 駐車場に止めたバイクに向かうともあきさんを追いかけかけて、俺は首を傾げた。
 今から神社に向かう人も、俺たちと同じように帰る人もいて、歩道は人でごった返している。
 そこをすいすい抜けていくともあきさんが、不意にバランスを崩した。
「大丈夫ですか!」
 歩道に尻餅を付いたともあきさんにあわてて駆け寄ると、その前に硬直した小さな女の子が立っていた。
 その女の子の背後から母親らしき若い女性が近づいてくる。
 どうやら走ってきた女の子がともあきさんにぶつかったらしい。
「すいません......! ほら、謝りなさい!」
「平気、です」
 ぱんっと腰を払ったともあきさんは、少しよろめきながら立ち上がった。
 とっさに手を伸ばして腕を掴むと、うるさそうにその手を払われる。
 俺が悲しく思っていると、ともあきさんがものすごくぎこちない笑顔で女の子の頭を撫でていた。
「驚かせて、ごめん」
 まあ、女の子からしてみれば、大人が自分がぶつかったぐらいで倒れると思ってなかったのだろう。
 ......ん?
 しきりに恐縮して頭を下げながら立ち去る若い夫婦を見送ると、ともあきさんはやっぱり俺を見ずに歩みを進めた。
 俺はそんなともあきさんの細腰をねっとりと見やる。
 平日休みのともあきさんと、普通に休日に休む俺が休みが合うことはほとんどない。ごくたまに合うときには、二人っきりで前日からいちゃついてしまう。
 連休なんて、それこそ正月とお盆ぐらいしか合わない。
 だから今回もついつい、はしゃいでしまったんだけど......。
 あ、ともあきさんが不機嫌な理由がわかった。
 バイクに戻ったともあきさんの無言の催促で、どこにも寄らずに家に帰る。
 最近は年始から店が開いているから買い物もできるけど、俺には早く家に帰らなければならなかった。
 できるだけ安全運転でマンションにたどり着いた俺はバイクを止めると、さっさと部屋に戻り始めたともあきさんを追いかけて抱き上げた。
「?!」
 俺の急な行動にともあきさんが顔をしかめて暴れる。だが、すぐに目を閉じたともあきさんの動きが鈍くなった。
「気づかなくてごめん。腰つらいんでしょ」
 最初はそれほどではなくても、あとから気になることもあるんだろう。バイクで移動したのもそれに拍車をかけたのかもしれない。
 しくじったな俺。
「......おろせ。平気、だから」
 若干反省していると、そんなことを言われた。けど俺はともあきさんを下ろすつもりはない。
 抱いたままエレベーターを待っていると、降りてきたエレベーターに乗っていた人に驚かれてしまった。
 俺は軽く頭を下げ、ともあきさんは気恥ずかしげに俯く。
 エレベーターに乗り込んだのは俺たちだけで、二人きりになるとともあきさんに耳を引っ張られた。
「ちょ、痛い痛い痛い!」
「お・ろ・せっ!」
 ぎろりと睨まれる。しぶしぶ下ろすと、ともあきさんは俺の腕を押しやった。
「見、られたぞ。お前っ」
「今更。それより、辛いなら言ってよ。バイクじゃなくて車で行ったのに」
 節約家のともあきさんは怒るかもしれないが、それこそタクシーを使ってもよかったのだ。
 するとともあきさんは頬をほんのりと赤く染めて顔を逸らした。
 んんん......? あれ、この反応はそこまで怒ってない?
