花嫁の歌声-6


「なにしてんだ、さっさと運べ」
「いや、あれ」
 鉱石を運び出していた魔族が戻ってこないことを訝しがった仲間が出てくる。
 すると、そこで2人の小さな少年たちに目を奪われた。
 暗い坑内で働く魔族たちはあまり見ることのない、羊と鳥の子供。
「おいお前らなにサボって......」
 仲間たちが戻ってこないことに、次々に中から魔族が出てくる。
 狼や虎など、穏やかな高地にはいない種族のものばかりだ。
 彼らは一様に、楽しげな2人に惹き付けられている。
 細い手足を元気に動かして踊るパブロと、艶やかな声で、喜びの歌を歌うラフィタを見て、一部が顔を見合わせた。
「ちょっと休憩にしようぜ」
「奥のヤツらも呼ぼう」
「え、俺たちが絡んでいいのか。あの羊のガキは......」
「見てるだけだ。手出ししなきゃ、咎められないだろうよ」
 がやがやと会話の後に、外に出てきていた魔族の1人が奥に姿を消す。
 と丁度歌が終わり、それに合わせてパブロがくるりと1回転して足を止めた。
「パブロ、踊り上手だね!」
「へへ!収穫祭や聖誕祭の時に皆で踊るから、慣れてるだけだよ。でもラフィタもすっごいいい声だよな!」
「僕これぐらいしかとりえないからさ。でも歌うの大好き!」
「俺も、踊るの好き!」
 2人で褒め合ったあと、顔を見合わせてくすくすと笑う。
「さーて、ここからはこっそり行こうぜ!」
「うん!ばれちゃわない......よう、に............」
 大きく頷いたラフィタは、改めて鉱山の入り口を見て、動きを止める。
 ラフィタの様子に気づいたパブロも視線を追って固まった。
 既に、鉱山の入り口にはなにやら魔族が集まってきている。
 しかも、その人たちの視線は全て、2人に注がれていたのだ。
「......ど、どうしよう。ばれてる......!」
「な、なんでかな?」
 ひそひそと寄り添い、入り口に近づくことなく会話する2人。
 すると、それを見ていた1人の魔族が、なにやら仲間に話しかけた後に、ラフィタとパブロに近づいてきた。
 顔に大きな傷のある、赤い鬣を持つ獰猛な獅子の魔族だ。
 それに気づいたパブロがバッとラフィタの前に出て、男を睨みつける。
 しかし、怯えたように震える足は、庇われたラフィタの目からも良く見えた。
 何か手出しをするようなら、とラフィタは声に出さずに風を巻き起こすための呪文を唱え始める。
 だが、その獅子の男は少しだけ離れた位置で立ち止まり、それから視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「なっなんだよ!」
 パブロが裏返った声で怒鳴る。
「もう、歌ったり踊ったりしないのか」
「......え?」
 しわがれた声で尋ねられ、パブロは首を傾げる。
「楽しそうで、見ているこっちまでいい気分だった。ありがとう」
「......」
 礼を言われてきょとんとしたパブロはラフィタに視線を向ける。
 ラフィタも戸惑って、パブロを見返した。
「良かったら、見てない仲間もいるんだ。見せてやってくれないか」
「え、でも......ねえ、どうする?」
「どうするったって......」
「その位置でいい。俺たちにはこれ以上近づかなくていいから、もう少しだけ頼みたい」
 大きな身体を持つ魔族に頭を下げられて、2人は困惑しながらも頷いた。



