主従の契約-9


 ラフィタが飲んだ液体は、魔界の毒蜂の毒から出来たものだった。
 少量であれば薬となるが、程度を間違えれば劇薬となるもの。
 フェリックスは、クーデターを企む人間界の王族より、王族に味方する魔族を介してその液体を手にいれ、『神歌』であるラフィタに飲ませて殺害し、魔族の士気を下げようとした。
 殺害を失敗したフェリックスは、それを認めて極刑を望んだという。
 そうラフィタは教えられた。
「......」
 暗い廊下をラフィタは1人歩く。
 長く続く廊下の先にあるのは、フェリックスがいる部屋だ。
 浮島の外れ、外側にせり出すように設置されたその部屋は、何かあればすぐにでも切り落とされる場所。
 ドアの前には1人の侍女が立っており、ラフィタに一礼するとドアを開けて部屋の明かりを灯す。
 侍女はラフィタが部屋に入ると、ドアと鍵を閉めてその場から立ち去った。
 気流の動きで立ち去るのを確認したラフィタは、視線を部屋の奥に向ける。
 簡素なベッドに、一つだけある窓。そして。
「処刑されると思ったのに。私の命を繋ぎとめたのは貴方ですか。わざわざ会いに来るなんて」
 そこにいたのは、椅子に腰掛けたフェリックスだった。
 ラフィタの視線を受けて、黒の麗人が呟く。
 頬がこけて顔色が悪くなっていたが、それでも外傷はなく、ラフィタを安堵させた。
「フェリ」
 ラフィタはがさついた声でフェリックスを呼ぶ。
 前の柔らかく美しい声は、どこにもない。
 その声を聞いたフェリックスは、深くため息をついた。
「......貴方は、愚かだ」
「うん。そうだね」
「私も、愚かでした。もっと早く、貴方から離れればよかった」
「......」
 フェリックスの前まで行って、ラフィタは立ち止まる。
 ばさりと羽根を広げ、その羽根でフェリックスを包み込んだ。
 腕のないラフィタの抱擁だ。
「僕、後悔してないよ」
「............私は、後悔してばかりです。あの時から、ずっと」
 ラフィタを見つめ、無表情のままフェリックスは告げる。
 だが、その声は若干震えていた。
「なんで、僕が自分で飲んだのに、飲ませたなんて言ったの?」
「声が嫌だと言って、貴方に声を捨てさせようとした。飲ませたことと同じです。さあ、早く契約の解除を」
 自分の命に関わっているというのに、フェリックスは淡々とした態度だ。
 表情に変化はなく、ただゆっくりと目を閉じる。
「ねえフェリ。フェリはいつから、何を後悔してるの?」
「貴方と出会ったこと。従者になったこと。今まで生きてきたこと。全てです」
 きっぱりと言い切られて、ラフィタは唇を噛み締める。
 自分のしたことが、フェリックスを苦しめていたのかと考えると、胸が痛んだ。
「僕、がいなければ......」
「それは違います。私は貴方に出会ったことを後悔していますが、貴方に出会わなければ、そんな感情も持つことはなかった。そしてこの想いも......」
 フェリックスは辛そうに顔を歪ませて呟く。
「想い......?」
 ラフィタのがさついた声での問いかけに、フェリックスは目を開く。
 そしてラフィタを見つめて優しく微笑んだ。
 初めて見る、穏やかそうな笑みにラフィタは驚いて瞬きを繰り返す。
「私が死ねば、搾取の契約も解除となり、私の一族は魔族の保護下から外れます。エミリオ様や人界を治めになっておられる、王弟閣下のお手を煩わせることになるとは思いますが、負の残り火を消すことが出来るでしょう。......貴方が、本当に飲むことはなかったんです。あれは、謀反の証に私が持っているだけでよかったのに」
「それって......」
「謀反は、起きるべきではありません。望んでいる者は誰もいないんです。過去にしがみ付く亡者以外は」
 ラフィタは無言でフェリックスを見つめた。
 そこまでフェリックスが考えていたとは、思いもしなかったのだ。
 フェリックスは立ち上がってラフィタの羽根を撫でる。