 ポン、と音が鳴ってエレベーターが止まる。するとともあきさんはさっさと降りて先に部屋に飛び込んでしまった。
 俺もそのまま立ち尽くす理由はないから追いかけて部屋に入る。
 探せばともあきさんは、いつものソファーにぐでっと倒れ込んでいた。
「腰痛いなら、ベッドで寝てた方がいいよ。......俺も調子に乗ってごめん」
 ともあきさんに近づいてそっと囁くと、頭が動いた。長めの前髪が顔にかかって表情が読めない。
 けれど、唇が小さく「ちがう」と動いた。
 なんか今日は様子がおかしい。
 普段は元旦に初詣行きたいなんて言わない。家でのんびり特番を見て、昼頃までまどろむのが普通だ。
 だから俺もとくに加減せずに貪ったんだけど。
「どうしたの?」
 俺はともあきさんの前髪をかき上げながら尋ねると、潤む瞳にぶち当たった。
「......おまえの、まだ、中にある......みたいで、むずむずしてるだけ、だから。別に痛くねえ、よ」
「.........」
「ばか。なんてこと言わせんのお前......」
「なんてこと、ってか、言ったのともあきさんだろー?!」
 ああもうたまんない。なんなのこの人。
 自分で言ってて、俺が固まると羞恥に身悶えて顔を手で隠すとか、かわいいにも程がある。
 小さくまるまる身体を抱き上げて、数時間前にいたベッドの上にともあきさんを連れ込む。
「なんで急にお参りしたいなんて言ったのともあきさん。いつもみたいにずっといちゃいちゃしてれば良かったじゃん」
 そうだ。俺は元旦の参拝には乗り気ではなかった。それでもともあきさんが行きたいって言うから、行ったのだ。
「あっ、こら、待て!」
 興奮した俺が服を脱がしながら訴えると、ともあきさんはやや戸惑いながら抵抗した。
「だって、あきひろが、買ってこいっていうから!」
「......なに、お札のこと?」
 俺はむっとして動きを止める。
 参拝したあとに、ともあきさんに言われて予約していたお札を受け取りに行った俺だったが、その中身はどこ宛のものかは知らなかった。
 今年は珍しく年末に帰ってきていたことは知っている。家族サービスに費やすからお前は邪魔だと邪険にされて、落ち込んだともあきさんを慰めたのは俺だ。なのに。
「まだ起きてるってメールあったから、今から持っていく」
 だから触るなとぐいぐい俺の手を押しやる。
 元旦に会う約束なんて、俺聞いてない。きっと、ともあきさんも急に呼び出されたんだ。
 夜中に札取りに行かされて、札を届けて? それで追い返されんの?
 ......あー、駄目だ。
 眉間にしわを寄せた俺は、逆にともあきさんの細い手首を掴んでベッドに押しつけていた。
「とも」
 俺が低い声で呼びかけると、ともあきさんがびくっと硬直する。
「俺が後で届けるから、今は絶対行かせない」
 きっぱりくっきり宣言すると、ともあきさんは目を見開く。いやがるように振られた頭を固定して、がむしゃらにキスを仕掛ける。
 嫌がるともあきさんとの、唇で交わす激しい攻防。ついでに膝頭でぐりぐりとともあきさんのモノを刺激する。
 元々情事の余韻を残していた身体は、俺の刺激にあっけなく負けた。だけどともあきさんは強く俺を睨みつけて、抵抗を示す。
「んだよ、なに、怒ってるんだ」
「ともがセンセに好きに扱われんのが嫌」
「俺が好きでやってんだから、別に」
「それが嫌だっての!」
 俺が声を荒げると、ともあきさんはびっくりしたように固まった。
「嫉妬してんだよ.........わかって」
 絞り出すような声が、出た。
 あー俺卑怯くさい。ともあきさんが俺を好きな気持ちを揺さぶって、俺を選ぶようにし向けてる。
 遠くに離れても、仲のいい兄弟愛に嫉妬する。俺とは違うラインで繋がってるのが羨ましくて仕方がない。
 普段はずっと俺といてくれるんだから、たまのときぐらい他のことを優先したっていいと思うけど、あの人のことを優先されるのだけは嫌なんだ。
 ともあきさんの胸に顔をうずめて放すまいと抱き締めていると、そっと頭を撫でられた。
「ばか」
 しょうがないなというような、そんな響きが籠もった声。
 露わにした肌に口づけを落として、ねっとりと性的な意図を込めて手を滑らせる。
 ともあきさんは抵抗しなかった。
 だんだんと早くなるともあきさんの呼吸を聞きながら、ちょっと自己嫌悪。
 仲が悪いようでとても良い兄弟の仲は、この程度じゃ揺るぎもしないだろう。
「愛してる」
「ん。......あきひろには、お前が怒られろよ」
「うん」
 今年も年明けから、ともあきさんに俺を優先してもらって若干引け目を感じながら、甘くて優しい身体に自分の証を穿つのだった。



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