 つるはしを打ち付けて壁の石を割り、それを運搬車に乗せていく。
 硬い鉱石につるはしが当たると手が痺れ、その痺れで力が入らなくなる。
 力が入らなければ石が割れない。
 人間で他の魔族より力がないフェリックスは、作業速度が遅い。
 それでも周囲に遅れぬよう、気を張って作業をしていた。
「?」
 ふと視線を上げると、周囲で作業をしていた者がいなくなっている。
 休憩時間になったのか、音が全然耳に入らなかったとフェリックスはその場に腰を下ろした。
「フェリ!」
「フェリックス。名は略すな」
 そう呼んでいいのはラフィタだけ、とフェリックスは、慌てた様子で駆け寄ってきたディエゴを睨んだ。
「んなこと言ってる場合か!来い!パブロが鳥の子と一緒に来ているらしい!」
「な......ッ」
 腕を掴んで引っ張られる。
 フェリックスも、ディエゴの言葉に目を見開いた。
「どうしてここに!」
「知るか!皆入り口に集まってるんだ急げ!」
 急きたてられるような声に、フェリックスも足を早めた。
 作業しているものは皆いない。
 それを咎める者も誰もいない。
 暗い坑道には所々に明かりが点いているが、それでも油断すると転がる石に足を取られる。
 息を弾ませる。さすがに、暗がりに強い目を持つディエゴは足が速く、既に少し引き離されてしまっていた。
 ディエゴの後を走るフェリックスの目にも、明るい外の光が遠くに見えてくる。
 出口から外に出るか出ないかの位置で、ディエゴは足を止めた。
「どうした、いったい何が......」
 追いついたフェリックスは、肩で息をしたままディエゴに並ぶ。
 呆然と見ているその視線の先には、大きな輪が出来ていた。
 鉱山で働く魔族が遠巻きに囲うその中心には、小さな魔族が飛び跳ねている。
 くるくると舞い踊る子羊は、見ている者の心を浮き立たせる。
 そしてその少年の傍で歌う灰色の雛鳥もまた、楽しげに美声をふるわせていた。
 囲った魔族は手拍子を鳴らし、時折指笛を響かせる者もいる。
 すっかり打ち解けた雰囲気に、ディエゴは眉尻を下げた。
 作業を止めたのも拙いが、こうしてラフィタやパブロと交流を交えるのはもっと拙い。
「おい、どうするフェ......」
 相談しようと隣に視線を移したが、そこには既にフェリックスはいなかった。
 慌てて細い人間の男を捜す。
 ディエゴがようやく見つけたフェリックスは、輪を作っている一部の魔族を押しのけて、2人に近づいていた。
 その横顔には、怒りが見て取れる。
 斜め後から近づかれたラフィタは、まだその場にフェリックスがいることに気づいていない。
 先に気づいたのは、パブロだ。
 フェリックスの表情を見て、動きを止める。
 それを見たラフィタが振り返った。
「ふ」
 パシン!
 フェリ、と満面の笑みを浮かべかけたラフィタの頬に、強く手の平が打ち付けられた。
 小さな身体は、その衝撃で吹き飛ばされる。
「ラフィタ!」
 慌ててパブロが駆け寄って、ラフィタを抱き起こした。
 叩かれたラフィタは、驚きで固まっている。
「なにしやがる!」
 最初に2人に声を掛けた赤い獅子の男が、フェリックスに掴みかかった。
 それを合図にしたように、他の魔族もフェリックスを殴りつける。
「よせ!止めろテオドロ!」
 ディエゴが止めに入ろうとするが、それを他の魔族が邪魔をした。
「何であんな人間の味方するんだ!」
「あんなちいせえ子を咎人にした男だぞ?!」
 大混乱になる中、パブロはラフィタを騒動の場から連れ出そうとする。
 が、ラフィタは殴られるフェリックスばかりを見ていた。
「や、止めて!止めてよッ!............『止めろッ!!』」
 ラフィタが力を込めた声に応じ、風が吹き荒れる。
 運び出した鉱石が転がり、その場にいた者は砂粒が当たる感覚に思わず動きを止めた。
 パブロも目を腕で覆って強風から守る。
 その間にラフィタが、駆け出した。
「フェリ!」
 愛しい旦那様の元に駆け寄って羽根を手の代わりに伸ばす。
 殴られて変色した頬骨、切れた唇。
 痛そう、とラフィタが顔をしかめたときだった。
「......なんてことをしたのですか」
「え......?」
「運び出した鉱石の効力が、今の風のせいで駄目になってしまった。そもそも、どうして貴方はここにいるんですか。来てはいけない場所だと言ったでしょう!」
 声を荒げるフェリックスを見て、だんだんとラフィタの顔が歪む。
 フェリックスは、それを見てはっとした表情になった。
「ふぇ、フェリ......ごめ、っんなさ......ぼく、......っく......」
 謝りながら身体を寄せるラフィタを押しのけ、フェリックスはぎゅっと拳を握ると背を向けた。
「早く帰りなさい」
 拒絶。
 怒られた。......嫌われた。
 ショックがじわじわとラフィタを蝕む。
「ふっ、う、うう、......うああああ、んッ!!」
 大きく声を張り上げて泣き出したラフィタは、それでも言いつけを守り、帰路に着き始めた。
 よたよたと歩くラフィタに、鉱山の魔族たちは同情の色を隠せない。
 だが、誰も手を伸ばそうとはしなかった。
「ラフィタ!......ッフェリックスのばあああああか!!」
 パブロは一度フェリックスを強く睨んでべえっと舌を出すと、ラフィタを追いかけ始めた。
 ラフィタに寄り添ったパブロを見たディエゴはパンと手を叩く。
「ほら、皆作業位置に戻れ!」
「ちっ......」
「なんなんだよクソ」
 冷ややかな眼差しをフェリックスに向けながら、1人、また1人と坑内に戻っていく。
 フェリックスもそれに倣うように、足を踏み出した。
 それを、ディエゴが腕を掴んで阻む。
「お前は湖に行って、傷を治してもらって来い。......このまま中に戻れば、殺されかねないぞ」
 殺気立つ魔族を冷やす時間も必要だと口外に告げると、フェリックスはふっと口元を歪めた。
「別に、命など惜しくはない」
「あの子を、更に泣かせる気か」
「......」
 ラフィタを引き合いに出すと、フェリックスの表情に苦痛の色が浮かんだ。
「ほら行け。フォローはしておくから」
 背中を押し、ディエゴはフェリックスを何とかその場から逃すと、坑道に入った。
 坑内では不満が続出しているようで、ぴりぴりとした空気が漂っている。
 それを宥めるには、かなりの時間がかかりそうだとディエゴは大きく息を吐いた。


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