番外編-29



-通販用おまけSS-
(自家通販していた時に付けていたおまけでした)



 本当に些細なことだった。薫さんにあったことを伝えれば、笑われるようなそんな些細なこと。
 でも、俺はそれを許せなくて和臣の部屋の寝室に篭もっていた。
「ともあきさん、ごめんなさい」
 部屋の外から謝罪の言葉を口にするのは、大事な俺の恋人。
 ドアに凭れ膝を抱えていた俺は、その声に伏せていた頭を上げる。
 はっと息を吐いて俺は鼻を啜った。
 鼻の奥が痛い。頭も痛い。鼻が詰まって口で呼吸してるから、喉がからからに渇いて痛い。
 何より心が痛かった。
「出てきてください。俺が悪かったです」
 とうとう敬語まで使われてしまった。
 俺が一人で怒って篭もっているだけなのに、和臣は呆れて放置もせずいい加減にしろと怒ることもなく、俺に謝罪を続けている。
 声の位置が座っている俺と近いから、和臣も座っているんだろう。
 なんとなく、正座している和臣が想像できた。
 散々泣いた俺はようやく涙も怒りも止まったけど、今度は怒った内容のあまりの陳腐さに、恥ずかしくて和臣の居るリビングに戻ることが出来ない。
 きっとテーブルの上にあった鍋は、煮だって美味しくなくなってるはずだ。
 ああ、俺が和臣の家にもコタツが欲しいなんて言ったばっかりに。
「はあ......」