「柔らかそうだと初めて見たとき思いました。実際に触れてみて、想像に相違がないことが嬉しかった」
 触れていくうちに、ラフィタはゆっくりと羽根を閉じる。
 フェリックスはそっとラフィタを抱き寄せた。
「貴方が死なないで良かった。美しい声は残念でしたが、それでも貴方が生きていてくれて、本当に良かった。主従の契約の解除が、貴方の死で行われなくて良かった」
「フェリックス......」
 ラフィタは嬉しくなってフェリックスの胸に顔をうずめる。
 フェリックスの長い指がラフィタの髪を梳く。
「契約の解除なんてしない。フェリは、僕の庇護がある限り、僕が生きている限り殺させなんてしない。今すぐは無理でも、きっとここから出すから」
 強い意思を持って、ラフィタはきっぱりと言い切った。
 そんなラフィタにフェリックスは目を伏せる。
「......私もいろいろと学びました。契約の解除には、いくつかの方法があることもわかりました」
「え?」
 不思議そうにきょとんとした表情を浮かべたラフィタ。
「一つは互いの合意。一つは主の死。そしてもう一つは上位契約の上乗せです。上乗せされた契約は、効果がなくなる」
 フェリックスはラフィタの頬を撫で、唇に口付けを落とす。
 それからラフィタを抱き上げた。
 ゆっくりとベッドに押し倒し、覆いかぶさる。

「花嫁の契約は、主従の契約より上だと聞きました。......一晩だけ、私の花嫁になってください」

 ラフィタは、一瞬何を言われたのかわからなかった。
 混乱した頭のままフェリックスを見上げる。
 その隙に、フェリックスはラフィタの服を脱がし始めた。
「や、やだ!今はいやだ!」
 暴れるラフィタの身体を押さえ込み、羽根を傷つけないように丁寧に服を脱がしていく。
 上部の服を脱がせば、下半身もあっという間だ。
 白い肌があらわになり、フェリックスは目を細める。
「い、今じゃなくたっていいじゃないか!僕は、フェリの花嫁になる!なるから......お願い!今はやめて......!」
 ぼろぼろと涙を溢れさせながらラフィタは抵抗を続ける。
 フェリックスはシャツを脱ぐと、そのシャツの一部を歯で切り、力を入れて引き裂いてラフィタの暴れる足をベッドに縛り付けていく。
「誰か!誰か来てよお!」
 掠れた声で、精一杯叫ぶ。
 だが、それに反応はない。
「......貴方が、人払いをしたのは知っています。従者である私は、貴方を傷つける行為は契約によって制限されるのですから、人払いをしても大丈夫。そう思ったんでしょう」
 涙で濡れる頬を優しく撫でるフェリックス。
「これは傷つける行為ではありません。愛し合うもの同士が行う情事は制限がかからない」
「いや。いやあ......」
 足を開いたまま固定されたラフィタは、いやいやと首を横に振る。
 そんなラフィタに、フェリックスは優しく愛撫を加えていった。
 頬にキスを落とし、唇が首筋を伝う。
 鎖骨や胸板にもキスをしながら、ラフィタの熱を高めるために、フェリックスの手が下半身に伸びる。
「ひゃ、あう!」
 ゆるゆると扱かれて、ラフィタは声を上げた。
 がさついた声は、それこそ耳障りだろう。
 咄嗟に唇を噛み締めて、声を殺しだす。
「ラフィタ様、お声を出してください。私以外に聞く者はおりません」
 切り落とされた腕の付け根を丁寧に舐め、耳元で囁く。
「んんんっ......」
 とまることのない涙を流しながら、ラフィタはじっとフェリックスを見つめた。
「......最後のわがままです。貴方には私の手で気持ちよくなって欲しいんです。お願いですから、泣かないで......」
「な......で、今なの?絶対、ふぇりは、助かるのに。悪いのは、フェリじゃな......んぅ」
 開いた唇に、すかさず唇を重ねて、深く激しい口付けをする。
 普段淡々としているフェリックスの、焦がすような熱い情欲を感じて、ラフィタはきゅっと強く目を閉じた。
 理性を溶かすようなキスを与えながら、フェリックスは指を動かし、先走りを絡めてラフィタの性器の先端を苛める。
