9月リクエスト-13
目の前に置かれた酒の数々。
なにから、ヤツは、怜次くんと薫さんと、家で酒盛りをしていたらしい。
昼間俺と会ったとき、家に二人が居ることをヤツは一言も言わなかった。
しかも薫さんは、ヤツんちに泊まっていたらしい。
「薫が旦那と喧嘩したから俺んち来ただけで......と、ともあきさん......ね、なんでそんな怜次なんかにくっついてんの?俺睨んでるの......?」
おいでというように差し出された手の平。
俺はそれをじろっと睨むと、手でバシンと払い、怜次くんの背中にしがみ付いた。
薫さんを泊めるなんて。それを俺に言わないなんて。
別に俺に言う必要ないと思ったんだろう。......ふん。
「旦那じゃないって言ってるだろう?!しつこいな和臣!」
「黙ってろ薫!俺はお前に関わってる暇はないんだ!」
「なん......」
「薫さん。俺も聞いてないです。どうして家出したのか」
苛々としながら視線をヤツから逸らすと男が、薫さんを膝の上に乗せていた。
「ちょ、離しなさいよ。下ろして!」
じたばたしてる薫さん。今日は女の子の格好してるから、スカートがひらひらする。
男は、そのスカートがめくり上がらないように、手の平で押さえていた。
薫さんはそれに気付くと、男の手を払って自分でスカートの裾を押さえている。
「和や怜次に何言われたか知らないけど、別に私、あんたのことなんか、なんとも思ってないの!一緒に住むのだって、あんたが無理やり......!」
「嫌でした?でもそれなら薫さんすぐに出て行きますよね。元々住んでいたアパートだって、俺と一緒に住むために解約したことを知ってます。行く場所がなくて、ここに来たんですよね」
「な......!」
「何か、気に障ること、俺しました?したなら改めます。教えてください」
ぎゅっと薫さんの肩を抱きしめている。
......これが噂の薫さんの恋人か......。
へー......なんか、ちゃんと彼氏っぽい。
「あの、ともあきさん......?」
「ちょっと、黙って」
今、お前に構ってる暇ないの。
縋り付いてくるヤツの手を払って、俺は薫さんと男のやり取りをみる。
「......こんな格好してるけど......女じゃないわ。......僕は男なんだよ」
「知ってます。それで?」
「これからのことを考えたら、ちゃんとした、女の恋人がいた方が......ッ!」
薫さんが目を見開いた。
それもそのはず、男が薫さんの顎を掴んでちゅっと、キスをしたのだ。
俺まで驚いて見てしまう。
「んん、っ......このッ......!真面目な話、してるのに......!」
驚いて赤くなった薫さんが、男を睨みつける。
「わかってます。......誰か、貴方にそんな風に言ったんですね。でも俺は、性別のハンデを乗り越えて弁護士を目指す貴方を好きになったんです。検察官になるという夢も、貴方という恋人も、両方手放しませんから」
睨まれた男は、そう真面目な顔で言い放った。
「......」
すげえ。
薫さんが、ぼんやりと男に見惚れている。
俺だって、あんな熱烈な告白されたら見惚れるよ、うん。
「もしもーし......ともあきさん、その、俺のこと忘れてない?」
「視界に入るな」
俺は、お前のことを許してねえ。
男は、篠崎隆介くんというらしい。薫さんの恋人。なんだって。
女装していたときは男にモテモテだったらしい薫さん。ヤツに振られてから男の格好もするようになって、そんな薫さんを冷やかすような輩も、中にはいたらしい。
けどその冷ややかな中で、男の格好の薫さんに大学内で告白したのが隆介くんだ。
カッコいいと思う。俺もそのぐらい男らしくなりたい。
「薫さん。何か言われて嫌になっても、黙っていなくならないでください。......全部俺に話して。......ね?」
「気が、向いたら......話すわよ」
膝に乗せるのはやめたらしい隆介くん。隣に座った薫さんを優しく抱き寄せている。
薫さんはなかなか素直になれないらしい。顔を逸らしながらビールを飲んでいる。けど、見た感じラブラブだ。
「良かった。なんかカズとカオルが、とげとげしい言葉の応酬ばっかしてやがってよ。俺の方がひやひやした」
安堵したように呟いて、自分で焼酎の水割りを作って飲む怜次くん。その怜次くんを、志穂ちゃんがいい子いい子してる。
「れーじは見た目と違ってすごく優しいから、苦労人だもんねえ。あたしがちゃーんと労ってあげるからね!」
ここのカップルも、仲が良くて羨ましい。
俺は、手に持った缶をじっと見た。
甘いカクテルジュース。もちろんアルコールが入っている。
俺はそれを傾けてごくごく飲む。
酒は好きじゃないし、苦手だ。けど、飲まずにはやってられない。
「智昭。......悪いのは私だし、その、あんまり責めないでやったら......」
「薫さん。それを決めるのは智昭さんだよ。口出ししない方がいい」
見るに見かねた様子の薫さんが、俺に声をかけてくるが、それを遮ったのは隣に座った隆介くんだ。
そうだ。薫さんに言われるまでもない。
一缶全部飲み干し、俺は次の缶に手をかける。
「あんま、飲まないほうが......」
缶を持ち上げた俺の手を、ヤツが掴んだ。
べし。
俺に触わんじゃねえ。
手を叩いて退けさせ、俺はごくごくと酒を飲んでいく。
ヤツは、叩かれた手をすごすごと引き上げ、膝の上に置いた。
「正座しろ」そう言った俺の言うことを守って、コイツは正座して黙って俺の隣に座っている。
しかし、他のそれぞれのカップルと違い、俺たちの間には冷えた空気だけが流れていた。
もっぱらクーラーのように冷風を出しているのは俺だ。
ヤツは黙って寒さに縮こまっている。
酒のせいで、だんだんとふわふわした感触になってきた。
......熱い。
ぐびぐび酒を飲みながら、俺は上着を脱ぐ。
シャツの胸元をパタパタと動かした。