9月-7


 ヤツに金を貰って(もちろん給料が入ったら返すつもりだ)電車で移動中、ヤツは酷いぐらい挙動不審だった。
 俺と目が合うと、窓の外に視線を移す。
 カーブを曲がる電車に合わせてよろめいた俺と身体が触れ合うと、慌てて離れる。
 その態度傷つくんだけど。
 じーっと目で訴えてみても、俺を見ないから伝わらない。
 電車が駅を通り過ぎて、ヤツの家の最寄り駅で降りても、変な状態なのは変わらなかった。
 俺を見ずにさっさと歩いてしまう。
 大股でヤツが歩くと、小走りで付いていかないと俺の足だと間に合わない。
 ......こいつめ。
 頭に来た俺は、若干人気が少なくなった頃を見計らって、男の袖を掴んだ。
「!」
 びっくりしたように、コンビニ店員が振り返る。
「なんで、無視すんの」
「無視、してるわけじゃ......」
 答えながら、視線を逸らそうとするから自分の人差し指とヤツの人差し指を絡めてやる。
「邪魔なら、帰る」
 下から見つめて、呟く。
 ヤツは俺をまじまじ見て、それからため息を付いた。
「俺の理性が、本能に負けたらごめんね」
「......」
 負けてもいいんじゃねえの?
 そんな思いがふと過ぎったが、口には出さないでおいた。
 出したら......まあいろいろと起こりそうだしな?
 観念したのか、俺の指に自分の指を絡めて、いわゆる恋人繋ぎで歩き出す。
 商店街を曲がってすぐのマンションのエレベーターに乗る。
 どくんどくんと、一階進むごとに煩くなるのは俺の心臓か。......それともヤツの心臓か。
 繋いだ手が熱い。
 エレベーターが開いて、ヤツが先に部屋に入る。
「ちょっと片付けるから、そこで待ってて」
 俺も中に入って靴を脱ごうとすると、そう声を掛けられた。
「別にいい」
「俺は気にすんの。好きな人に汚い部屋、見せらんない」
「......」
 なんでこの男は、さらりとそういうことを言うんだろうか。
 かっと顔が熱くなったのがわかる。
 俯いていると、ヤツがどたばたと動いている音が聞こえた。
 熱を冷ますために気を逸らそうとして、視線を巡らす。
 前に一度来たときには気付かなかったが、部屋が廊下の脇にもあった。
 奥にはリビングらしきスペースと、ヤツが寝室に使ってる部屋があったな、確か。
 くそ、ボンボンめ。
 コンビニだけの稼ぎでは、こんな良いマンションは住めないだろう。
 普通の学生は六畳一間と相場が決まっているはずだ。
 ふん、と鼻を鳴らした俺は、靴を脱いで廊下に上がった。
 廊下の脇にある部屋のドアがわずかに開いていたから、そっと中を覗く。
 純然たる興味だった。
 廊下の明かりが薄く入った部屋には、ごちゃごちゃと物がおいてある。
 部屋の中央には、布にかけられた何か大きな置物があった。
 あれ、キャンバス?
「そこは埃ひどいから駄目」
 もう少し中を覗こうとした俺の目の前で、ドアが閉められた。
「掃除」
 すりゃいいのに。
「使わないところは、どうしても掃除が億劫なんだよなあ」
 俺の肩を抱き寄せた男は、そう言ってバツが悪そうに頭を掻いた。
 見た感じ、結構広そうな部屋だったぞ。
 俺ならあのぐらいで十分......。
 そこまで考えて、俺は思考を無理に止める。
 どうして、住み着く想像が出来てんだ俺は!
「ともあきさん顔赤い」
 その言葉に見透かされたよう気がして、俺はきゅっと唇を結ぶ。
「......そんな顔、すんなよ」
 口元に浮かんでいた笑みを消した男が、ゆっくりと俺に覆いかぶさってきた。
 う......わ。
 ぎゅっと目を閉じて、身を引くが背後は壁だ。
 逃げ切れずにいる俺の唇に、ヤツの吐息が掛かる。
 ちゅっとキスをされた。
「......俺風呂入れてくる。中で適当に座ってて」
 かすれた声で呟いて、ヤツはさっさと離れてしまう。
 残された俺はというと、微妙な気持ちで頬を押さえていた。
 頬に残ったヤツの唇の感触。
「えええ?」
 思わず不満が声に出た。
 普通、口だろ?恋人同士なら。
 我慢する感覚も、俺にはよくわかんねえ。
 つーか、なんだよ。俺が弱ってんだからつけこめよ。
 部屋に入った俺は、ソファーの上に小さなクッションがあるのを見つけて、それにドスッと拳を埋めた。
 しばらくすると腕まくりをしていた男が戻ってきて、俺と目が合う。
 合った途端、なにやら微妙な顔をした。
「どうしたのともあきさん」
 どうしたもこうしたもあるか。この意気地なしめ。
 けっと舌打ちをして、俺は顔を逸らしながらクッションをぎゅっと抱きしめる。
「機嫌悪い?」
 男が俺の隣に腰を下ろす。
「ええっと......風呂入る?」
 顔を背けたまま、視線も合わせようとしない俺に、ヤツは若干戸惑っているようだ。
「入ってきた」
「あ......そう。じゃあ俺入ってくるから、先に寝ててくれる?ベッド使っていいから。俺このソファーで寝、っわ」
 立ち上がりかけたコンビニ店員の腕をぎゅっと引っ張る。
 バランスの崩れたヤツは、案の定俺の上に倒れてきた。
「あ、わり......っ」
 慌てて起き上がろうとする男の顔を掴み、引き寄せる。
 うりゃ。
「......」
 男はしばし固まっていた。
 触れ合う唇。
 ヤツみたいに、煽るようなキスは出来ない。
 でもこれでも十分俺の心意気は伝わっただろう。
 唇を離すと、ヤツはじっと俺を見下ろしてきた。
 いつもの柔らかな笑顔を浮かべる顔とは違う。
「震えてるけど」
「......む、むしゃぶるい」
 若干噛んだけど、まあそれは仕方ない。
「わかった。抜いてくるからちょっと待ってて」
「ぬく?」
 なんだ?風呂の話か?
 首を傾げると急に首の後ろに手を回された。
 引き寄せられて、俺がしたキスより、もっと上級者のキスを仕掛けられる。
「......ッは」
 舌が絡められて、下唇をきつく吸われて。
 くらっと来たところに、手を取られた。
「!」
 ぐいっと引っ張られた俺の手が、ヤツの股間に押し付けられる。
「コレ、のこと。今日は理性残して、いつもよりワンステップ進んでみようか」
「ッ......」
 ヤツは熱い吐息で囁くと、俺から離れて部屋を出て行った。
 さ、触った、ぞ、俺。
「か、硬かった......」
 湯気が出そうなほど熱くなった顔を、俺はクッションに埋めた。


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