 鈴口を優しくくすぐられ、ラフィタは身体を震わせた。
「......魔族軍部は、私を許しはしないでしょう。貴方の声を奪う原因になった。また、私の一族はもう既に、謀反ののろしを上げ始めています。その矛先が、一番最初にどこに向かうと思いますか」
「ふぇ......?」
「人間です。しかも前まで私の一族が虐げてきた人間たちだ。魔族は、保護下に置いた人間同士の争いには、深く関与することができないんです。言い逃れされれば罰せられない。一刻も早い契約の解除が必要なんです」
 言いながら、ぎゅうっと強くラフィタを抱きしめる。
「王宮にいるとき、私は要らぬ子でした。父には、跡継ぎになる子はたくさんいた。魔族に負けた後も、差し出されたのは私だった。......私が死ぬことで、無駄な戦争の炎を広げないで済むんです。ようやく、役に立てる......」
 言い切ったフェリックスは、顔を上げてラフィタの頬を撫でた。
 切なそうな眼差しを受けて、ラフィタも顔を歪ませる。
「貴方だけが、私を欲してくれた。......恩を仇で返すことになってしまって、本当にすいません」
「フェリ......っあ、嫌、ッ!」
 下半身に下がると、ラフィタの腹部に一度だけキスを落とし、フェリックスは性器の裏筋を舐め上げる。
 それから、ゆっくりと唇に含んだ。
「あ、ん!あッ、あう、あ!」
 ねっとりと舌を絡まれ、深く咥えられる。
 口内の粘膜で、敏感な先端を擦られて、ラフィタは電気が走るようにびくびくと腰を跳ねさせた。
「だめ、あ、っふ、あ!でちゃ......っあ、ぁん!」
 どくん、と小さな性器が、フェリックスの口の中で爆ぜる。
 フェリックスはそれを口で受け止め、こく、と半分を飲み込んだ。
「あまり美味しいものではありませんね」
 顔をしかめて少し笑い、半分を手の平に出して、指に絡める。
「フェリ、フェリは......全部、自分できめ、ちゃうの......?残る僕のこと、か、考えて......くれないの......?」
 達したばかりで荒い呼吸を繰り返しながら、ラフィタは訴える。
 フェリックスは目を伏せると、もう答えようとはしない。
 後孔を、フェリックスは細い指で優しくなでていく。
 ラフィタが出したもので丁寧に濡らし、指先を侵入させた。
「ん、ゃっ!」
 ラフィタが細い身体を仰け反らせる。
 宥めるように前を扱きながら、フェリックスはラフィタの蕾を、丁寧にほぐしていった。
 けして焦らず、狭い穴の中で指を動かし、前立線を探す。
「きゃ、ふ!」
「ここですか?」
 こりっとした襞の一部を指の平で押し、刺激を与える。
「やだあ!ソコ、そこへんぅ......ッ!」
「良かった、気持ちがいいんですね」
 指を増やして抜き差しをしつつ、ぴんと立ち上がったラフィタ自身を扱いていく。
「ひ、ぅん!や、あああ!ふぇりぃ......!」
「もう少し、我慢してください。これではまだ狭すぎる......」
 更に指を増やし、大きく足を広げさせて、フェリックスはラフィタの後孔を、男性器を受け入れるための部分に変えていく。
「も、むりぃ......いや、......ああ、はいんない、よお......!」
 痛みと快感に翻弄されて、ラフィタは泣きじゃくる。
「そんな顔しないで......もっと泣かせたくなるんです」
 フェリックスは困った顔をしてラフィタの額にキスを落とし、ぐちゅっと音をさせて指を引き抜いた。
「は、ふ......」
 忙しない呼吸をするラフィタの目は虚ろだった。
 慎ましやかに閉じていた蕾は、丁寧にほぐされて、小さく口を開けている。
 受け入れるものを待つようにゆっくり収縮するその箇所を見て、フェリックスはぺろりと自分の唇を舐めた。
 ズボンの前をくつろげ、自分自身を取り出して、その部分に擦り付ける。


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