9月-12
「ともあきさん。明日のパーティの後、俺の家に泊まっていかない?」
バイトの見送り。久々に駅まで見送れて、後は別れるだけ。そんなときに遠慮がちに声を掛けられた。
人目があるから、手も繋がないで向き合うだけだ。
「俺、だけ?」
泊まるの、俺だけか?誕生パーティ、薫さんたちも来るんだろ。
じっと見つめると、少しだけ照れたように笑う。
「そりゃみんなに祝われるのも嬉しいんだけど、......ともあきさんに二人きりで祝ってもらえたらなーなんて......あ、えと、やっぱ少し下心もあるけど、でも嫌なら触らないし!」
下心って、口に出して言うもんか?
バカ正直な男に、俺は呆れてしまった。
「やっぱ、駄目?」
しゅんと気落ちした表情になったので、思わず笑ってしまう。
やっぱり犬みたいだ。
「がんばる」
「......それ、って......!」
俺の言葉にコンビニ店員はぱあっと目を輝かせる。
そりゃ俺だって、二人きりで、祝ってやりたいとか、思わないでもない。
けどな。
「無理したら、蹴る」
「......で、できるだけ善処します」
今の時点でもう視線を彷徨わせ出したので、俺はヤツのケツを軽く蹴ってやった。
友達の誕生パーティで、そのまま外泊するという話は、まず母に言ってそれから父に告げた。
煩い兄は最後だ。
案の定、嫌な顔をされたが、意外にも何も言われなかった。
ときどき昭宏は勘が鋭いから、何か言われたら俺がボロを出してしまいそうだったので助かった。
「トモくんこれ」
玄関で靴を履いていると、母が紙袋を持ってきた。
「なに」
渡された袋はずっしりと重い。
中を覗けば、角ばった箱。焼酎のラベルが見える。
焼肉パーティだと言ったから、母は気を利かせてくれたのだろう。
「若い人なら菓子折りよりはお酒のほうが喜ばれるかと思って。トモくんはお酒弱いから飲みすぎないようにね」
「ん」
こっくりと頷いて立ち上がる。
最後に、一番大事なものを忘れていないかカバンの中を覗く。
「......」
「トモくん?」
慌てて靴を抜いて家の奥に戻った俺に、母は不思議そうに首を傾げた。
自分の部屋のドアを開けて、ざっと部屋を見回す。
ない。
ちっと舌打ちをして、俺は部屋を出て隣の部屋に飛び込む。
鍵はかかっていなかった。
ベッドに寝そべっていた兄と目が合う。
その手元には、俺が今日の日のために買ったプレゼントがあった。
「何買ったんだ」
カバンに入れたはずのプレゼントの箱。
いつの間に抜きやがったんだ。
俺は眉根を寄せて兄を睨んだ。
昭宏は俺に睨まれても飄々としている。
さすがに包みを破るような真似はしていないが、中を探るように軽く左右に揺らした。
「返せ」
仰向けになった兄に腹ばいにのしかかって手を伸ばすが、兄は俺よりもリーチの長い腕を上に伸ばして、箱が届かないようにする。
「なあ。何買ったんだ」
兄はにやっと笑って、包みに手をかけようとする。
「開けんな」
むすっとして更に手を伸ばすと、その手首を捕まれた。
強く力を入れられて、俺は顔を歪める。
「お前って物持ちいいよな。これもお前がかなり昔に買った時計だろう」
がっちりホールドされた手首に巻かれている時計に視線を注がれて、俺はだらだらと冷や汗を流した。
「これ買うのに、一年近く、他に何も買わないで小遣いためてたしな。......しばらく見なかったから捨てたのかと思ってたけど」
皮ベルトの時計。大好きで大事なものだから、普段は殆どつけてない。
兄が腕時計のことを覚えているとは思わなかった。
「......カバンから飛び出てたぞこれ。忘れたらどうするつもりだったんだ。相変わらずどんくせえな」
兄はふんと鼻で笑って、俺にプレゼントを投げ返した。
首根っこを捕まれ、部屋から追い出される。
相変わらず行動が意味不明だ。
飛び出てたなら、カバンに詰め直してくれればいいじゃねえか。
廊下で座り込んだ俺は、今度こそしっかりとプレゼントをカバンにしまい込み家を出た。
「いらっしゃい智昭」
電車に揺られて移動して、ヤツの家のチャイムを鳴らす。
すると出迎えに出てくれたのが薫さんだったこともあって、俺は驚いて目をぱちりとさせた。
「ともあきさん」
遅れてあとからヤツが出てくる。
「酒」
俺を抱きしめようと手を広げた男に、母から貰った焼酎を押し付けた。
部屋に入ると、既にいろいろ食材が用意されていた。
「散々こき使ってくれたわね和臣。私に重い荷物もたせないでよ」
「うるせえ俺は祝われる側だぞ。買い物に付き合ってやっただけでもありがたいと思え」
聞けば、薫さんとヤツが二人で食材の買出しに行ったらしい。
怜次くんと志穂ちゃんは、ケーキを買ってくるということだった。
なんか、ちょっと心がもやもやする。
「ともあきさんはここ座って」
ソファーに導かれて、俺は言われるままに腰を下ろす。
でも、準備。
卓上は綺麗に片付けられていたが、パーティをやるというのに準備がされていない。
「ってか俺の隣にいて。残りは薫たちにさせとくから」
言い切ったコンビニ店員は、俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。
「ホントいい性格してるわよねえ」
薫さんが呆れたように言って、慣れた仕草でヤツの部屋のキッチンに立つ。
買ってきた野菜を手際よく切っていく薫さん。
薄手の長袖セーターに、ロングスカート。キッチンに立ってもてなす姿は、立派な『彼女』の風貌だ。
ヤツに甘えられてくっついているのは嬉しいが、やっぱりもやもやは消えない。
「手伝う」
べったりくっつく男を引き剥がして、俺は薫さんの隣に並んだ。
「あら、ありがとう」
にっこり微笑まれるが、俺はむすっとしてしまう。
『ありがとう』なんて薫さんに言われたくない。
もくもくと人参の皮を剥いていると、くすくすと密かに上がる笑い声に気付いた。
「智昭、もしかして私に嫉妬してる?」
「!」
あっさりと見透かされて、かあっと顔に熱が上がるのを感じた。
視線を彷徨わせると、薫さんは俺の頭を撫でてくる。
「まだ、僕が羨ましい?」
「......羨ましい」
気軽くて、軽口も言い合えるのが、羨ましい。
買い物だって、俺がヤツと行きたかった。
正直に告げると、声を上げて笑われた。
「心を占める割合は、智昭の方が大きいんだから、些細なことで腹を立てないの」
つんと頬を突かれてしまった。
なんとも言いがたい表情で薫さんを見つめていると、黒い影が背後から抱きついてくる。