 俺はもう一度ため息を付いた。


 ともあきさんが、部屋から出てこない。
 テーブルの上の鍋は、火を落としてずいぶん経っている。
 俺はまっすぐ背筋を伸ばし、正座をしたままともあきさんが閉じこもった寝室のドアを見つめていた。
「本当にすいませんでした」
 いくら呼びかけても返答はなし。無音だ。
 さっきまで耳をすますと嗚咽が聞こえてきていたから、それがないということは、少しは落ち着いたんだろう。
 少し前の自分を殴りたい。むしろ殺したいが、そんなことをすればともあきさんを一人にしてしまうから、俺は延々と謝り続ける。
「ともあきさん。殴っても怒ってもいいから、俺に顔を見せてください」
 天岩戸に閉じこもった天照大神に、当初戸惑って呼びかけた神々の気分というのは、こんなものだろうか。
 天照大神は、どんちゃん騒ぎに興味を示して出てきたけど、俺のともあきさんにはそんな手は使えない。
 ひたすら謝って謝って、許してもらうしか方法はないのだ。
「ともあきさ......」
 そろそろ痺れて足の感覚がなくなる頃、音もなくドアが開いた。
 少しだけ開いたドアから、ともあきさんが顔を覗かせる。
 真っ赤な瞳と、泣きはらした顔。
 あああああ......。
 すぐに飛びつきたい欲求に駆られながらも、俺はゆっくりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
 額を床につけて、心の底から謝罪する。
 ともあきさんは俺の行動を見て、戸惑ったような雰囲気を纏ったまま、そっと出てきた。俺の髪を手の平でぐしぐしと撫でて、ともあきさんも俺の前に正座する。
 え?と思って顔を上げると、俺と同じように頭を下げてきた。
「俺こそ、怒った上に、急に泣いてごめん」
 ゆっくりと小さな声で喋るともあきさん。恥ずかしいのか、少し目元を赤らめている。
 その表情を見て、俺は堪らず抱き締めた。急に動いたせいで痺れた足が辛いことになるが、それを気にしてる余裕はない。
「違うよ、ともあきさんは怒っていいんだよ。俺酷いこと言った」
「や。俺も、コタツが欲しいなんて、わがまま言ったから」
 抱き締めると、俺の胸元に顔を埋める形になったともあきさんがぼそぼそ呟く。
 確かに喧嘩の理由は、俺の家にはないコタツをともあきさんが買いたいと言い出したことから始まった。
 コタツがあると、ともあきさんを暖めるという理由でいちゃつけなくなる俺は、断固反対して、そこから始まった些細な喧嘩だった。
 でも、ともあきさんを傷つけたのは俺が酷い失言をしたからだ。
「ともあきさんが怒って泣いたのは、俺が嫌いって言ったからだろ?」
「ッ......」
 その言葉を口にするだけで、俺を見上げたともあきさんの瞳に涙が溜まっていく。
 ともあきさんはそんな自分を恥じるように、すぐに首を横に振ると手の平で目を擦るように涙を拭った。
「お、俺が、先にばかとか、アホとか......嫌いとか言ったから、お前はそんなこという、俺は好きじゃないって......返しただけ......っで」
 ぼろぼろと溢れ出す涙。顔を隠して俺から離れようとするから、俺は強く抱き締めて腕の中に閉じ込めてしまう。
「うん。でもともあきさんには、嫌いって言ってるように聞こえたんでしょ。......ごめんね。もしかしたら、軽く聞こえるかもしれないけど、俺はともあきさんが大好きだよ。愛してる」
 落ち着かせようとゆっくり語りかけると、ともあきさんの方からぎゅっと抱きついてきた。
「っ、知ってる......俺も、好き。大好き」
 涙に濡れた声で懸命に縋ってくるともあきさん。
 可愛い。どうしてこの人はこんなに可愛いんだろう。俺の何気ない一言で傷ついて泣いて、それを隠そうとするこの人が愛しくて堪らない。
 強く抱きつくともあきさんの手を外させて、冷えた手を握って暖めながら俺は甘いキスを何度も繰り返す。
 身体を強張らせてぎゅっと唇を結んでいたともあきさんも、何度も何度もキスをしているうちに、身体を弛緩させて俺に寄りかかってきた。薄く開いた唇に自分の唇を重ねて、吸って舐めて、少しだけ色香を滲ませるような仲直りのキスをする。
 とろんとなったともあきさんの瞳に、もっと深く口付けて寝室に入るかそれとも夕食の続きをするかと、俺がひっそりと考えていると、くいくいと服の裾を引かれた。
 視線を下げると、真っ黒い瞳が俺を見上げている。
 ああ......かっわいいなあもう。
「俺すぐに、その、悪口とか......嫌いとか言って、わりい」
「そんな......ともあきさんの口が悪いのなんて、いつものことじゃん」
 一人でともあきさんにきゅんきゅんしていると、低い声でそっと謝られた。
 いつも俺に対しては暴言を吐いていることを、今回自分が言われたことで、気が咎めたのかもしれない。
 でもそれでともあきさんに遠慮されるなんてことになったら、俺の方が嫌だ。
 俺の気持ちは揺らがないから、もっと罵ってもいいのに。......って言ったらまた引かれそう。
 少し悩んだ俺は、とてもいい解決方法を閃いた。
 にっこり微笑んで、僅かに眉間に皺を寄せているともあきさんを見やる。
「ともあきさん。もし口が悪いことを気にしてるようなならさ、俺に悪口一つ言うごとに、キス一回ってのはどう?」
 茶目っ気いっぱいに人差し指を立てると、ともあきさんはきょとんとした。
 意味を理解していないのか、不思議そうな表情のままで首を傾げる。
「キス?」
「そ。キスするの。喧嘩したらキス。悪口言ってもキス。外でも他の人が居ても、有効だからね」
「そんな恥ずかしいこと、できるかよ。ばかじゃねえ、の......」
 照れたともあきさんは、さっそく口を滑らせてくれた。しまった、と手で口を押さえるともあきさんに、俺はにやっと笑った。
「はい一回目」
「え、ちょ......っんぅ」
 咄嗟に身を引きかけるともあきさんの細い肩を抱き寄せて、さっきも堪能した唇を味わう。
 柔らかくて、甘い。気持ちいい。
 調子に乗って吸い付いていたら、額を手の平で押されて引き剥がされた。耳まで真っ赤に染まっているともあきさんが、ぎろりと俺を睨んでくる。
「おま、この、ばっ......」
 今度は言いかけて止めた。......が、それを見逃す俺じゃないよともあきさん。
「馬鹿?今馬鹿って言ったよね?」
「言ってない!」
 ずりずりあとずさったともあきさんが、両手で唇を隠しながら怒鳴る。
「いーや、聞こえたよともあきさん。もう一回キスしよ、ね。ともあきさんキースー!」
 がばっと襲い掛かると、あまり機敏ではないともあきさんが珍しく素早く動いて、俺の手から逃れた。
 逃げられると追いたくなるのは、しょうがないよね?
 リビングのローテーブルを挟んでじりじり構えあう。
「かず、お前目が怖い」
「だって、ともあきさんとちゅー出来るチャンスは逃せないよ」
「いつもしてるだろ」
「本音を言えば、まだ足りない。時間許す限りずっとキスしてても、俺は全然良い。むしろそれが良い」
 至極真面目な顔で呟くと、中腰で相対していたともあきさんが頬を引きつらせた。
 あ、これは引かれたか。
「相変わらず、お前......」
「俺はともあきさんが大好きなんだよ!仕方ないだろ!」
 拳を握って強く力説すると、ふっと笑ったともあきさんが近づいてきた。しょうがないなっていう俺を甘やかす、とても優しい眼差しをしている。
「このばか。..................キス終わったら飯食うぞ」
 そう言って目を閉じて顎を上げてキスを待つともあきさんに、俺のボルテージも頂点へ達してしまう。
「うん!メインディッシュはともあきさんで!」
「ちげえよ!」
 鼻息荒く身を乗り出したら、思いっきりグーで突っ込まれた。
 ......痛い。



 でも仲直りできて、よかった。幸せだよともあきさん。

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